第二四一食 臨時バイトとお給料


「どうぞいらっしゃいませー、美味しいクリスマスケーキはいかがですかー? 生クリームたっぷりの苺ケーキとベルギー産チョコレートを使用したチョコレートケーキのハーフ&ハーフ、とってもお買い得ですよー!」

「わ、お孫さんと一緒にお召し上がりになるんですか? でしたらこちらのケーキがおすすめですよ。お砂糖で出来たサンタさんとトナカイがクリームの雪の上をソリで滑ってるんです! すっごく可愛いから、小さいお子さんならきっと喜んでくれると思いますよ!」

「申し訳ございませんお客様、そちらのケーキは大変ご好評いただきまして、四時頃に完売となってしまったんです……もしよろしければ店内の方で販売している単品のフルーツケーキもご覧になってくださいね。お好きなケーキをどれでも六つ選んでいただけるりセットもございますので!」

「クリスマスのスペシャルケーキですね、はいっ、お買い上げありがとうございます! 今晩はすっごく寒くなるみたいですから、風邪を引かないようにお気をつけくださいね? またのご来店、お待ちしております」


「(そ、想像以上の働きぶりだな、あの子……)」


 日も暮れかかり、いよいよクリスマス前夜イヴという言葉が相応ふさわしくなってきた頃。文字通り人垣ひとがきが出来た店の前でレジスター業務に専念している千鶴ちづるは、元気いっぱいに客をさばき続ける臨時アルバイトの少女こと旭日真昼あさひまひる手腕しゅわんを横目で盗み見ながら、内心で冷や汗を垂らしていた。

 売り子としての真昼の能力は、およそバイト経験皆無の素人しろうととは思えないレベルだった。無論、商品情報を始めとした販売業務における専門知識の心得こころえには不安が残るが、それをおぎなって余りある丁寧な接客に可愛らしいルックス、そしてなにより常に笑顔をやさず楽しそうに仕事をこなすその姿に、老若男女ろうにゃくなんにょを問わない客たちが次から次へとき寄せられてくる。「そういえばあの子と初めて会った日、野良猫が大量に寄ってきてたな……」と、目付きの悪い女子大生は過去の光景を目の前の現実に重ね合わせていた。

 千鶴がデレデレした顔の中年サラリーマンに商品の箱とレシートを渡している間にも会計待ちの列には新たな客が並び、こちらの手の方が間に合わないくらいである。同じく臨時アルバイトの雪穂ゆきほも追加のケーキを往復運搬しながら「うひぃーっ!?」と目を回してしまっていた。


「ち、千歳ちとせさぁーん、店長さんが『ハーフ&ハーフとスペシャルケーキ、もう全部ハケちゃったわぁん』って……」

「は、はァ!? ま、マジかよ、まだ六時にもなってねェぞ……」


 個人経営店ゆえに大手チェーン店などと比べれば大した仕入れ量ではなかったし、まだ全商品が売れ尽くしたというわけでもないが、それらを踏まえても早すぎる。まだ閉店時間まで二時間以上も残っているというのに。きっと今ごろ店長を含む厨房連中は「こんなことならもっと仕入れておくべきだった」と後悔していることだろう。

 そしてその後も順調に残りのケーキは売れていき――午後七時半過ぎ。


「もぉん、とぉーっても助かっちゃったわぁん、真昼ちゅわんに雪穂ちゅわん! 完売御礼かんばいおんれいなんていつ以来かしらぁん?」

「あ、ありがとうございます」


 すっかり空っぽになってしまったショーケースの中を満足そうな表情で眺めて絶賛ぜっさんしてくる異形いぎょうの店長に、真昼は疲労を表情ににじませながらも嬉しそうに微笑んだ。その隣ではすっかりヘトヘトの雪穂がズレた眼鏡を直すこともせずにだらりと両腕を垂らしている。

 既に店の前には〝ご好評につき完売致しました〟の文言もんごんが貼り出され、シャッターも半分ほど落とされている。厳密には単品のケーキまで完全に売り切れたわけではないのだが、それらに関しては店長が従業員全員にご褒美ボーナスとして振る舞った。今日一日頑張った皆へのねぎらい――と、あとは単純に売れ残りのケーキ数個だけで営業を続けるメリットはなかったのだろう。この後来店した客に「クリスマスイヴなのにほとんどケーキを品揃えしていない、やる気のない店」と認識されても困る。


「それじゃあこれ、お待ちかねのお給金よぉん。二人とも、二日間本当によく頑張ってくれたわぁん。たっぷり色をつけておいたからねぇん」

「ほんとですか!? やった、やったね、まひる!」

「う、うん」

「お前、急に元気になるじゃねェか」


 千鶴の呆れた声に、店長を含む従業員たちが笑い声を上げた。そして茶封筒に入った二日分の給料を受け取った真昼と雪穂もまた、顔を見合わせて笑みをわし合う。

 少女たちにとっては初めての、自分の力で獲得した報酬。苦労しただけに、その重みさえもどこか特別なもののように感じられた。

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