第八四食 小椿ひよりと恋愛調査①


 ゆう蒼生あおいが鬼の形相ぎょうそう真昼まひるたちの元へ駆け付ける、その十数分前――


「えー? おにーさんと蒼生さん、泳ぎに行かないのー?」

「そんなあ~! 蒼生さん、一緒に遊びましょうよ~!?」

「い、いやあ……実は私、肌荒れやすくて、海水とか駄目なんだよねー……ね、ねえ、夕?」

「お、おう。……まあそういうわけだから女の子だけで楽しんできなよ。俺と青葉こいつはここで荷物番してるからさ」


 亜紀あき雪穂ゆきほの誘いをかたくなに断る二人の大学生を見て、その理由を知っている小椿こつばきひよりは内心小さくため息をついていた。


「まったく……嘘に嘘を重ねてどうするつもりなのよ、あの人たち」

「あ、あはは……一応、雪穂ちゃんの夢を壊したくないっていう良心みたいなんだけどね」

「私ならたとえ良心だろうと騙され続けたくはない」


 四人から少し離れたところで、苦笑いをする親友の少女と言葉を交わす。

 体育祭以前より蒼生のことを知っている二人は、当然ながら彼女の真の性別も知っている。というより体育祭の時にあのイケメン女子大生が面白半分でついた嘘が未だにバレていないことが驚きだった。ひより自身、初対面で彼女の性別を間違えた経験があるのであまり偉そうには言えないが……。


「……でもいいの、真昼ひま? あんなしょうもない嘘のせいで家森やもりさんと遊べなくなるなんて」

「うーん、もちろん少し残念だけど……でも元々は四人で来る予定だったんだし、私はひよりちゃんたちと海で遊べるだけで大満足だよ? 今日はいっぱい楽しもうねっ!」

「(かわいい)」


 お日様のように溌剌はつらつとした笑顔を向けてくる真昼に、ひよりは無表情のまま胸をきゅんとさせた。ひより個人としては海で遊ぶよりは博物館や水族館に行く方が好みだったが、親友の彼女が楽しそうにしているならこれはこれで良かったと思える。

 しかしだからこそ、真昼がおそらく好意を寄せているのであろう大学生の彼――家森夕と、この機会により親密な関係に進展させてやりたかった。


「それじゃあお兄さん、青葉さん、行ってきますね」

「おー。はしゃぎすぎて転んだりしないようにな」

「ふふっ、はーい。それじゃ、みんな行こっか」


 しかしそんなひよりの気も知らず、真昼はさっさと亜紀たちを連れて海へ向かってしまう。……それでいいのか親友よ、なんかそれ、どちらかと言うと父娘おやこが交わすタイプの会話ソレだけど、などと考えながら、ひよりも彼女たちに続く。


「あーあ、残念だなあ……せっかく蒼生さんと楽しく遊べると思ったのに」

「あ、あはは……だ、大丈夫だよ雪穂ちゃん。きっと今日はたくさんチャンスあると思うし、元気出して?」

「うん……」

「そーそー。まひるだってこの後おにーさんとイチャイチャする気マンマンだもんねー?」

「いちゃ……!? も、もう亜紀ちゃんっ! 私とお兄さんはそんなんじゃないって言ってるでしょ!?」

「まーたまたー。さっきおにーさんにビキニの胸元見られて喜んでたくせにー」

「よ、喜んでないもんっ!? そんな変態ヘンタイみたいに言わないでっ!」

「(私の目にも恥ずかしがりつつ喜んでるように見えたけどね)」


 もちろん口に出しては言わないが。ひよりに言わせれば、純朴な真昼にはそういうのは似合わない……というかまだ早い。真昼が〝お兄さん〟のことを好きだというなら応援するつもりでいるが、高校生は高校生らしく清らかプラトニックな付き合い方をするべきだ。相手が年上だと言うなら尚更である。


「(高校生と身体目当てで付き合う男なんかあり得ないよ。まあ、家森さんはその辺しっかりしてるみたいだし無用な心配だろうけど)」


 聞いたところによると、夕は薄着で部屋までやって来た真昼を注意したり、害虫退治時に真昼の部屋を訪れた際には出しっぱなしだった下着を片付けるように促したりと紳士的な態度で接しているらしい。


「(こんだけ可愛い子とほとんど毎日一緒にいるのに、やってることと言えば一緒に料理作ったりご飯食べたり……父娘おやこっていうより母娘おやこ……?)」


 まるでとついでいく娘に花嫁修行を施す母親のごとしだ。

 もしかしたら真昼、というか高校生は恋愛対象外なのだろうか? 思えば夕は、高等部においてクラス一のモテ女子である亜紀にもそれなりに懐かれているのに、特になんとも思っていない様子だった。……まあ亜紀の場合、ゆるふわな見た目に反して中身が厄介なので参考とするかは微妙なところだが。


「ひよりちゃーん? どうしたの、置いてっちゃうよー?」

「ん? ああ、ごめんごめん。すぐ行くよ」


 先行している真昼が手を振ってくれる中、ひよりは心の中でそっと自らのあごに手を当てた。


「(家森さんがひまのことをどう思ってるのか……今日、チャンスがあったら聞いてみようかな……)」

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