第六食 お惣菜とお買い物②

「そういえばお兄さんって、自分で料理してるんですよね?」


 二人手を合わせて「ごちそうさま」をした後、以前と同じように綿がヘタれた座布団の上でちょこんと正座している女子高生が聞いてきた。対する俺はだらしなく胡座あぐらをかきつつ、「ああ、まあね」と頷く。


「自炊なんて凄いですね。私には絶対無理です」

「そんな大層なもんじゃねえよ。こないだ食ったろ、ベーコンエッグ。あれが俺の限界値だよ」


 流石にもう少しマシなレシピはある……と思うが、人に出せる完成度で作れるのはあれくらいのものだ。もっとも、目玉焼きなんてフライパンに卵を落として待つだけの料理に〝完成度〟もくそもあったものではないが。


「ええー? いいじゃないですか、あのベーコンエッグ、物凄く美味しかったですし!」

「君はなんでも美味うまいって言いそうだなぁ……嫌いな食べ物とかあんのか?」

「……? キライナ……タベモノ……?」

「いや、未知の言語に触れたみたいな顔すんなよ。そんな変なこと聞いてないだろ」


 心底不思議そうな顔で首をかたむけた女子高生は、しばらくの間「うぅぅーーーん……」と唸ってから絞り出すように答える。


「強いて言えば……ムシ、とか……?」

「うん、分かった。その答えで君に食べ物の好き嫌いなんてないことがよーく分かった」

「あっ、ち、違いますよ!? そこら辺のダンゴムシとかセミのことじゃなくて、ちゃんとした食用のムシだとしても食べるのは抵抗あるって意味ですからね!?」

「そこは勘違いしとらんわ」


 むしろ「食用のムシなら全然平気なんですけどねー」とか言い出したら怖いだろ。俺でも無理だぞ、そんなん。


「……でも、食べるの好きそうなわりに食生活は適当だよな」

「えっ、そうですか?」

「そうだよ。弁当とか惣菜ばっかりって……それこそ自炊して美味いもん食いたいとかって思わないのか? 食べる専門?」

「あ、いえ、興味がないわけじゃないんですけど……ただ私、親から自炊を禁止されてて……」

「は、はあ!? なんだそりゃ、どういうことだよ?」


 すっとんきょうな声を上げた俺に、少女は後頭部に手を当てつつ「あははー」と笑う。


「私、昔からなにかとどんくさくて、『料理なんかしたら絶対怪我するから駄目!』って言われてるんですよね」

「そ、そんなになのか? たとえば目玉焼き作るのも?」

「『火を使うことと刃のついた調理器具を使うこと』は特に厳禁だときつく言われました。それが一人暮らしを認める条件だ、って」

「大半の料理NGじゃねぇか」


「火を使うこと」はともかく、わざわざ「刃のついた調理器具」という言い方をするあたりがリアルだった。普通なら〝包丁〟と言うところだろうが、この子の場合皮剥き器ピーラーや調理バサミも使えないということになる。


「(……しかし小学生相手なら分かるが、高校生にそんな条件を課すのはいくらなんでも過保護すぎないか……?)」


 親心というやつなのか知らんが、自炊を禁じる代わりに栄養バランスが偏っている彼女の現状では本末転倒だろう。怪我の恐れをなくす代わりに健康を損なってしまっては意味がない。


「(……ん? 待てよ。それって要するに『一人だと危ないから駄目』ってことだよな?)」


 だったら、誰かが側で見ていてやればいいのではないか?

 怪我をしないように、危なくないように。

 そうすればこの子は出来立ての美味しいものを食べられるし、何より健康的な食生活を送ることが出来るじゃないか。勿論、彼女にその気があればの話だが。


「……なあ、もし君が良ければ、なんだけどさ」

「? はい、なんですか?」

「俺が料理、教えてやろうか? といっても、俺も本当に簡単なもんしか作れな――」


「――いけど」と言い終えるよりも早く、お行儀良く座っていた女子高生がバッ、とテーブルの上に身を乗り出してきた。


「い、いいんですかっ!?」

「お……おうっ……!?」


 瞳を輝かせる彼女を見て、俺はその予想外の食いつきに驚きながらもコクコクと頷いて見せるしかなかった。

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