第三二〇食 旭日真昼と頑張り屋③
「――
「……え?」
頭の向きを戻した
「ほら、さっき俺が風呂から上がってきた時、もう机で勉強してただろ? 俺だったら絶対『
「……」
そっと瞳を伏せる。手放しに褒めてくれている夕の言葉が、なぜか今ばかりは皮肉のように聞こえてしまった。 そんなこと、あるはずもないと分かっているのに。
「(やっぱりお兄さんも、頑張ってる私が好きなんだ……だったら私、もっと……もっと頑張らなきゃ……!)」
それが彼の考える〝理想の
もっと夕が「美味しい」と笑う姿を見たいから、一生懸命料理の腕を
もっと夕に
もっと夕に女の子らしいと思って欲しいから、苦手だった掃除やお
もっと夕のことを知りたいから、彼の故郷へ足を運び、
旭日真昼の恋はこれまで、不断の努力によって育てられてきた。そしてそれはこれからだって変わらない。立ち止まることは許されない。勉強も、料理も、掃除も、お洒落も。全てに
身を焦がさんばかりの、息苦しいほど強い恋慕に突き動かされる真昼。初めての恋に自らを追い詰める彼女に――青年が言った。
「でもさ、真昼。あんまり頑張り過ぎないようにな」
「え?」
その言葉ひとつで、知らぬ間に張り詰めた空気がフッと
「俺みたいな不真面目なヤツにこんなこと言われても困るだろうけど、〝頑張る〟と〝頑張り過ぎる〟は別物だよ。ずっと全力疾走してたら、いつか息が切れて倒れちゃうだろ?」
「……!」
きっと、夕は真昼の思考を読んだ上で言っているというわけではないのだろう。ただ包丁の握り方を教えてくれた時と同じように――間違えて怪我などしないように、助言してくれているだけだ。
「ひとつなにかを頑張ったんなら、ひとつ自分にご褒美をあげるくらいで丁度いいんだよ。真昼はただでさえ頑張り屋なんだから、息の抜き方も覚えないとな?」
「むぎゅっ」
「……お兄さんは、私が頑張り過ぎてると思いますか?」
「んー? そうだなあ。人によって〝頑張り〟の
「でも」と夕は首を後ろに逸らすと、下から真昼の顔を見上げて続ける。
「少なくとも、
最後の一言が恥ずかしかったのか、逃げるように顔を背ける青年。
夕の方から遊びの誘いをしてくるのは珍しかったが……もしかすると彼もこの一週間、
「……もう。お兄さんったら」
ヘアブラシを置き、真昼は後ろから青年の頭を抱きしめた。すっぽりと包み込むように彼女の胸に抱かれ、夕が「んおっ!?」と奇声を発する。
「そんなこと言われちゃったら私……またお勉強をさぼっちゃうじゃないですか」
不平を言うように唇を尖らせながらも、彼の髪に頬を寄せた真昼の表情に必要以上の気負いはもう残っていなかった。
★
それから数日後、
「(よーっし、授業頑張るぞー! 今日の放課後はお兄さんがショッピングに連れていってくれる約束があるし、その分お勉強頑張らなくっちゃ! そういえばあの時お兄さん、『ひとつなにかを頑張ったらひとつご褒美』って言ってたよね? じゃあもし私が次のテストで一〇〇点とって『ご褒美に頭を撫でてください』ってお願いしたらやってくれるのかなあ……い、いや待て私。今はもう恋人同士なんだから、頭ナデナデなんて子どもっぽいご褒美以外も許されるのでは? たとえばハグとか添い寝とかほ、ほっぺにちゅーとか……えへ、うぇへへへへ……! はあぁ、お兄さんお兄さんお兄さんお兄さんお兄さんお兄さん――)」
「こら
「っ! ごごっ、ごめんなさい先生っ!?」
そこにあったのは、授業中だというのについつい大好きな彼のことを思い浮かべてしまい、教師に
そして珍しい光景にクラス中がどっと沸く中、親友の少女は「ほんとに大丈夫なのかしら、あの子……」と半眼で溜め息を
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