第四三食 害虫退治とお片付け③

「それにしてもすごい有り様だな……」

「う、うう……」


 電気が点けられたままの真昼まひるの部屋は、決して几帳面ではない俺をしてよくもまあこんなになるまで放置したものだと思わせられるレベルの散らかりようだった。

 床のフローリングが見えなくなっている主な原因は大量の衣類。制服だけはハンガーに掛けられているが、それ以外のTシャツやらスカートやらは脱いだままなのか洗濯した後に畳んでいないのかは分からないが、とにかくあちこちに放り出されている。

 部屋の中にある家具はベッドと少し大きめのテーブルくらいで、そのテーブルの上には学校の教材らしきものが山積み。そして部屋の隅には市販の天然水のペットボトルが猫避けよろしくずらりと並べられていた。

 幸いと言うべきか、彼女は食事のほとんどを俺の部屋で摂っているので、いかにも虫がたかって来そうな食品ごみやジュースの空き缶などはほとんど見受けられないものの……それでもこれだけの汚部屋なら〝G〟の一匹や二匹紛れ込んでいても気付けないだろう。


「……で、その〝G〟はどの辺にいたんだ?」

「え、えっと、さっきはそこの壁をカサカサカサーって這ってたんですけど……」


 そう言って、賃貸アパートの殺風景な壁紙の一面を指差す真昼。しかし一周ぐるりと見回し、ついでに一応天井やシーリングライトのカバーなどを確認してみても、あの気色悪い黒光り虫の姿はない。


「ってことは……この服の山のどれかに潜り込んでるってことになるけど……」

「ひいぃっ!? や、やめてくださいよお兄さんっ!? そ、想像しただけで気持ち悪いですっ!?」

「そんなこと言われても、完全に君の自業自得だけどな?」


 ぞわぞわと身体をかき抱く女子高生にため息混じりに言うものの、俺は彼女の気持ちもよく分かった。存在を認知した虫が部屋の中で行方不明になったときの気分の悪さは名状しがたいものがある。そして部屋の中で物音が一つする度に「出たかっ!?」と思ってしまうのだ。真昼のような女の子なら睡眠すらままならないだろう。


「……仕方ない。面倒だけど、片っ端から整理していくしかないよ。この状態のままじゃ〝G〟を探して歩き回ってる間にうっかり踏んづけそうだ」

「うぎゃっ!? そ、そんなの絶対嫌ですっ!? 片付けます、早く、く、速やかにっ!?」


 そう言うと、真昼はすぐさま手近にあったTシャツにサッと手を伸ばした。

 最初に服の表面を素早くチェックし、〝G〟が張り付いていないことを確認。

 続いて袖口や服の裾の中をおっかなびっくり覗き込む。……目をしょぼしょぼさせながらなのは、万が一〝G〟がいた場合、なるべく視界に入れたくない、という予防措置なのだろうか。

 そして最後に顔を背けながらパタパタと服を振って、ヤツが見えないところにしがみついていないことを確かめて――ほっと一息。


「よ、よしっ! この服は安全ですっ!」

「いや日が暮れるわ」


 この服の山をそんな細かくチェックしていたら何時間あっても足りないだろう。俺が言うと、真昼は「で、でも~っ!」と情けない顔で瞳に涙を浮かべる。


「あ、あの……お兄さんって、虫苦手ですか……?」

「え? 苦手……ではないな、得意でもないけど」

「じゃ、じゃあじゃあっ、お兄さんが確認してくれませんか!? 私は服を畳む係をやりますからっ!」

「ええ……」


 乗り気でない声を上げる俺に、真昼が「お、お願いしますっ!」と必死に頼み込んでくる。

 いや、勘違いしないでほしい。俺とて真昼の頼みは聞いてやりたい気持ちは山々なのだが、しかし男子大学生が女子高生の服を物色する絵面というのはいかがなものか。大義名分があろうとも、そこだけ切り抜かれたらド変態にしか見えないだろう。俺がそんな場面に遭遇したら間違いなく通報する。


「……というか真昼は抵抗ないのかよ、俺に服とか触られて?」

「……? はい、まったく?」

「(なんでないんだよ)」


 それは普通あるべきだろう。なんというか、この子のこれは俺に対する信頼とかそういうのじゃない気がする。単純になにも考えてないだけな気がする。

 常々考えることだが、真昼は少々無防備な面が目立つ。今もそうだし、俺と出会った日もそうだった。ついこないだなどは夏が近くなったせいだろうが、一度だけ結構な薄着で俺の部屋に来たこともあった……即注意して止めさせたが。

 おそらく、小椿こつばきさんが心配しているのはこの子のそういう部分なのだろう。そして俺は良識ある大人オトナ。純粋さは彼女の美徳だが、それでも正すところは正してやるべきだ。


「あのな、真昼。君は女の子なんだから、俺を含めてもう少し警戒心を持った方がいい」

「どうしてですか?」

「どうしてって……ほ、ほらあれだ、男は皆オオカミだってよく言うだろ? だから気抜いてると色々危ないんだよ。真昼みたいな可愛い子は特に――」

「かッ!?」

「か?」


 突然ボッ、と顔を赤くした真昼に、俺は説教じみた言葉を止めて首を傾げる。すると彼女は「アッ、イエッ、ナンデモナイデスッ!?」と明らかにおかしいカタコトになってぶんぶんと両手を胸の前で振り回した。


「……あ、あの……わ、分かりました。な、なるべく自分で頑張ってみます」

「えっ、お、おう?」


 なぜか知らんが、どうやら俺の言いたいことは伝わったらしい。急に聞き分けの良くなった女子高生が先ほどよりもずっとハイペースで服を片付け始めたのを見て、俺は自分の説得の上手さにフッと微笑する。普段から料理を教えているおかげか、以前より伝達力に磨きがかかったのかもしれないな。


 彼女の耳がやけに赤い理由までは分からないけれども。

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