第三〇二食 旭日真昼と大好きな彼


 ゆう真昼まひるに続いて日菜子ひなこも入浴を終え、時計の短針が午後七時をした頃。


「真昼ちゃんは白ご飯、どれくらい食べるのかしら?」

「それじゃあ大盛りでっ!」

「あらあ、元気一杯でいいわねえ! 夕、ご飯は大盛り? それとも特盛り?」

「だからなんで下限かげんが大盛りなんだよ、俺がそんな食わないの知ってるだろ。小盛りで」

「なに言ってんのあんた、そんな筋肉の足りないひょろっこい身体して! さっき真昼ちゃんがお風呂入ってる間、『俺、真昼を守護まもれる男になりたいんだ』って言ってたじゃないの!」

「っ!?」

「そんなこと一言ひとことも言ってねえだろ捏造ねつぞうすんな!? 真昼も顔赤くして『ガタッ!』じゃないんだよ、言ってないから!?」

「いいからせめて大盛りにしときなさい、年下の彼女より食べる量が少ない男なんて情けないわよ!」

「母さんはこの子の胃袋ブラックホールを知らないからそんなこと言えるんだよ!」


 騒がしく言い争いながら、三人は数々の料理が並んだ食卓へ。並盛りご飯が置かれた手前の一席には日菜子、大盛りご飯がどどんと置かれた奥の二席に夕と真昼が隣り合って腰掛ける。

 本日の夕食はご馳走ちそうと言うだけあってなかなかに豪華ごうかだった。大きな鳥股肉とりももにくの照り焼きに熱々シチューのポットパイ、雰囲気のある木のうつわにたっぷり盛られたシーザーサラダ、薩摩芋サツマイモがごろっと存在を主張している炊き込みご飯。他にもきんぴらごぼうやかに玉あんかけなど、定番の庶民派メニューがずらりと顔を揃えている。それらを見てキラキラと表情を輝かせるのはもちろん真昼だ。


「でも、本当に先に食べちゃっていいんですか? お兄さんのお父様、まだ帰られてないのに」

「あー、いいのいいの。こっちこそごめんね。うちの旦那だんなも『ついに夕の氷河期が終わったのか』って喜んでたから真昼ちゃんに会いたかったと思うんだけど、どうしても仕事で遅くなっちゃうみたいで」

「そこは普通に『春が来た』って言ってくれよ……」

「だから冷めないうちにいただきましょ。遠慮しないでたっくさん食べてね」

「は、はいっ」


 日菜子の優しい笑みを見てほっとしたのか、真昼はこくんと頷いてはしを手に取った。ならうように夕も続き、軽く手を合わせていつものように「いただきます」をする。


「母さんの料理食うのも半年ぶりだよなあ。今日はやたら気取きどってるけど」

「失礼ね、気取ってないわよ。普段あんたとお父さんに食べさせてたのが手抜きだっただけ」

「それはそれでどうかと思うんだけど……というかポットパイとか洒落しゃれたもん作れたのかよ。今まで一度も食わせてもらったことないぞ」

「あら、あるわよ? あんたがずっと小さい頃に一度。でもその時あんたが口の中ヤケドしちゃって、それっきりね」

「えっ、そんなことあったっけ? 全然覚えてないな、俺……」

「んもっ!? ほ、ほひいはんっ! ほっ、ほほはひほひほはん、へひゃふひゃほいひいへふへっ!」

「あーはいはい。分かったから、口の中にもの入れたまま喋らない」

「真昼ちゃん、今なんて言ったの?」

「『お兄さん、この炊き込みご飯、めちゃくちゃ美味しいですね』だってさ」

「よ、よく聞き取れたわねあんた……やっぱり、曲がりなりにも恋人同士なだけあるわ」

「! んへぇへひひぃ~」

「……く、食うか笑うかどっちかにしろよ、真昼」

「なに照れてんのよ、あんた


 食べ進めながら、三人は色々な話をした。

 主に夕と真昼が出会ってからの話だ。どんなきっかけで出会い、どんな経緯で仲良くなって、どんな風に交際まで至ったのか。体育祭で食べたおにぎりが美味しかったことや、みんなで海へ行ったこと。真昼が告白を決意した時のことに、直近ではクリスマスに偶然お揃いのエプロンを交換したこと、等々。

 それらすべてを真昼が嬉しそうに語って、日菜子がうんうんと相槌あいづちを打ちながら楽しそうに聞きり、逆に夕は親に恋愛話を打ち明けることを嫌がったりして――やがてはなし終えた頃には、卓上の料理はほとんどがからっぽになっていた。


「はぁーっ、すっごく美味しかったです、お母様! ごちそうさまでしたっ!」

「ふふ、お粗末そまつ様でした。それにしてもまひるちゃん、聞きしにまさる食べっぷりだったわねえ。うちの男連中もあれくらい美味しそうに食べてくれたらもっと作りがいがあるのに」

「えへへ、そうですか? でも私はお兄さんが私の作ったごはんを食べてくれてるところを見るの、大好きですよ!」

「ええ~、どこが? だってこの子、『腹が膨れるなら石でもなんでもいい』みたいなテンションで食べるでしょう?」


 母の言い草に夕が「流石にそこまで言ったことねえよ」とツッコミをれる中、真昼はふるふると首を左右に振る。


「そんなことありませんよ。お兄さんは最初、私がまだ上手く出来なくて失敗しちゃったお料理をそれでも残さず食べてくれて、一緒にどこが駄目だったのか考えてくれて……そのおかげで今はお兄さんが『美味しい』って言ってくれる料理も増えたんです」


 思い出すように瞳を細め、少女は続けて言った。


「私はそんなお兄さんと一緒にごはんを食べられることが幸せだし……そんなお兄さんのことがこれからもずっと、ずーっと、大好きです」

「……そっか。……ふふっ、愛されてるわね、あんた

「……」


 流れに任せてプロポーズもさお台詞せりふを言われてしまい、いよいよ夕の顔が赤く染まる。ニヤニヤ笑いながら冷やかしてくる日菜子に「そうだろ」とも「違う」とも返せず。代わりに彼は、真昼が無防備にろしている左手を机の下でそっと握った。それに対して少女は一瞬目を丸くしたものの、すぐににへーっと満面の笑顔を浮かべる。


「最近はお兄さんの方が恥ずかしがり屋さんですね?」

「……うるさい」


 悪戯いたずらっぽくささやいてくる恋人の手を、青年は痛いくらいにぎゅーっと握り締めてやった。

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