第二六〇食 家森夕と二人の本音①
★
文化祭の夜から、ふとした瞬間に考えるようになった。俺はあの子と――
あの日まで、俺にとっての彼女は〝お隣の女子高生〟以外の何者でもなかった。好意を寄せられているだなんて考えもしなかったし、もちろん恋愛感情を向ける対象として見たこともない。真昼のことを「可愛い」と思うことは多々あれど、それもあくまで妹や近所の子どもに対して感じるような
だがあれ以来、俺の真昼を見る目は確実に変化してしまった。
これまでは気にならなかった多少の接触でさえ意識するようになってしまったし、彼女が不意に口にする「好き」という言葉が
あんなに可愛くて良い子が、俺みたいな
今や当たり前のように隣にある、あのお日様のような笑顔が目の前から消えてしまった時、俺はどうなってしまうのだろうか。俺が彼女の好意を拒絶し、あるいは彼女が俺に愛想を尽かして離れていってしまった時、俺は果たしてどう思うのだろうか。
あの子と出会う前と同じように過ごしていけるだろうか。大学へ行ってつまらない授業を受け、アルバイトで稼いだ金を苦しい生活費の
ローテーブルの対面に咲く笑顔の
繰り返し考える。俺は真昼とどうなりたいのだろう。
正直、俺の中では未だに高校生はまだ子どもだというイメージが強く残っている。
けれどその一方で、
「(……い、いやいや、でもやっぱり
「――さん」
「(第一、仮に高校生と付き合うことに対する抵抗感が消えたとしても『よし、じゃあ真昼と付き合おう!』とはならないよな……恋愛ってそういうもんじゃないし、付き合うんなら真昼が前に言ってた通り、ちゃんとあの子のことを好きになってからにするべきで……)」
「――いさんっ」
「(……ん? そういえば俺って真昼のこと、女の子としてはどう思ってるんだ? 顔は言うまでもなく可愛いし、性格も頭も良いし、超不器用だけどそれを克服するくらい頑張り屋だし……あれ? もしかしてあの子って完璧なのでは……?)」
「――にーいーさんっ!」
「(いや違う違う、そうじゃないだろ。顔とか性格が良ければ誰でも好きになるってわけじゃないんだから……というか、そもそも〝好き〟ってなんだ? 真昼のことは好きか嫌いかで言えばもちろん好きだけど、この〝好き〟は恋愛的な〝好き〟じゃなくて……でもだとしたら『ちゃんと好きになる』ってどういうことなんだよ、なにがどうなったらちゃんと好きになったことになるんだよ――)」
「もうっ、お兄さんってばあっ!?」
「……はっ!」
考え込んでいる間に哲学的な領域に踏み込みそうになっていたところで肩を
現在地はうたたねハイツ二〇六号室のキッチン。立ったまま思考の海に沈んでいた俺の目の前では、見るからにお
「なんですかなんですか、私のことずーっと無視してぼんやりしちゃって!?」
「ご、ごめんごめん、ちょっと考え事しててさ……」
「ふんだっ、どうせ『今日の夜ご飯は何にしようかなあ』とか考えてたんでしょ! お兄さんのいやしんぼさんっ!」
「いや、君じゃないんだから……それでどうかしたのか、真昼?」
可愛らしくそっぽを向いてしまった少女に手を合わせながら問うと、彼女は「あ、そうでした」と顔の向きを戻した。
「冷蔵庫に入ってる缶ジュース、飲んじゃってもいいですか? たぶん
「缶ジュース……? うん、別にいいぞ?」
そんなもの入っていたっけな、と思いつつ、JK組が買い物に行った時に買ってきたのだろうと結論付けて頷く俺。忘年会で余った食材や半端に口の開いた菓子類は基本的に我が家で引き取らせてもらったので、俺が知らない間にジュースの一本くらい
「わーい、やったあ!」と一瞬で機嫌を直した少女がいそいそと冷蔵庫を開いた。その際、俺はふと彼女の左手に目がいってしまい――ほんの数時間前、初日の出を見に行った展望台広場でぎゅっと握られた右手が燃えるような熱を思い出す。
「(く、くそ、手握られたくらいでドキドキしすぎだろ、俺……思春期の中学生じゃあるまいし……)」
ぷしゅっ、とジュースの
文化祭の夜、突然正面から抱きつかれた時でもここまで
するとちょうどその時、ズボンの尻ポケットに突っ込んでいた携帯電話がブルブルと振動した。取り出して画面を
『青葉
「じ、ジュースみたいなラベルの……チューハイ……?」
なんとなく嫌な予感を覚え、俺は冷蔵庫前で棒立ちしている真昼に声を掛けてみる。
「あ、あの……ま、真昼、サン……?」
「……ヒック……ふわぁ~い? なんれすかあ~?」
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