第二八五食 リア充たちとキスの話②

雪穂ゆきほちゃんは、もう青葉あおばさんとキスってした?」


 真昼まひるがそう問い掛けると、雪穂は一瞬驚いたように目を見開いてからジトッと半眼を形作った。


「フツーそんな直球で聞く? デリカシーないなあ」

「あぐっ!? そ、そうだよね、ごめん」

「いいよ、まひるがなにかとズレてるのなんて今さらだし」

「それはそれですっごく複雑だけど……」


 苦笑しつつ、カチャカチャと品のない仕草でカップの中身をかき混ぜる眼鏡少女の言葉の続きを待つ。

 雪穂と蒼生あおいは付き合い始めて二ヶ月以上が経過しており、一般的に考えればキスくらい経験済みでもなにもおかしくはない。しかし彼女たちがまだ世間的には極少数派の同性カップルであることも踏まえると、普通の男女と同様に考えてよいかは微妙なところだった。


「ま、ぶっちゃけしたことあるよ」

「! あ、あるの!?」


 思わず身を乗り出してしまう真昼に、雪穂は「自分から聞いといて何驚いてんのさ」と笑う。


「まだ二回だけ、しかも私からの不意討ちなんだけどねー。クリスマスの時と、元旦がんたんに二人で出掛けた時」

「ふ、ふへ~……す、すごいね、雪穂ちゃん」

「あははっ、なにがすごいのさ。言っとくけど、そんな大人オトナなムードじゃなかったんだからね。心臓バクバク言わせながら、蒼生さんがすきを見せたところにちゅってしただけ。しかもその後、『ナマイキだなあ』って笑われちゃったし」


「悔しいわ」と言いつつ、自らの唇にそっと指先をえる眼鏡少女。そんな友人の姿が、真昼の瞳にはとても大人びて見えた。

 もし真昼じぶんが同じことをしようとしたら、心臓バクバク程度では済まないかもしれない。なにせ現状、軽く抱き締められるだけでもいっぱいいっぱいになってしまうのだから。それが粘膜ねんまく同士の接触、すなわち口づけにランクアップすれば――バクバクどころか心臓がバクハツするかもしれない。


「……まひる、あんた今『私がお兄さんとちゅーしたら……』みたいなこと考えてるでしょ?」

「ッ!? な、なんで分かるの!?」

「なんでじゃないわ、顔に出過ぎだっての」


 呆れたようにまゆゆがめ、雪穂は「そんで?」とカフェオレに口をつけながら続ける。


「なんでいきなりこんなこといてくんのさ? なに、あんたも〝お兄さん〟とキスしてみたいの?」

「いぐっ……!?」

「これも図星ずぼしか。へぇー、『この気持ちが恋なのか分かんないっ』とか言ってたあのまひるがねぇー? いとしの〝お兄さん〟とちゅっちゅちゅっちゅしてみたくなる年頃になっちゃったかぁー? ふーん、へーん、ほーん……若いって、イイネ!」

「か、からかわないでよっ! ま、まだちょっとしてみたいなーってだけだしっ!?」


 頬杖をつきながらにやにやサムズアップしてくる友人に、真昼は顔を真っ赤にして反論する。しかし眼鏡少女はそんなものどこ吹く風で、片手をひらひら振りながら適当っぽく返した。


「したいならすればいいじゃんか、もう恋人同士なんだし。なに、もしかしてまた家森やもりさんが『高校生とキスなんか出来ない』とかヘタレたこと言ってんの?」

「ち、違うよ。お兄さんにはまだなにも言ってないし……というか言えるわけないでしょ、『キスしてみたいです』なんて!?」

「いや、だからしたいならすれば? 直接お願いするのが恥ずかしいなら私みたいに不意討ちするとか……あ、そうだ。あんた合鍵持ってんだから、それ使って寝込みでも襲ってみれば?」

「いくらなんでもそんなこと出来ないよっ!? そ、それにいくら私がしてみたいからって、お兄さんがしたいと思ってないならワガママ言いたくないし……」

「あのねえ、付き合ってる相手にまでそんな気遣ってどうすんのよ? 彼女あんたとしたくないならあの人、いったい誰とならキスするっての?」

「そ、それはそうだけど……」


 少女はうつむき、つんつんと両の人差し指を突き合わせる。

 たしかに雪穂の言っていることは正しい。ゆう真昼じぶんは好き合っているからこそ交際関係に発展したわけで、それなのにいつまでも遠慮ばかりしていたら進展するものも進展しないだろう。


「(で、でもお兄さんもキスしたことないって言ってたし、それってつまり私たち、どっちもふ、ファーストキスってことで……そんな大事なもの、私がしてみたいからってだけで奪っちゃっていいのかなあ? そもそもそう思ったきっかけ自体、あの恋愛映画でしてるのをたからってだけだし……もしそんなこと言ってお兄さんに〝軽い子〟だって思われちゃったらどうしよう……!? あ、あわわわっ……!?)」


 口元を押さえながらぐるぐると瞳を回して考え込んでしまう真昼に対し、雪穂は「もしかしなくてもあんたら、似た者カップルだね……」と呆れ顔でつぶやくのであった。

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