第六〇食 冬島雪穂と育乳メニュー③


「……え? 胸を大きくする方法が知りたい?」

「はい、そうなんです青葉あおばさん」


 その日の授業が終わった後、真昼まひる雪穂ゆきほは通学路途中にある小さな公園を訪れていた。

 彼女たちが木漏れ日が眩しいベンチに腰掛けつつ話している相手はイケメン女子大生こと青葉蒼生あおばあおい。三五〇ml缶のコーラをぐいっと力強くあおった彼女は、手首で口元を拭いつつ困惑の表情を浮かべる。


「えっと、急にそんなこと聞いてくるなんてどうしたのさ、真昼ちゃん?」

「そそっ、そうよまひる! いったいどういうつもり!?」


 すると彼女に同調するように赤い顔をした雪穂が真昼に詰め寄った。


「え? あ、青葉さんの疑問は分かるけど、雪穂ちゃんはなにに対して怒ってるの?」

「当たり前でしょ!? なな、なんで女の子の発育に関する相談を男の蒼生さんにするのよ!?」

「……あっ!」


 しまった、という顔で真昼が蒼生に目を向けると、彼女は「いっけね、そんな嘘ついちゃったんだったねっ」と言わんばかりにペロリと舌を出してみせる。

 そう、蒼生は高等部の体育祭を訪れた際、何を考えたのか雪穂と亜紀あきの二人に対して「自分は男だ」と自己紹介をしていたのだ。そして未だにその誤解は解かれていない。

 真昼の縦に広いとは言いがたい交遊関係の中で今回の相談に最も適していそうなのが蒼生だったためゆうに頼んで呼び出して貰ったのだが……このくだらない嘘のことは完全に失念していた。


「(あ、青葉さん青葉さんっ! この嘘ってもうネタバラシしてもいいんですかっ!?)」


 真昼がどうにか雪穂に聞き取られないように小声とアイコンタクトを駆使して問い掛けると、イケメン女子大生は「(いや……)」と至極真剣な表情で首を横に振った。


「(このままの方が面白そうだからまだバラさないで)」

「(ええっ!? で、でも男の人っていう設定のままじゃこのお話はしづらいんじゃ……!?)」

「(大丈夫大丈夫、私に任せて)」


 ぱちん、とウインクしてみせた蒼生に、あからさまに不安そうな顔をする真昼。……夕からことあるごとに問題児呼ばわりされている彼女の「大丈夫」がまったくアテにならないことはよく知っているからだ。

 しかしそんな真昼の心配をよそに、心持ち声を男性寄りにした蒼生はふわりとした微笑みを雪穂に向ける。


「安心して、雪穂ちゃん。私はこう見えても『胸を大きくする方法』は一通り調べ尽くしたことがあるんだ」

「えっ!? な、なんでそんなことを調べたんですか!?」

「それは私もJK時代この薄い胸がコンプレックスだったから……じゃなくてえーっと、か、彼女! そう彼女がね、ぺったんこな胸にコンプレックスを抱いていたんだよ」

「(な、なんかさらにややこしい設定が……)」


 嘘に嘘を重ねる蒼生のことを真昼がハラハラとした心境で見守っていると、女子大生の放った一言に雪穂がピクッと耳をひくつかせた。


「彼女!? あ、蒼生さんってもしかして、か、彼女さんがいらっしゃるんですか……!?」

「えっ!? あー……い、いや元カノだよ元カノ! だ、だいぶ前に向こうの浮気が発覚して別れたんだけどねー?」

「そ、そうなんですか……ち、ちなみにお名前は?」

「な、名前? え、えーっと……ゆ、夕子ゆうこ

「(完全にお兄さんですよねそれ!?)」


 咄嗟に思い付かなかったのだろうが、こんな嘘のために女体化させられた隣人の大学生に憐憫の感情を抱く真昼。しかも設定上の〝夕子〟は自身の貧乳に悩んで彼氏に「胸を大きくする方法」を調べさせた上に浮気が発覚してフラれたという過去を持つどうしようもない女である。……本人が知ったら大激怒しそうだ。

 蒼生もそこに思い至ったのか、「ま、まあその話は置いといてさ!」と露骨に話題を転換させる。


「なんだってそんな話になったの? 真昼ちゃん、別に小さくないよね?」

「え、ええっと……わ、私じゃなくて雪穂ちゃんが……」


 今は仮にも男設定なのに堂々とセクハラじみたことを聞いてくる女子大生になんとなく身体を隠しつつ、真昼は視線を雪穂に向けた。

 すると蒼生は「ああ、そっかそっか」と顎に手を当て、今度は制服姿の雪穂を眺め回し始める……当然雪穂は耳まで真っ赤になっているがお構いなしらしい。

 そしてしばらく経って、顔を上げた女子大生は「うん」と一つ頷いてみせる。


「気にしなくていいんじゃない?」

「「……へ?」」


 その予想外の答えに、真昼と雪穂の声が重なった。

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