第一九六食 家森夕と自炊少女(?)②

 改めて真昼まひるの部屋に届いた荷物を確認してみたところ、その中身は彼女の言った通り、自炊用の機器・器具類だった。三つある箱のうち一つはオーブン機能付きの電子レンジと小型の炊飯器、一つは液化石油プロパンガスの二口ふたくちコンロ、そして残った一つには料理をする上で最低限必要になるであろう、細かな調理器具一式が詰め込まれている。

 そしてそれらを確認し終えたところで、俺たちはもう一度困惑の視線をまじえた。


「なんで突然、こんなものを……?」

「わ、私にも分かりません……」


 どうやら真昼自身、特に送り主――すなわち彼女の母親である旭日明あさひめいさんからなにか聞いていたわけではないらしい。なんの説明もなくこんな大量の荷物をボンと送り付けてくるなんて、いったいなにを考えているのか。

 たしかに今の真昼は以前までのように自炊を――厳密には火や包丁を使う料理全般を――禁止されているわけではない。夏休みの帰省きせいや先日の母親襲来しゅうらいて、一応俺の部屋で一緒に料理をしたり、既に習得した品を作るくらいのことは事実上許可されている。

 しかし、それはあくまでも家森夕おれという監督者が側についているからだと勝手に思っていたのだが……と、そこまで考えたところで、俺は最後の箱の中に手書きの紙束が入っていることに気が付いた。


「なんだこれ……『真昼へ』って書いてあるな。お母さんからの手紙じゃないか?」

「あ、本当だ。ちょっと読んでみますね」

「ああ」


 今時いまどき母娘おやこのやり取りとしてはやや古風こふうであろう、仕送しおくりと一緒に届く茶封筒ちゃぶうとうの手紙を少女に手渡す。当然、封を切るのは真昼本人だ。

 そういえば俺も一人暮らしを始めたばかりの頃、最初の仕送りに手紙が入っていたなあ、と一年半ほど前のことを思い返して目を細める。やはり親としては、離れた地で一人暮らしをする我が子を心配して送ってしまうものなのかもしれない――もっとも俺の場合は『一人暮らしだからって大学の授業サボるんじゃねえぞ』というむねがメインだったので、残念ながらそんなほっこりした気持ちにはなれなかったのだけれども。


 再度三つ目の段ボール箱の中身をちらりと見てみると、ネット通販で注文したものとおぼしき品々の中に包丁とまな板が入っているのが目に入った。まともな料理をしようと思えば、やはりこれらは必要不可欠であろう。

 包丁は刃先が丸みをびたデザインになっているセラミック製のもので、いわゆる〝お手伝い包丁〟や〝子ども包丁〟にも似た二本組。まな板の方も耐熱・抗菌処理に加えてしっかりとした滑り止めが付いているタイプであり、言うまでもなく俺の部屋で使われている安物よりも上等品だ。これを選んだ人間が、いかに安全性を考慮しているかがよく伝わってくる。もしくは真昼の不器用さをよく知っているからか……その両方だろうな。


 俺の部屋に来たばかりの頃、自分の指の皮を皮剥きピールして涙目になっていた女子高生の姿をなつかしんで笑いをこらえていると、手紙を読み終えたらしい真昼が紙面から瞳を持ち上げた。


「……要約すると、お母さんからお父さんが『家森夕おにいさんに頼り切るのは悪い』って言い出して、お兄さんのお部屋に行かなくても料理が出来るように送ってくれたみたいです……」

「やっぱりそうなのか……な、なんでそんな怖い顔になってるんだ?」

「だって!?」


 クシャッと紙の端っこを握り締めた真昼は、その内容をキッと睨み付けながら声を大にして言った。


「お父さんったら、まだお兄さんのことを疑ってるんですよ! 帰省した時に『お兄さんはそんな人じゃない』ってちゃんとお話したのに、お兄さんが私に――て、手を出すんじゃないかって思ってるんです!?」

「ぶっ!?」

「そんなことあるわけないじゃないですか! 失礼しちゃいますよ! そもそもお兄さんがそんな普通の男の人だったら、私はこんなに大変な思いをしなくて済んだんですからね、もうっ!?」

「はい、ごめんなさい……ってあれ? なんで途中から俺が怒られてるんだろう……と、とりあえず落ち着けよ、真昼」


 釈然しゃくぜんとしないものを抱きつつも、ぷんすかといきどおっている女子高生をいさめる俺。

 客観的に見れば真昼の父親はなにも間違ったことはしていないし、むしろ人の親としては――たとえ男女云々の話を脇に置いたとしても――正しい判断をしていると思うが……しかし怒っている時のこの少女がこわいことは文化祭の前後だけで十分知らしめられたので、今はなるべく刺激しないでおくことにする。


「まあ、いいんじゃないか? ないよりはあった方がいいに決まってるし……別に俺の部屋うちで料理するなって言われたわけでもないんだろ? なにもそんなに怒らなくったってさ」

「それはそうですけど……私はお兄さんの――す、好きな人のことを悪く言われてるみたいなところが嫌なんですっ」

「ア、ハイ」


 こうも真正面から「好き」と言われてしまった場合、どういう反応をすればいいか分からないのは相変わらずだった。俺は「こほんっ!」とわざとらしい咳払いで照れを誤魔化ごまかし、憤懣ふんまんかたない様子の女子高生をなだめるべく続ける。


「で、でもほら、俺が夜バイトの日も、自分の部屋なら好きなように料理出来るし……それにあの電子レンジがあればお菓子も色々作れると思うぞ? クッキーとかケーキとか、プリンとか」

「い、いくら私が甘い物大好きだからって、そんな簡単な誘惑に引っ掛かるわけが――って、あ」

「え?」


 突然なにかを思い出したかのように怒りを霧散むさんさせた真昼に、俺はどうしたのだろうかと首をかたむける。


「そ、そうだ……ここでいっぱいお料理の練習をすれば……もっと……っぽく……」


 なにやらあごの下に手をやりながら、ぶつぶつと呟き始める隣人の少女。高速で思考を回転させている彼女の瞳は、どことなくメラメラと燃え上がる炎を連想させるものだった。

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