第三三一食 家森夕と千歳千鶴
★
「あ」
「あン?」
翌日の朝。
「お、おう、
「……チッ」
「(挨拶しただけなのに返事が舌打ちだけってどういうこと!?)」
相変わらず、実に愛想の悪い女である。これだから、俺はこいつに対する苦手意識がなかなか抜けない。文化祭の件や見舞いの件など、彼女が悪い奴ではないことくらい分かっているのだが、どうにも胸を張って「友だちです!」とは言えないというか……そもそも千歳の方は俺や
なにせ、俺と千歳が大学外で話すようになったきっかけは
「あ、あー……そ、そういえば最近、真昼たちがいろいろと世話になったみたいで悪かったな」
この女に対して最も有効な切り札をさっそく切る俺。この気まずい空気を打開するためだ、迷いはない。
「真昼のチョコ、お前が作るの手伝ってくれたんだろ? ありがとな」
「オレはあいつらに頼まれたから手を貸しただけで、テメェらを喜ばせるためにやったわけじゃねェ。礼を言われる
「そうか。でも、ありがとう」
「……フン」
重ねて礼を言うと、ヤンキー風女子大生はそっぽを向いて鼻を鳴らした。つれない態度のようにも照れ隠しのようにも映るが、どちらかと言えば後者だろうか。もっとも
「……どうだったンだよ」
「え? どう、って?」
「チッ……決まってンだろ、真昼が作ったチョコの話だ」
「あ、ああ」
その問いに、俺は少しだけ顔に頬が
勢い任せの行動だった分、わりとすぐに平静さを取り戻した俺だったが……その段階ではもう時既に遅し。腕の中の細っこい身体を解放すると、耳まで赤一色に染まった恋人はパタリとその場に倒れ伏してしまった。まるでプシューッと白煙を噴き出す、壊れたロボットのように。
真昼には本当に悪いことをしてしまった。後で彼女が正気を取り戻した際に「バレンタイン、最高……!」などと呟いていたが、チョコに対する俺の
「で、味は? 上手く出来てたかよ?」
「うん、すげえ
「
「ははっ、真昼らしいなあ」
不器用なりに一生懸命調理する真昼の姿を想像すると、自然と笑みが
「……なあ、千歳。うちの彼女、なんであんなに可愛いんだろうな?」
「いきなり
「あ、そういえば真昼と
「今の惚気聞かされて行くわけねェだろ。大体カップル二組と同行って、完全にオレが邪魔になるヤツじゃねェか」
「そんなことないって、なんだったら他にも誰か呼んでもいいしさ。たとえば……
「よりによってなんであのクソガキだよ!? 余計に状況が悪化すンだろうが!」
「でも真昼も冬島さんも結構張り切ってるみたいだったぞ? ここで肝心の
「ぐっ……!?」
真昼たちを引き合いに出された途端、言葉を詰まらせる金髪女子大生。やはりさしもの千歳千鶴も、年下の期待を裏切るような真似は気が引けてしまうらしい。真昼たちが彼女にお礼をしたいと言っていたのは事実なので、そんな凄い目付きで睨まれたところで俺にはどうしようもないんだけれども。
そして、やがて千歳は諦めたように大きな溜め息を吐き出す。
「チッ……か、考えるだけ、考えておいてやる」
「サンキュー。じゃあ真昼たちには『千歳も来てくれる』って連絡しとくな」
「耳詰まってンのか!? か、考えるだけだっつってんだろ!」
そうは言われても、彼女がハッキリ「行かない」と意思表示をしない時点で、答えは決まっているようなものだった。
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