第二四二食 旭日真昼とお姉さん2ー①

 その後、店内清掃は他の従業員たちが済ませてくれるということで、臨時アルバイトの二人は終業してよいという許可が下りた。ついでに千鶴ちづるも上がっていいと言われたので、三人は昨日に引き続き連れ立って更衣室へ入る。


「それにしてもまひる、すんごい頑張ってたね。おかげでこっちが目ぇ回しちゃったじゃんかよー」


 給料袋を手にほくほく顔をしていた雪穂ゆきほがそう言って唇を尖らせると、真昼まひるは申し訳なさそうに手を合わせてみせた。


「ご、ごめんね? お客さんたちと話してたらなんか楽しくなっちゃって」

「店長さん、『良かったらまた来年もお願いねぇん』って言ってくれたけどさ、まひるなら千鶴さんみたいに普通のバイトとして雇ってもらえるんじゃない?」

「あ、あはは、そうかなあ? でも、しばらくアルバイトはやめとくよ」

「なんでー? ……ははぁーん、なるほど? そうだよね、バイトなんかしてたらいとしの〝お兄さん〟との時間が減っちゃいますもんねー」

「そ、そういうことじゃなくてっ!?」


 けたけたと笑う眼鏡の友人に頬を染める真昼。文化祭以降は彼女なりのペースでゆうとの距離を縮めているつもりだし、昨夜ゆうべだって勢いあまって抱きついてしまったりしたが……それでもこうして他の人から冷やかされると恥ずかしくなってしまうのは彼女のさがらしい。

 そしてそんな真昼に「ごめんごめん」と謝ってから、雪穂は続けて言った。


「そんで、結局家森やもりさんへのプレゼントは明日買いに行くの?」

「あ、うん。明日の朝に行くつもりだよ」

「ふーん、昨日も言ったけどなんか勿体ないよねー、せっかくクリスマスに二人で過ごせるのにさー。ちなみに〝お兄さん〟の方は? 明日は一日けてくれてるの?」

「うーん、どうなんだろ……今朝聞いたら『もしかしたら朝、出掛けるかもしれない』みたいなこと言ってたんだけど」

「なんじゃそりゃ? あんたらねえ、もうちょっとクリスマスってもんを大切にしなさいよ。私と蒼生あおいさんなんて朝から一日中デートすんだからね?」

「だ、だって私とお兄さんは雪穂ちゃんたちみたいに恋人さん同士ってわけじゃないんだし……」


 少女が人差し指をちょんちょんと突き合わせながら言うと、「はあ」と盛大なため息が落とされる。どうやら自分のことになると比較的奥手な雪穂から見てもなお、真昼の恋愛はもどかしく映ってしまうようだ。


「だったらなおさら焦りなさいっての。……もう明日、家森さんのこと押し倒して既成事実作っちゃえばいいんじゃない?」

「焦るにもほどがあるよねえ!? い、嫌だよそんなの、私からなんて!?」

「だーいじょうぶ大丈夫、あんたのそのボディーなら家森さんくらいコロッといけるって。そんでコトが済んだらすぐに写真でも撮って、『コレをSNSでばらまいたらお兄さん、どうなっちゃいますかねえ……ふふ……』って言えば――」

「完全にただの脅迫なんだけど!? も、もしそんなやり方でお兄さんと付き合えたとしても全然嬉しくないよ! そ、それに私、お兄さんには自分の気持ちに嘘ついてほしくないし……」

間怠まだるっこいわね、そんなの待ってたらお兄さん、他の女にとられちゃうかもよ? というか明日の朝出掛けるかもっていうのも、もしかしたらがいるからだったりして――あだあっ!?」

「わざわざ不安あおるようなこと言ってんじゃねェ」


 見かねた千鶴から後頭部をはたかれる雪穂という、この二日間だけで何度か目にした光景が再び繰り返される。そして「これって労災りますか……?」と馬鹿なことを言いながら床に沈む眼鏡少女をやはり無視し、いつの間にか着替え終えていた金髪ピアスの女子大生が真昼の方へ向き直った。


雪穂こいつ妄言もうげんはともかく……真昼、お前は明日、家森ヤローとずっと一緒にいられなくていいのか?」

「え……?」


 まさか千鶴からそんなことを聞かれるとは思いもよらなかったのか、少女は「え、えっと……」と少しだけ口ごもる。


「も、もちろん一緒にいたいですけど……でもお兄さんもなにか大切な予定があるのかもしれないですし、私もクリスマスプレゼントはちゃんと用意したいですから、仕方ないと思います」

「まァ家森ヤローの予定に関しちゃどうしようもねェが……でも真昼、お前のプレゼントの方はまだどうにかなンだろ」

「えっ……も、もしかして今から買いに行けば、っていうことですか? でももう八時前なのに一人で買い物なんて……それに私がプレゼントを買おうとしてるところ結構遠くて、電車でも三〇分くらいかかるんです。今から駅に向かっても間に合わないと……」

「フン。お前一人で、電車で行くってンならな」


 真昼の諦めたような声をぶっきらぼうにさえぎると、千鶴は自分のロッカーに片手を突っ込んで半球状のなにかを取り出して真昼の胸に押し付けた。「わっ?」と反射的に両手で受け取った少女は、それを見て目を丸くする。


「これ……ば、バイクのヘルメット?」

「ああ、プロテクターはねェが我慢しろよ。少なくともあの爬虫類野郎よりはマシな運転で行ってやる」

「え、あ、あの……?」


 言葉の意味が理解できない女子高生に対し、女子大生はもう一度軽く鼻を鳴らしてから言った。


「電車で三〇分の道なんざ、オレらからすりゃあってねェようなモンだ――プレゼント、買いに行くんだろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る