第一五七食 女子大生と女子高生①

「話しておきたいこと……ですか」

「うん……すごく、大切な話なんだ」


 突然渡り廊下に現れた青葉あおば冬島ふゆしまさんは、真剣な表情をして静かに向かい合っていた。

 階下から聞こえてくる文化祭の喧騒けんそうのせいで話し声は少し聞き取りづらいものの、青葉が冬島さん一人だけを連れてきた時点で〝例の件〟に関する話でまず間違いないだろう。あの飲んだくれ女子大生があんなに真面目な顔をしていることも、それを裏付けしている。


「(そ、それにしてもどんなタイミングで来てくれてんだ青葉あいつは……いや向こうからすりゃ、俺がこんなところで真昼のお母さんと話してるだなんて知ったこっちゃないだろうけども)」


 どうやら文化祭中はこの渡り廊下が穴場となっているようだしな。大方おおかた、在校生の冬島さんに「大事な話があるんだけど、二人きりで話せる場所はないかい?」とでもたずねて連れてきて貰ったのだろう。

 というか、たまたま廊下の向こう側から歩いてくる見慣れた二つの人影を見つけ、つい反射的に身を隠してしまったが……よくよく考えれば別に隠れる必要なんてなかったような気がする。真昼母との話はもう終わっていたのだから、さっさと渡り廊下を出てしまえばよかった。

 かといって青葉たちはもう話し始めているし、たった一つの出入り口は彼らのすぐ背後。ここで「やあやあお二人さん、奇遇ですね!」なんて出て行けるはずもない。聞き耳を立てているようで申し訳ないが、彼らが話し終えるまでこの場でじっとしていた方がいいだろう。……なので。


「あらやだ、すっごいイケメン……モデルさんみたいな男の子ねぇ。もしかしてあの人たちも、ゆうくんのお友だちかなにかなのかしら?」

「あ、あのお母さん、あんまり身を乗り出さないでもらえますか、隠れてるのバレちゃうんで……」


 しゃがみこんでいる俺のすぐ隣で瞳を輝かせる真昼母に、俺はひやひやしながら小声で話し掛けていた。彼女は青葉たちと面識がないとはいえ、〝真昼にそっくりのお姉さん〟がいきなり現れたりしたら大事な話の腰を折ってしまいかねない。ここは大人しくしていて貰おう。


「ねえねえ夕くん。ひょっとしてアレ、告白しようとしているんじゃない? 文化祭に人気ひとのない屋上で告白だなんて、ロマンチックねえ~」

「いやそうじゃなくて……まあある意味〝告白〟ではあるかもしれませんけど」


 女というのはいくつになっても色恋話に目がないものなのか、それとも真昼母が特に浮いた話が好きなのか、とにかくうっとりと青葉たちの方を見つめている真昼母。……これ以上、青葉の性別に関して誤解している人は増やさない方がいいか。


「えっ!? あ、あの格好いい男の子、本当は女の子なの!?」

「ええ、まあ……」


 小声で驚愕の叫びを上げる、無駄に器用な真昼母。もし不器用な娘の方だったらこの時点で思わず大声を上げてしまい、青葉たちに見つかっていたことだろう。相変わらずこの母娘おやこは、似ているんだか似ていないんだか……。


「じ、じゃああの子たち、女の子同士で告白しようとしているのね……その愛はきっといばらの道になるだろうけれど、私は陰ながら応援しているからね……!」

「いや、告白っていってもそういうのじゃないっていうか……簡単に言うと青葉は男じゃなくて女なんですけど、あの眼鏡の女の子は青葉が余計な嘘をついたせいで青葉のことを女じゃなくて男だと思い込んでいて、だから青葉はあの子に『私は男じゃなくて女だ』って告白しようとしてるんです」

「ごめん、何を言っているのかまったく分からないわ」


 真昼母が真顔で言ってくるが、そんなことを言われてもそれが事実なのだからどうしようもない。するとちょうどその時。


「それで雪穂ゆきほちゃん、大切な話っていうのはね?」


 青葉がどこか気まずそうな表情で話を切り出す。

 こうなった原因は青葉じぶん自身にあるとはいえ、ここしばらくは本気で冬島さんのことで悩んでいたからな……。俺だって決して無関係というわけではないし、自然とその緊張感が伝わってくるかのようである――その一方で。


「はいっ! いったいなんの話かなー……でへへ」


「(も、もしかして冬島さん、真昼母と同じ勘違いしてるんじゃないか……?)」


 頬を染めてニヤけながらモジモジしている眼鏡少女の顔が、「告白しようとしているんじゃないか」と言っていた真昼母のそれと一致してしまい、嫌な予感を覚える俺。

 いや、状況的にそう捉えられても仕方ない。冬島さんは青葉を男だと信じて疑っていないわけで、そんな彼女に「大事な話がある」なんて言ったらそりゃあ勘違いもされてしまうだろう。

 青葉も冬島さんがなにやら誤解していることに気付いたらしく、「あ、あのね雪穂ちゃん?」と焦ったように言った。


「だ、大事な話といっても、たぶんキミが期待しているような話ではないっていうか、雪穂ちゃんが想像もしてないような話っていうか……」

「へえ、そうなんですかぁ。私が想像もしてないような話ってきったいなんでしょう……でへへ」

「いや、本当にそんなニヤニヤしながら聞けるような話じゃないからね!? きっと雪穂ちゃんびっくりするだろうし、ショックを受けるだろうし!? 絶対私のこと嫌いになっちゃうだろうし!?」

「大丈夫です! なにを言われたって私が蒼生あおいさんのこと嫌いになることなんてありませんから!」

「なにその自信!? 内容が内容なだけに、言い出しづらいにも程があるんだけど!?」


 せっかくさっきまでは話の内容に相応ふさわしい真剣な空気を形成できていたのに、あっという間に化けの皮をがされる哀れな女子大生。た、たしかにあそこから「実は女でした」とは言い出しづらいだろうなあ……。

 しかしあらかじめ覚悟を決めていただけあって、今日の青葉はここで逃げたりはしなかった。彼女はスー、ハー、と深呼吸をしてから、改めて真面目な顔を作る。


「じ、じゃあ――言うよ?」

「は、はいっ!」


 対する冬島さんがやはりなにか期待したようなキラキラした瞳をして待つ中――とうとう青葉はハッキリとした声で宣言する。


「じ、実は私――男の子じゃなくて女の子なんだッ!」

「はいっ、喜んッ――……で? ……えっ?」


 その一瞬、渡り廊下にただよう空気が固まって――次の瞬間、眼鏡から目玉が飛び出さんばかりに目を見開いた冬島さんが絶叫した。


「えええええええええええええええッッッッッ!?!?」

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