第二八九食 シュクダイエンザとスキャンダル②

「もうやだあー、疲れたあー……なんでせっかくの冬休みなのに、こんな真面目に冬休みの宿題しなきゃなんないのー……」


 二時間前に突然始まった真昼まひる亜紀あきの勉強会。もしここにひよりが居たなら「他の学生は皆真面目にやってるわよ」とため息混じりに言われていたであろう文句をれるゆるふわ系少女は、鼻と口の間にシャープペンを挟んだまま唇をとがらせていた。

 疲れた甲斐かいもあり、テーブルの上に広げられた数学の課題プリントはなんとかあともう少しで終わりそうである……まだこの後に現代文と古文、そして英語の宿題も残っているわけだが。


「もー、さっさと写してまひるんと遊ぼうと思ってたのになあー」

「だーめ。亜紀ちゃんをあんまり甘やかしたら私がひよりちゃんに叱られちゃうもん。それに二学期から勉強も難しくなってるし、宿題はちゃんとやった方がいいよ」

「あれ、学年上位のまひるんでも難しいとは思ううものなんだー? なんか意外だねー、中等部の頃からいっつも涼しい顔して一〇〇点とかとってたのにー」

「そ、そんなことないよ。テスト勉強を頑張ってたってだけで……」

「まーそれもそうかー、勉強しないで点とれたらテストの意味ないもんねー。うげっ、テストと言えば、学校始まったら期末の返却もあるんだっけー? やだなー」

「うっ……うん、そだね……」

「?」


 なぜか少しだけ目をらした真昼に亜紀はきょとんと首をかしげる。成績不良の雪穂ゆきほや一夜漬けギャンブルで試験にのぞむ亜紀ならともかく、優等生の真昼がこんな反応を見せるのは珍しい。そういえば期末試験が終わった後にも普段の彼女らしくないことを言っていただろうか。


「……まーいいか、勉強の話なんてつまんないよねー。んふふー、それよりまひるん、あの話してー?」

「えっ? あの話って?」

「決まってるじゃん。おにーさんとのラブラブカップル生活の話ー」

「ぶっ!?」


 豈図あにはからんや、真面目な話から一転してガールズトークを放り込んできた友人に、真昼はゲホゲホとき込む。弓形ゆみなりに曲がった亜紀の瞳――長年の付き合いで分かる、あれは下品なことを考えている時の表情かおだ。


「もう付き合って一週間くらいったよねー? 正直なとこ、おにーさんとどこまでいったー?」

「ど、どこまでってなに!? あっ、もしかしてデート!? デートの話だよね!?」

「んなわけないじゃん、そもそもまひるんとおにーさんが行くデートスポットってありきたりでつまんなそーだし」

「突然の悪口っ! そ、そんなことないもんっ、まだちゃんとしたデートには行けてないけど、いろいろ予定は立ててるんだからねっ!? 映画館とか遊園地とか、水族館とかっ!」

「どれもありきたりじゃんかー。いいよ、そんな誰にでも聞けるようなどーでもいい話、マジで興味ないしー」

「今ハッキリ『興味ない』って言った!?」


「ひどいよ亜紀ちゃんっ!」と目尻に涙を浮かべる真昼。どうやら彼女なりに一生懸命調べてったデートプランも、恋愛ごとに関しては一歩どころか三歩も四歩も先を行っているゆるふわ系少女にとっては手をヒラヒラ振る仕草ひとつで一蹴されてしまう程度のものらしかった。

 そして亜紀は、真昼がいでくれた紙パック入りの一〇〇パーセントオレンジジュースを飲みながら続ける。


「『どこまで』って言ったら当然、〝恋愛のABC〟の話に決まってるでしょー」

「え、えーびーしー……?」

「あれ、純情乙女まひるちゃんは知らないー? よーし、それじゃあおねーさんが教えてしんぜようー。Aはキス、Bは愛撫ペッティング、そしてCはセッ――」

「ももももう分かったっ、だいたい分かったから説明しないでっ!?」

「あははー、まひるんってば顔真っ赤ー。かーわいー。ちなみにABC以外にもDEFGとかHIJKもあるらしいんだけどー――」

「言わなくていいってばっ!?」


 からかうようはニヤニヤ笑いを向けてくる友人に、真昼は発熱した頬をペチッと両手でおおい隠す。頼りになる保護者ひよりが不在の状況で亜紀とこの手の会話をすることは、恥ずかしがり屋の真昼にとって非常にが悪い。


「それでー? おにーさんとはABCのどこまでいったのー? 今までに何回くらいちゅーしたー?」

「最低一回はしてるみたいな言い方しないでっ!? ま、まだしたことないよっ!」

「へ? じゃああちこち触り合いっこしたりとか、一緒にお風呂に入ったりとかは?」

「そっ!? そんなことしたことあるわけないでしょッ!? 何言ってるの、亜紀ちゃんのばかあっ!?」


 林檎リンゴのようになった真昼が羞恥しゅうちのあまり叫喚きょうかんする中、亜紀はといえば「えー……?」としらけたような目をする。


「二人ともほんとに大学生と高校生のカップルなのー? そりゃCまでいってるのが普通とは言わないけど、一週間もあってなにもないとか……はあ……」

「ため息っ! な、なんで私たちが悪いみたいになってるの!? 別にいいでしょっ!?」

「いや、まーいいけど……でもえっちなこと一切しないんならまひるんたち、なんのために付き合ってんのー? それ友だちと変わんなくないー?」

「好き同士だからだよっ! 男の子と女の子がみんなエッ……なことをするためだけに付き合うわけじゃないんだからねっ!?」

「わー、うぶな反応ー。まひるんたちらしいっちゃらしいけどねー」


 そう言いつつ、スキャンダル好きな女子高生は「でもやっぱそれじゃつまんなーい」と足を放り出して笑った。

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