第一六五食 冬島雪穂と本当の恋①


 時を少しだけさかのぼり、ゆう真昼まひるたちが体育館で〝伝説〟を題材モチーフにした演劇を観覧し始めた頃。


「あ、三人ともお疲れー」


 一年一組の出し物であるたこ焼き屋の仕事シフトを終え、自分たちの教室へ戻ってきたひより、ゆずるりょうの三人を出迎えたのは、友人であるゆるふわ系少女ののんびりとした声だった。

 冷房の効いた教室内には彼女以外のクラスメイトの姿はない。言うまでもなく、高等部に上がって初めての文化祭を見て回っているからだろう。おかげで貸し切り状態の教室を独占していた少女は、並べた椅子の上にゴロンと寝転がって携帯電話をいじっている始末。……椅子の上で無防備に折り曲げられた両膝がスカートのすそを持ち上げているため、男子二人は目のやりどころに困った様子で視線を逃がした。


「……亜紀あき、アンタ客寄せの仕事はちゃんとやってきたんでしょうね?」


 そのだらけっぷりを見てひよりが疑いの目を向けると、少女改め赤羽あかばね亜紀は「ひどいなーひよりんはー」と笑う。


「ノルマのチラシなら一瞬で配り終わったしー、なんなら他の子の分もほとんど私が配ったんだよー? もうちょっと枚数増やしといても良かったかもねー」

「え、なに、アンタそんなにチラシ配りとか上手うまいの? そういうバイトとかしてたっけ?」

「あははー、してないしてないー。それに上手いとか下手へたとかは関係ないしー。男子とか外部の男の人を狙って『おいしいたこ焼きはいかがですかー?』ってニコニコしてればいいだけだもーん」

「そうだった、赤羽亜紀アンタはそういうだった」


 親友の少女と違い、〝自分が可愛いことを知っている女〟特有の小悪魔的笑みを浮かべた亜紀に、ひよりは呆れ半分で息をいた。隣では涼も「くわばらくわばら……」と冗談めかして両手をり合わせている。同じ男でも、亜紀とはもう長い付き合いになる彼や弦は、この少女が見た目通りゆるゆるふわふわした性格なかみをしていないことくらい知っているのだ。


「ま、そのおかげで思ったより早く売り切れになりそうだったよ。……代わりに私とか真昼ひまはめちゃくちゃ忙しかったけど」

「そんなこと言われてもー。まひるんと言えば、お兄さんたちってもう来てるのー? たこ焼き作りの練習の成果、ちゃんと見てもらえたー?」

「ああ、うん……」


「お兄さん」という単語を聞いただけでピクリとこめかみをひくつかせた眼鏡男子を無視し、ひよりは頷く。


「来てくれたは来てくれたんだけどね……でも練習の成果を見てもらえたかっていうと微妙っていうか、もっと他に衝撃的なことが起きたっていうか……」

「? なになにー、なにかあったのー?」

「……ひまのお母さんが来た」

「……なんだって?」


 ひよりの口から飛び出した予想以上に予想外の言葉を受け、さしもの亜紀も思わず素に戻って聞き返した。

 しかしその話を続けるより先に、突然彼女らの教室のドアがパァンッ! と勢いよく開かれ、その音に驚いた四人の意識は強制的にそちらへ奪われる。


「あっ、いた!? ちょっとあんたらどこ行ってたの!? 屋台にも体育館にもいないから探しちゃったじゃんかっ!?」

「ふ、冬島ふゆしまかよ、ビックリした……」

騒々そうぞうしい奴だ……もう少し静かに入って来られないのか?」


 登場したのが友人の眼鏡少女だと知り、口々に文句を言う男子たち。しかし少女――冬島雪穂ゆきほはそんなことはお構いなしに、なにやら興奮に瞳を輝かせながら「ねえ聞いて聞いてっ!?」とひよりと亜紀の側へと駆け寄る。


「ビッグニュースよビッグニュース! ビーアイジーエヌイーダブリューエスッ!」

「なにその無駄に高いテンショーン……」

「いつにも増して様子がおかしいんだけど……一体なにを拾い食いしたのよ?」

「誰が拾い食いなんかするか! ――ふふんっ、でもいいわ! 今の私はとっても気分が良いから、どんな暴言だって許しましょうともさ!」

「やーい貧乳ひんにゅー、貧乳ぺたんこー、貧乳ぜっぺきー」

「……」

「い、痛い痛いっ!? ど、どんな暴言も許すって言ったじゃんかー!?」


 無言で亜紀にアイアンクローの制裁を加えてから、少し落ち着いたらしい雪穂はコホン、と一つ咳払いをして続けた。


「聞いて驚きなさい、モテない男どもと女ども――」

「誰がモテない男どもと女どもだ」

冬島おまえだって同類じゃねえか」

「同じ穴のむじなでしょ……」

「私、少なくとも雪穂とひよりんの一〇倍はモテる自信あるんだけどー?」

「うるさいうるさーいっ!? この冬島雪穂さまはあんたら〝非モテ連合〟とは一線を画する存在へと昇華しょうかしたってのよ!」


 そう言うと、偉そうに腕を組んだ雪穂はこれでもかというほどその薄い胸を張り――そして真昼を除くいつもの面子めんつに向けて言い放つ。


「私、冬島雪穂は――今日から蒼生あおいさんとお付き合いをすることになりましたぁっ!」

「「?」」

「……えっ」

「……はあっ!?」


 それを聞いて男子二人がなんの話だと首をかしげるなか、亜紀とひよりの二人はそれぞれに驚きの声を上げていた。

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