第一七一食 旭日真昼と自分の番?①


「うえええええぇっ!? ゆゆ、雪穂ゆきほちゃんと青葉あおばさんが付き合うことになったぁっ!?」

「ふっふーん、まあね? 驚いたでしょー」


 祭りの終わりが近付いてきた午後三時前。文化祭の出し物としては演劇と並ぶ花形であろう軽音楽部や吹奏楽ブラスバンド部による演奏が始まり、ロック系バンドが放つエレキギターの大音量に圧倒されて逃げるように外へ出てきた真昼まひるは、それに負けないくらいの大声を上げつつ驚きの感情を表出させていた。

 対するは得意気に薄い胸を張る友人の雪穂。そして「ま、まあそういうわけでして……」と若干ばつが悪そうに頬をく蒼生だ。


「もちろん清く正しい交際をさせてもらうつもりだから心配しないでね? それに雪穂ちゃんに『もういいです』って言われたら、その時はすぐに別れるつもりでいるから……」

「あっ、ひどい蒼生さん!? そんな軽い気持ちで私の愛の告白を受け入れたって言いたいんですか!?」

「愛の告白って……い、いやそういう意味じゃなくてさ? 私としては雪穂ちゃんが一番満足するようにしてあげたいっていうか、それが罪滅ぼしとしては一番の形なのかなって思って」

「ふーん、私と付き合うのはあくまでも罪滅ぼしのためってことですか、私自身を愛しているわけではないと言いたいんですか、ふーん」

「いや、だからそういうつもりじゃなくてね!?」


「……オイ、大丈夫なのかよ、あの二人? 早くも破局しそうな雰囲気なンだが」

「そうかしら? 私にはすっごく仲睦なかむつまじく見えるわ。ふふ、おめでたいわね、二人とも」


 カップル二人に半眼を向ける千鶴ちづるに、頬へ手を当てつつ穏やかに微笑むめい。しかし比較的落ち着いている彼女らとは正反対に、状況を飲み込みきれずに動揺をあらわにしている真昼は、口をぱくぱくさせながら残る一人――家森夕やもりゆうの方へと飛び付いた。


「ど、どういうことですか、お兄さん!? な、なにがどうなってるんですかこれ!?」

「お、おう、とりあえず落ち着け、真昼。俺も驚いてるところだから」


 自分よりも大慌てしている真昼の姿を見て逆に冷静になったのか、言葉のわりには平静をたもっている様子の夕が答える。だが真昼に言わせればむしろ、こんな衝撃的なニュースを聞いて驚かずにいられる彼らの方が信じられない。


「だ、だって……青葉さんって今日、雪穂ちゃんにを打ち明けるつもりだったんじゃ……!? それなのにつ、付き合うことになったって……もしかして雪穂ちゃん、まだ蒼生さんが女の子だって知らないんじゃ……!?」

「あー……いや、冬島ふゆしまさんはもう知ってるよ。俺たちと合流する前に、青葉が自分で全部話してたからな」

「うぇっ!? い、いつの間に……というか、どうしてお兄さんがそんなこと知ってるんですか?」

「さっき真昼のお母さんと話しに行っただろ? そこにたまたま青葉が冬島さんを連れてきたんだよ」

「あ、あの時ですか……で、でもそれじゃあ、雪穂ちゃんは蒼生さんが女の子だって分かった上で……ってことですか?」

「まあ……そういうことになるよな」


 夕が言うには、どうやら雪穂は蒼生から真実を告げられてすぐくらいに一度「付き合ってほしい」と告白していたらしい。だがその時の蒼生は雪穂と付き合うつもりはないと言っていたそうで――だから夕も、あの二人が交際することになるとは思わなかったという。


「――本当になに考えてるんだよ、あのアホは……相手、高校生だぞ……」

「え?」

「! い、いやなんでもない――当人たちがそれでいいって思ったんなら、俺が何か言うべきじゃない……よな」

「……?」


 言っている意味を理解出来ず、真昼は夕の顔を見上げる。彼は雪穂と、早くも雪穂の尻に敷かれつつあるイケメン女子大生をぼんやりと眺め――やがて不意にこちらを見たかと思えば、慌てて真昼から視線を逸らしてしまった。

「(お、お兄さんに顔逸らされたっ……!?)」と多大なダメージを受けつつ、真昼は普段いつもと比べてどことなく様子がおかしい青年に違和感を覚える。というより今日に限って、ふとした瞬間に目線が合うことがやたらと多い気がするのだ。体育館にいた時も、真昼が彼の横顔を盗み見ようとしたら高確率で似たような反応をされてしまった。


「(も、もしかして私、お兄さんになにかしちゃった……? それともあの時、お母さんに何か言われたとか……!?)」


 思えば、今朝までは特に彼の様子が変だとは感じなかった。そう感じるようになったのは、母が彼と話がしたいと言って連れ出した後からである。

 しかしこれが父ならともかく、明が夕の気を悪くするようなことを言うだろうか? 夕のことを――というよりは真昼と仲の良い相手のことを――気に入っている様子だし、そもそも母は聡明な人間だ。せっかくのお祭りで、わざわざ和を乱すようなことを言うとは思えない……たまに夕や千鶴をからかうようなことを言ったりはしていたため、絶対に大丈夫とまでは言い切れないかもしれないが。

「――ふふ、二人が上手くいって本当に良かったわ。……さて、はどうかしら?」


 ふと視線の先で、意味深に微笑みながら母がこちらを振り返る。

 ――次は真昼じぶんの番だと、そう言われたような気がした。

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