第五食 お惣菜とお買い物①

「あれっ? お兄さん!」

「ん? ……ああ、君か」


 休日。近所のスーパーに食材を買いに来ていた俺は、後ろから掛けられた声に振り返った。

 そこに立っていたのは例のお隣の女子高生。彼女がうちにお礼の品――割と高価そうなクッキーだった――を持ってきてから一週間は経つのに、よく俺の顔を覚えているものだ、と感心する。

 ちなみに俺は人の顔を覚えるのが苦手だった。今も、一瞬彼女が誰か分からなかったくらいには。というか「お兄さん」という特徴的な呼び方をされなければ思い出すまでに数秒は掛かったかもしれない。


「こんにちは! お兄さんもお買い物ですか?」

「うん、今週分の買い出し。君は……」

「私も今日のご飯を買いに来ました!」

「……みたいだね」


 屈託のない笑みと共に彼女が掲げた買い物カゴを見ると、中にはプラスチック容器入りのお惣菜が数種類と菓子パンが数個放り込まれていた。……どうやら、相変わらずの食生活を送っているらしい。


「……今昼だけど、晩飯はどうするんだ?」

「へ? コレですけど」

「(晩飯が菓子パンかよ!?)」


 栄養価もくそもあったもんじゃないな、オイ。

 ということはこっちの惣菜が昼食か。彼女の家には電子レンジがないので、市販のパックご飯なども食べられないはず。

 唐揚げにポテトサラダ、そしてメンチカツ……うちの貧相な食卓よりはよほど豪華だが、主食なしでこれらだけを食うというのもある意味味気ないだろうに。

 俺がそんなことを考えている間にも、女子高生は「このパン美味しいんですよー」などとぽわぽわ嬉しそうに話している。……その食生活を問題だと思っていないことが何よりも問題だな。


「(他所よそ様の事情に深入りするのはどうかと思うが……)」


 悩んだ末、俺は覚悟を決めて彼女に言う。


「……なあ。この後、ちょっとウチに来て貰ってもいいか?」

「え?」


 女子高生はきょとんとした表情で首を傾げた。



 ★



「んう~っ!」


 スーパーから帰り、おどおどしながら俺の住まいたるうたたねハイツ二〇六号室にやって来た女子高生。俺はそんな彼女に情け容赦なく――炊きたての白米を食らわせてやった。

 極上のデザートでも食っているかのように白米を頬張る女子高生に微笑しつつ、俺は作り置きの野菜炒め――というかもやし炒め――を箸でつまむ。


「炊きたてご飯、やっぱり最高ですっ!」

「そいつは良かった。お代わりもあるから遠慮なく食えよ」

「ありがとうございます!」


 最初こそ「悪いですから!」と手をつけようとしなかった彼女だが、腹の空いたところにほかほかのご飯を突きつけられるともう駄目だったらしい。チョロい女子高生はあっさりと陥落し、素晴らしい食いっぷりでカラになった茶碗を差し出してきた。


「お兄さん! この唐揚げすっごく美味しいんですよ! お一ついかがですか!?」

「えっ? いや、それは君のなんだから君が――」

「それを言うならそのご飯はお兄さんのですし! それに美味しいものは共有した方がいいんです!」

「そ、そうか」


 ずいっ、と身を乗り出す勢いで言ってくる女子高生に押され、唐揚げを一つ入手する俺。わらしべ長者だ、ご飯二杯が唐揚げに化けた。

 店にもよるが、スーパーのお惣菜というのは大抵美味うまい。大衆にウケるように作られているのだから当然と言えば当然だが。しかも彼女は昼時に揚げたてのものを購入したこともあって、温め直さずとも中までアツアツの状態を保っている。


「むっ……本当に美味いな……」

「でしょう~? ご飯にもすごく合いますねぇ」


 自炊を始めてから惣菜など滅多に買わなくなった俺だが、自分で揚げ物をすることはほとんどない。始めたての頃に一度、自分でポテトチップスを作ろうとして失敗したくらいだ。

 だがこうして美味い揚げ物を食っていると、自分でも作れるようになりたいなと思ってしまう。今度作り方を調べてみるか……。


「お兄さん! こっちのメンチカツも食べてみてください!」

「おいやめろ、あんまり俺を揚げ物の道へ引きずり込まないでくれ。つーかもっと野菜を食え野菜を」

「ちゃんとポテトサラダ食べてますよ~。お兄さんこそ野菜は?」

「毎日嫌になるほどもやし炒め食っとるわ」

「え~、いいなぁ~!」

「なんで羨ましそうなんだよ」


 そんな呑気な会話を交わしつつ、美味そうにめしを食う女子高生に釣られて、俺は珍しく白米を二度もお代わりしてしまったのだった。

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