第一五二食 たこ焼き屋さんとお母さん


真昼まひるー。次のタコ、解凍まで終わったからここに置いとくねー?」

「はーい、ありがとー! はいっ、今焼いた分完成したから、パック詰めよろしく!」

「あいよー!」

「一年一組、たこ焼き六個二五〇円から販売してまーす! ソース、マヨネーズ、鰹節かつおぶし青海苔あおのりはセルフとなってますんで、ご協力よろしくお願いしまーす!」


 午前一一時過ぎ、一年一組の出し物である〝おいしいたこ焼き屋さん〟の屋台周りは非常に活気づいていた。まだ昼前にも関わらず、粉もの特有のこうばしさに誘われた客が次々に列をし、呼び込み担当の生徒たちの販促はんそく文句が威勢よく飛びう。

 当然屋台の中は大忙しであり、特に千枚通しを手にたこ焼き用の鉄板の前で格闘する生徒たちは文字通り息をつく暇もない。用意できる鉄板の枚数的に焼き担当は二人しか投入できないため、その他の生徒たちは大きなボウルで生地きじをかき混ぜたり、業務用の冷凍カットタコを流水で解凍するなど、細々こまごまとした役割をになっている。

 しかし、なにぶん屋台そのものが小さいこともあってか、やはりどの作業にせよ人手不足感はいなめない。後方では何人かの生徒たちが「ひぃ~っ!?」と悲鳴を上げている――そんな中。


「ほいっ、次のたこ焼きもできたよっ! パック詰めお願いねっ!」

「分かった! あ、真昼! 紅生姜べにしょうが抜きがもうなくなっちゃうから追加よろしく!」

「おっけー! リョウくん、汗すごいけど大丈夫? 焼くの大変だけど、ちゃんとお水は飲んでね?」

「お、おう、サンキュー旭日あさひ……」


 鉄板の前でテキパキと手を動かす女子生徒が一人――真昼である。彼女はまだ少しだけぎこちなさが残る手付きながらもくるくると焼けた生地を回転させ、二枚一対の鉄板をフル活用して次から次へとたこ焼きを量産していた。

 そして彼女の勇姿を横目に見て、同じクラスの眼鏡男子こと湯前弦ゆのまえゆずるは「フッ」と気障キザな笑みを浮かべる。


「流石は旭日……たこ焼き作りさえも完璧にこなす、か」

「いや、あの子があそこまで上手に作れるようになるまでどれだけ練習したと思ってるのよ……」


 弦の称賛の声に対し、ため息をついたのはひよりだった。

 ただでさえ不器用な真昼が、売り物に出せるレベルのたこ焼きを最初から作れたはずもない。ここ三日ほど、調理担当の生徒たち主催の〝たこ焼き大食い選手権(強制)〟に参加させられていたひよりが「しばらく粉ものは食べたくない……」と泣き言をこぼすくらいに練習を重ね、ようやくこの域に達したのである。


「(……よっぽど家森やもりさんに良いところを見せたいんだろうな)」


 親友の少女が、日頃から世話になっている大学生の隣人をこの文化祭に招待したことは当然知っている。真昼が一番大変な作業を自ら引き受けたのだって、彼に頑張っている姿を見て欲しいからこそだろう。


「(家森さんのことが好きだから、っていうのは勿論だけど……単純に、誰かが見に来てくれること自体が嬉しいのかもね)」


 彼女は中学生になると同時に親元を離れ、以来ずっと一人暮らしをしてきたのだ。実家までは片道で六時間以上かかると言っていたし、それだけ距離があるなら授業参観などの学校行事にホイホイと親を呼ぶことも出来まい。もしくは遠慮癖のある真昼のことだ、わざと親に行事予定を伝えていなかった可能性すらある。

 ひよりであれば、高校生このトシにもなって親に文化祭まで来てほしいかと聞かれれば「来なくていい、むしろ来るな」と答えるところだが……叶わない望みだからこそ、強く憧れるものもあるのかもしれない。


「(あの子の親が歌種町こっちまで来たのって、中等部の三者面談の時だけだったっけ。私は用事があって結局会えなかったけど……どんな人なんだろう)」


 ぼんやりと考えて、ひよりが鉄板の前に立っている親友へと目を向けたその時だった。


「――あら真昼、こっちはもう焼けてるんじゃない?」

「えっ、ほんと?」

「ホントホント。お母さん、たこ焼きの紅生姜ってあんまり好きじゃないから、こっちの紅生姜抜きのやつ頂戴ね」

「はーい。もうちょっと待っててね、お母さ――ん?」


「――え?」


 あまりにもさらりと登場したその声に、なんの違和感も感じずにたこ焼きの仕上げにかかっていた真昼がピタリと動きを止めた。そしてひよりとほぼ同時に、の顔を見る。


「どっ――どうぇぇぇぇぇっ!? なっ、なな、なんでここにいるのお母さんっ!?」


「(……!?)」


 驚愕のあまり絶叫する真昼とは対照的に、ひよりは思わずごしごしと自らの目をこすることしか出来ない。なにせ真昼が「お母さん」と呼んだ女性は、まるで真昼をそのまま大人っぽく成長させたかのような美しい人だったからだ。


「うふふっ、来ちゃった♪」

「『来ちゃった♪』って……く、来るなら来るって連絡してくれればいいのに……!」

「だってナイショで来た方が真昼をびっくりさせられるかと思って」

「そんないたずらっ子みたいな理由で!? 」


 重ねて驚く娘に対し、真昼の母を名乗る女性はマイペースに「あ、そうそう」となにやら後ろを振り返ってみせる。


「さっきたまたま、真昼あなたがお世話になってるって言ってた〝お兄さん〟とそのお友だちに会えたのよ。ね、ゆうくんに千鶴ちづるちゃん? これで私が本当に真昼の母親だって分かったてもらえたでしょう?」

「は、はい……ハハ、マジでこのお姉さん、真昼のお母さんだったんだな……」

「もはや詐欺サギだろ、こんなん……」

「ってお、お兄さんっ! それに千鶴さんまでっ!? ま、待ってください、いったいどういう状況なんですか!?」


 真昼母の後ろで乾いた笑い声を上げていたのは、真昼の隣人たる青年と、彼の友人とおぼしき金髪ピアスの女子大生。しかし待ち焦がれていたはずの人物の到着に喜ぶ余裕もないまま、真昼はただただ困惑しきった様子で口をパクパクさせるばかりであった。

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