第八五食 小椿ひよりと恋愛調査②

「んーっ! いやー、やっぱ海っていいよねー。『夏!』って感じがしてさー」


 真夏の太陽に嫌というほど照りつけられて半分温水になっている海水。そこへ浮かべた浮き輪にすっぽり収まった状態でぷかぷかと優しい波に揺られている亜紀あきに、同じ浮き輪の端に掴まっているひよりは「そうねー」と適当に相槌を打つ。


「わー、気のない返事ー。ひよりーん、本当に楽しいって思ってるー?」

「誰がひよりんよ。……正直に言っていいなら、こうして波に揺られるだけのためにわざわざ海まで来なくても良かったんじゃ、とは思ってるけど」

「あははー、無粋だなー。ひよりんあれでしょー、『試験勉強をするために図書館に行く意味が分からない、自分の家ですれば?』とか言っちゃうタイプー」

「……」


 思いっきり図星だった。しかしなんとなくこのゆるふわな友人に見透かされたことが悔しくて、無言のまま浮き輪の上で組んだ腕にあごを埋めるひより。そしてそんな彼女に、亜紀は「図星かー」とケラケラ笑う。


「でもまひると雪穂ゆきほは嬉しそうだよねー。まーあの二人の場合はおにーさんと蒼生あおいさんと一緒なのが〝本体〟って感じかもだけどー」

「まあ……ひまはともかく、雪穂は半分以上青葉あおばさん目当てだろうね。家森やもりさんたち誘ったのもあの子だったし」

「ねー。やっぱ本気で好きなのかなー? 蒼生さんも女の子なのにねー」

「そうだね、まあ雪穂はそのこと知らないし……って、えっ!?」


 サラッと流しかけて、ひよりは思わずドーナツ型浮き輪の中央に腰を沈ませるゆるふわ少女に顔を向けた。そしてその反応を見た亜紀が「あ、やっぱそうなんだー?」と目を細める。


「き……気付いてたの? いつから?」

「体育祭の時からちょっと怪しいなーとは思ってたよー」

「体育祭の時……ってそれ最初から!?」

「んふふー、まーねー。といっても確信したのはついさっきだったけどー。蒼生さん、シャツの下にうすーく水着ビキニの線浮いてたからー」

「(青葉さんあのひと、隠したがってた割には超普通のバレ方してるじゃない……)」

「あっ、安心していいよー? 雪穂にはもちろんバラしたりしてないからー。まーバラしたところで信じなさそうだけどー」


 そう言って亜紀が目を向けた先は砂浜の波打ち際。そこでは真昼まひると雪穂の二人がぺたぺたと砂山を作っているのが見えた。……荷物番の大学生たちも大概だが、あの二人はあの二人でなぜ海に入りもせずに砂遊びに興じているのだろうか。


「……でもアキ、あんたも体育祭とかひまの部屋に遊びに行った時『青葉さんカッコイイ』みたいなこと言ってなかった?」

「うん、だって蒼生さんがイケメンなのはホントのことだからねー。鑑賞したい対象ってだけなら性別はあんまり関係ないんだよー」

「そ、そういうものなんだ……?」

「あははー、ひよりんとかまひるには分かんない感覚かもねー。二人ともアイドルとか俳優とかまったく興味ないタイプだしー……私が今日まで蒼生さんの性別が女だって確信出来なかったのもまひるが原因だったしねー」

「? どういうこと?」


 ひよりが疑問符を浮かべると、亜紀はピンと人差し指を一本立ててみせた。


「ほら、まひるっておにーさんのこと好きでしょー?」

「え゛……う、うんまあ……たぶん」


 ひよりもそうだと思っているものの、一応本人の意思を汲んで曖昧に頷くに止めておく。


「でもおにーさんって見た目がめちゃくちゃかっこいーって人じゃないでしょー? どちらかと言うと中身がかっこいータイプじゃんかー?」

「うんまあ……たぶん?」


 ひより的には女性である蒼生はもちろん、ゆうも恋愛対象としては見られそうにないのだが……それは一旦いておくことにする。


「だから分からなかったんだー。まひるが蒼生さんにぜんぜん興味無さげなのは蒼生さんが女だからなのかー、それとも単にまひるが顔より中身を重視するタイプってだけなのかー」

「そんな、青葉さんが中身的には家森さんに劣ってる、みたいな言い方しなくても……」

「あははー。まー良かったよねー、まひると雪穂の好きな人がかぶってる、みたいなドロドロ展開にならなくてさー」

「それはそうだけどね」


 言葉を返し、砂山を作って遊んでいる二人の友人の姿をぼんやりと眺めた。


「(ひまと家森さんのこともそうだけど……雪穂と青葉さんの方も気になるわね)」


 蒼生が女だと気付いていた亜紀とは違って、雪穂は本気であのイケメン女子大生のことを男だと思い込んでいるわけで。もしもこの先、蒼生が女であると雪穂が知る時が来たら……彼女は悲しむのではないだろうか?


「……あれ? ねーねーひよりー、まひるたちと話してるのって誰か分かるー?」

「え?」


 変なことを言う亜紀に、改めて砂浜の方へ意識を向ける。

 そこには――高校生どうねんだいくらいの男二人に話しかけられている真昼と雪穂の姿があった。

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