第一四五食 旭日真昼と決意のお誘い③

「……そ、それとですね、お兄さん」

「ん?」


 急に声が小さくなった私を見て不思議そうな顔をするお兄さん。そんな彼に対し、私はもじもじと両手の人差し指を突き合わせてから思いきって問い掛けます。


「じ、実は文化祭が終わったあと、後夜祭もあるんですけど、良かったらそっちの方にも来てもらえたらなって思いまして……」

「後夜祭……うん、別にいいぞ?」

「い、いいんですかっ!?」

「お、おう? まあせっかく高等部まで行くんだし、どうせなら最後まで見ていきたいしな」

「(や、やったやった!)」


 上手に誘えたことを喜ぶあまり、思わずお兄さんから見えないところでぐっとガッツポーズをしてしまいます。というのも、私がお兄さんを文化祭に誘った理由は、大きく分けて二つあったのです。

 一つ目は純粋に、お兄さんに私たちの文化祭を見に来てほしいから。そして二つ目は――


「(〝歌高うたこう後夜祭の伝説〟……!)」


 それは歌種うたたね高校に昔から伝わるジンクスらしく――その内容は〝後夜祭でペアで踊った男女は一〇〇パーセントの確率でカップルになれる〟というもの。

 実は私も今日になって初めて知ったのですが……雪穂ゆきほちゃんがやけに張り切って話していたことからも、どうやらかなり信憑性しんぴょうせいのある噂のようでした。


「(そ、そしてその伝説が本当だとしたら……!)」


〝ペアで踊った男女は一〇〇パーセントの確率でカップルになれる〟――それは言い換えれば、「後夜祭で一緒に踊ることが出来た二人は両想い」ということになるのではないでしょうか。つ、つまり――


「(もも、もし、もしもっ、万が一っ! お、お兄さんと私が一緒に踊ることが出来たら……!?)」


 ――私とお兄さんも一〇〇パーセントの確率でカップルに――……!


「んにゃああああああああああっ!?」

「ッ!? ど、どうした急に!?」


 突如叫び声を上げた私に、お兄さんがビクッ、と肩を揺らします。……い、いけないいけない、頭の中でお兄さんと手を取り合って踊る自分の姿を妄想、もとい想像してしまった恥ずかしさのあまり、思わず声が出てしまいました。私は「な、なんでもないです、ごめんなさい」と謝りつつ、改めて座布団の上に座り直します。

 もちろん私だって、本気でこんな噂話を真に受けているわけではありません。それでも私がお兄さんを後夜祭に誘いたかった理由は、これが私自身の気持ちをはっきりさせるきっかけになってくれるんじゃないかと思ったからなのです。


『……ひま、もう一度聞くよ? アンタは家森やもりさんと付き合いたいと思ってる?』

『……分かんない』

『あの人のこと、好きだと思ってる?』

『…………それも、分かんない』


 今日の朝、ひよりちゃんと話したことを思い出します。

 私はこれまでずっと、自分がお兄さんとどうなりたいのか、自分がお兄さんのことを好きなのかどうかも分からずにいました。ただお兄さんと一緒にご飯を食べて、料理をして……それだけで十分満足だったから。

 でもきっと、こんな中途半端な気持ちのままでいたのが良くなかったのでしょう。私のこの気持ちが単なる親愛の感情なのか、それとも〝恋〟と呼ぶべき想いなのか――それが自分の中できちんと定まっていれば、今朝のようなことにはならなかったはずです。


「(だから……そろそろ自分の気持ちをはっきりさせよう)」


 私はお兄さんのことが好きなのかどうかも、この先お兄さんとどんな関係になりたいのかも、その全てを。

 この気持ちが〝恋〟だというならそれを受け入れるし……〝恋〟じゃないならそれでもいい。少なくとも今の私のように、どっちつかずで居続けるよりは。


「……」


 私はそっと瞳を閉じて、深く吐き出した息と共に決意を固めました。

 ――運命の文化祭まで、あと一五日。

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