第三〇九食 小椿ひよりと親友の話①


 私には、中学一年生の頃から仲良くしている親友がいる。

 名前は旭日真昼あさひまひる。朝だか昼だか分からない名前のその子は、可愛くて、優しくて、頭が良くて、スポーツもまあそこそこという優等生だ。クラスの中心人物リーダーって感じでこそなくとも、愛玩動物マスコットのように男女問わずみんなから好かれる彼女の周りには、いつもたくさんの友だちが集まっていた。


 ――私はあんまり仲良くなれそうにないな……。


 それが、私の真昼に対する第一印象だった。

 別に初対面で失礼なことを言われたとか、なにか嫌なことをされたとか、そういうわけではない。単にああいう愛想の良い人気者と、それとは真逆の無愛想女子である自分では釣り合わないと思っただけ。私は元々友だちが多い方ではなかったし、どちらかと言えば一人の方が好きだし、道場通いで忙しいから「放課後にプリってパンケーキ♪」なんて〝今風イマフウ〟なことも出来ない。

 だから彼女のようにキラキラした女の子と関わったところで、どうせ仲良くはなれないだろうと思っていた。……いや、少し違うか。当時は「あの子騒がしそうだし、私とは合わないな」という程度の関心しかなかったんだ。旭日真昼という他人クラスメイトがどんな人なのかなんて、わざわざ考えもしない。高一になった今でもクラスに〝顔と名前が一致しない人〟が何人かいるけど、真昼もそのうちの一人でしかなかった。


 そんな〝ちょっとクラスで目立っている女子A〟だった真昼と交流を持つようになったのは、入学から一ヶ月ほどが経過し、家庭科の実習授業が行われた日の出来事がきっかけだった。たまたま同じ班に入った私に、あの子はお日様のような笑顔を浮かべながら声を掛けてきたんだ。


『よろしくねー、小椿こつばきさんっ!』

『……ああうん、よろしく』


 今でこそ〝真昼ひま〟なんて愛称で呼ぶような仲だが、もちろん最初からそうだったわけではない。この時も内心では「旭日さんと一緒のグループか……」と少し面倒に思っていた。私はおしゃべりが上手とは言いがたいし、それでなくとも元気な子とは話すだけでも疲れてしまう。

 だが私の考えなど露ほども知らないあの子は、瞳をキラキラさせながらブンブンと手を振るって言った。


『ねえねえ小椿さん、調理実習楽しみだねっ!? 知ってる!? 今日はサバの味噌煮みそにとのっぺい汁を作るんだって!』

『へえ』


 事前にプリント配られたんだからそりゃ知ってるでしょ、という本音は口にせず。仲良くしたいと思わない以上、無駄な会話だって必要ない。

 それに旭日真昼がいい子だとは知っていた。いい子だからこそ、お世辞にもクラスに馴染んでいるとは言えない私が班の中で浮かないように気を遣ってくれているのだろうと。でも私はそれを嬉しいとは思わないし、だったら〝旭日さん〟が私と話す意味もない。班には私たち以外にも何人かいるから、私がなくしていればすぐに話相手を変えるはずだ。


『えへへー、楽しみだなあ、みんなで作るごはん! 私、最近あったかいごはんって食べてなかったからすっごく楽しみなんだ! 中学に来てからお昼ごはんはほとんどパンとかおにぎりだったから特にっ!』

『へえ』


 別に聞いてないけど。


『小椿さんはいつも美味しそうなお弁当食べてるよね! あれ、お母さんが作ってくれてるの? いいなあ~!』

『うん……』


 なんでそんなこと知ってんのよ。


『そういえば小椿さん、一昨日おとといの体育でやってた走り高跳び、すっごく格好良かったよ! バーッて走っていってピョーンッて背面はいめん跳びしちゃうんだもん! 他の子ははさみ跳びとかベリーロールなのに!』

『……まあ』


 よ、よく見てるわね……。


『たしか小椿さんって正門の方から歩いて来てるよね? 私、今朝も小椿さんがいるの見たよ! 音楽聴いてるみたいだったから、声は掛けられなかったんだけどね』

『……そう』


 その後も〝旭日さん〟はペラペラとマシンガンのようにはなし続けた。私と関係のある内容がおもだったが、中には彼女自身やクラスメイトたちの話もあり――適当な相槌を打つだけの私にも構わず、それはもう楽しそうに。


『……ねえ。私なんかと話してて楽しい?』


 気になった私は、ついついそんな疑問を〝旭日さん〟にぶつけてしまった。そして、直後に後悔した。こんなひねくれた聞き方をされたら誰だって気分を害するに決まっている。仲良くするつもりがないからといって、言葉を選ばなくていい理由にはならない。

 きょとんと目を丸くする〝旭日さん〟を見て、咄嗟とっさに謝ろうとする私。しかしそれよりも一瞬早く、彼女は『うん!』と笑って頷いた。


『小椿さん、大人っぽくて素敵な人だもん! 私、あなたとお友だちになりたいっ!』

『!』


 これまで誰かからそんなふうに言われた経験がなかったので、どう返答すべきなのかが分からない。

 ただ私はこの時初めて、自分の気持ちを素直ストレートに表現できる彼女のことを少しだけ凄いと思った。

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