Hidden Track

私の幼馴染が都会のコンビニで働いているのでセクハラしにいくことにします

「だからぁ、品川駅で合流した方が早いから、そっちで降りなさいって言ってるでしょ!? なんで頑なに東京駅にこだわるのよ!!」


「……東京駅に行ってみたい」


「もーっ!! 鉄オタは結構だけれどね、それに付き合わされるこっちの身にもなりなさいっていうの!! ホントにもう世話が焼けるんだから!!」


「……姉さんが単に方向音痴なだけだろ。活動圏内が基本大学と自宅の間だけって、それ東京で生活する意味あるの?」


「うーるーさーい!! 実!! アンタねぇ、故郷から出てきた従弟のために、下宿先のアパートを貸してあげるうら若き女子院生の気持ちを少しは考えろ!!」


「うらわかき」


「オラァ!! ぶっ飛ばすぞこのクソガキャァ!!」


 プスーという生意気な従弟の笑い声と、電車の扉が開く音が重なる。


 電車が来たから切るねと断って、私はスマホを通学用の鞄に突っ込んだ。

 なんのしゃれっ気もない、ブランドでもなんでもない、ドンキで売ってるようなもっさい鞄。よく弄られます。


 えぇ、どうせ私は、三重の辺境から出てきたお猿さんですよ。

 ウキー。三重にサルはおりませんけれどね。


 京急線。

 品川駅なら終点で、とっとと合流することができるのに、どうしてわざわざ東京駅まで出なくてはならないのか。

 というか、なんでJR環状線に乗らなくてはいけないのか。


 ただでさえ、今月はいろいろ出費があって、財布がピンチだというのに。

 奨学金とおじいちゃんおばあちゃんから貰った学資金と、あと、理工学部の忙しいレポート地獄の合間を縫って行うアルバイトだけじゃ、生活は苦しいんだぞ。

 かといって、無理を言って都会に出てきた手前、お母さんに生活費をせびるのははばかられるし。


 あぁもう、こんなことなら、実の奴を家に泊めるなんて言うんじゃなかった。


 小さい頃から世話してきたもんだから、安請け合いしちゃったけれど、基本アイツ生意気なんだよなぁ。


「おばさんとおじさんはしっかりした人なのに、なんであんなわんぱくKY坊主が生まれるんだろう。マジで永遠の謎だわ」


 ちっちゃい頃は可愛かった。

 ねーちゃねーちゃ言って私の後を追いかけ回してきて。

 一つ上の、幼馴染みと一緒によく遊んであげたっけ。


 そうだ、幼馴染みで思い出した。


「ヒカ姉にメールしなくちゃだった。やーんもう、せっかくインターンのお願いしてたのに、実のせいでわっちゃわっちゃだよ。マジでアイツ、会ったら覚悟しとけ。久しぶりに神原スペシャルかけちゃる」


 京急線のドアの前に陣取る。

 時刻は午後六時を回ったところ。

 まぁまぁな通勤ラッシュの時間である。


 おじさんおばさん、学校帰りと思われる学生。

 いろんな人たちでごった替えした電車内は、ちょっと身動きが取りづらい。


 この圧迫感。

 地元じゃ感じたことなかったなぁ。

 そして、こんな窮屈な想いをして、毎日通学しなくちゃいけないことを考えるなら、もうちょっとお金出して、学校近くにアパート借りるべきだった。


 つっても、五年前の私にそんなこと分かる訳ないんだけど。


「しかし、実の奴も行動派だな。青春十八切符で、三重から鈍行で東京に来るなんて。いや、ただの鉄道バカか。アイツ好きだもんな、鉄道」


「……ッ!!」


 おっと舌打ち。


 都会じゃよくあること。

 いちいちそんなの気にしていたら仕方がない。

 仕方がないんだけれども、ちょっと気にはなっちゃうよね。


 しかもなんか若い子からの舌打ちは、ガッデムくるよね。

 ほら、言うて私、三重という名の秘境からやって来たアマゾネスだから。

 必死に清純派美少女やってるけれど、心はアマゾネス戦士だから。

 許せないんだわそういうの。


 見ればそこにはなんということ――金色に髪の毛を染めた見事なヤンキーガールがいるじゃありませんの。


 お前、若い頃からそんなに髪の毛染めてたら、将来禿げるぞ?


 アタシの知り合いにも、若い頃にめちゃバッチリ外国人みたいに綺麗に金髪に染めている人が居ましたよ。えぇ、そりゃ、そういう人も居ました。

 子供の頃はあこがれていたあの人も、今や二児の母でございます。

 そして、結婚して落ち着くや、髪の毛の色を無難な栗毛色に変えましたよ。


 おかげでなんとか今のところ禿げてないけれど、お正月に実家に帰ってくる度に、やめておきなよ髪を染めるのわと諭されます。


 なので、その見た目バットルッキンガール!!

 女子力がなってなくってよ!!


「……なに見てんすか?」


「ん、んんー、ごめんねー、鞄当たっちゃった? 痛かったよね? 今度から気をつけるから許してねー?」


「……」


 はい、優しくカワそうと思ったら、めっちゃガンつけられました。


 都会っ子怖いよぉ。

 マジでどういう神経してたら初対面の人にそんな顔をまじまじと向けられるの。

 やめてやめてやめて。私は、三重の玉椿という、知られざる日本の秘境で育てられた、心優しき羊ちゃんなのよ。


 そんなオオカミみたいなギラギラした瞳をこっちに向けないで。

 というか、君、本当に女の子なんだよね。


「……まぁ、いいですけど」


「ご、ごめんねぇ、ホント、ごめん。いや、お姉さんマジで気をつけるわ。もっと周りをよく見るね」


「……? いや、別に、それはそんなに気にしなくても」


 その時だ。

 掠れるような小さな声が私の耳に届いたのは。


 女性の声。

 それも、若い同年代の、助けを求める声。


 すぐに目の前の女の子から視線を逸らして辺りを見回す。

 この時間帯、久しぶりに乗るけれど、そうだ――。


「……ふひひっ」


「……やめて、やめてください。誰かぁ、助けて、助けてください」


 痴漢がよく出る時間でもあった。

 この野郎、いたいけな社会人二・三年目っぽい、くたびれスーツ女子の尻に手を回してなにしてけつかるねん!! 許せん!!


 意識より早く手が動くのは、たたき込まれた神原流の流儀。

 気づいたときには、私は女性のお尻をなでつけていた男の手をねじり上げ、そしてつり革より高く掲げていたのだった。


 この私の前で、痴漢なんてやらかしたのが運の尽きよ。


「オラァッ!! なにしてんだボケカスコラァっ!! こいつ痴漢じゃぁ!!」


「痛い!! 痛い!! イタタタ!! やめて、やめて!! 痛いから、同時に両手を極めるのはやめて!!」


「あぁん、何言ってんだダボがぁ。満員電車でこそこそと、女の尻を撫で回すことしかできねえ小心者がキャンキャン吠えるんじゃねえよ。おめえみたいな全世界の女性の敵、ゴキブリにも劣るお下劣奇天烈生命体はなぁ、股間の魚肉ソーセージの先からミンチにして阿漕浦にばらまいてハゼの餌にしてやるよ」


「姉ちゃん、ちょっと、それは言い過ぎじゃねえ? 気持ちは分かるけど」


 あらやだ私としたことが。

 うっかりと、三重言葉がでてしまいましたわ。うふふ。


 さきほどの金髪ちゃんになぜかたしなめられる私。

 はて、そんな私の脅しにも屈しず、痛い痛いと絶叫する男。

 何をそんなに騒いでいるのかとよく見てみると。


「まぁけど、こういうクソ野郎には、それくらいしないとダメかもね」


「あら金髪ちゃん、貴方もお極めになっていらっしゃったのね、この人間のクソにも劣るお下劣野郎の手を」


 両方の手を極められてたらそりゃ痛いわね。

 おほほ。


 けれど、しかたなくってよ。

 貴方の手がオイタしたのが悪いんだから。


「てめー!! 分かってんのか!! 俺はこれでも日本じゃちっとは名の知れた企業の人間だぞ!! お前ら、こんなことして、ただですむとおもってんのか!!」


「え? 痴漢の罰金と慰謝料って相場どれくらいなんだろう? 私、工学系女子だからわかんない。えぇ、全然わかんない。金髪ちゃんしってるー?」


「いや、知ってるわけないでしょ? 私まだ高校生ですよ?」


「だよねぇー。わかんないよねぇー。それがふつうだよねぇー」


「いたいいたいいたい!! なんで力強くなってんだよ!! やめろよ!! ほんと、お前ら三重の出身とか言ってただろ!! 俺の会社はな、そっちに本社があってなぁ!! 顔が利くんだよ、聞いたことがあるだろう――!!」


 あぁ、聞いたことありますわ。

 その会社の名前、めちゃくちゃ聞いたことありますわ。

 主に知り合いのお兄さんの口から。


 仕方ないなと、手を離してやる。


 ようやく分かったかという顔したおっさんだったけれど、すぐに金髪ちゃんが私に変わって男を取り押さえる。ちょと失礼と、胸ポケットから名刺を取り出して、名前を確認すると、私はラインでメッセージを送った。


 よし。


「ふはは、どうだ、分かっただろう!! 俺はな、これでもそこの会社で役職持ちなんだよ!! いざとなったら会社の顧問弁護士が――」


「あぁ、その前に、もっと頼りになる人からメールが来ると思いますよ?」


「は?」


 ぶるりぶるりと、彼の内ポケットが震える。

 会社支給のスマホかな。

 仕方がないので取り出してあげて、金髪チャンが捻りあげている手で指紋認証をクリアすると、早速届いたメールを品性お下劣馬糞野郎に読み上げてやった。


「ユー、アー、ファイアード。クビですっておじさま、おかわいそうに」


「……は?」


「私、こう見えて、この会社の次期社長さんとはお知り合いですの。おほほ」


「そ、走一郎、さん、の、お知り合い?」


 あら、そんなに尻が好きなのかしらね、このおっさん。

 言うなり、その場に倒れた男は、そこから乾いた笑いをひり出す、奇怪なオブジェと化したのだった。


 うぅん、これ、ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ。

 けど、害虫処理にいちいち感傷を覚えてたら、キリがないよね。


 ゴキブリは見敵必殺!!

 実家がコンビニやってるから、そこん所はシビアなのよ私!!

 こういうのって見過ごせないから、仕方ないよね!!


◇ ◇ ◇ ◇


 全世界震撼の神経お下劣奇天烈馬糞オブチンパンジーは、心神喪失のまま鉄道警察にしょっぴかれていった。私と金髪チャンは、経緯を駅員さんに報告して、被害者の女の子を元気づけると颯爽と駅を後にしたのだった。


 品川駅。

 時刻は、午後六時四十七分。


「姉ちゃん、やるなぁ。あんなに綺麗に技決めるなんて」


「おほほ、淑女のたしなみでしてよ。というか、マジであぁいうゴミ屑は許せないのでね。こう、私の中に流れる正義の血といいますかセクハラを許さない心が黙っていられないのですよ」


「へー、意外」


 意外ってなに。

 ちょっと金髪チャン、アンタ、私の何が分かるっていうの。

 そして、なんでさっきから、私に自然にまとわりついてくるの。


 私は弟子は取らない主義よ。

 妹も取らない主義よ。


 そういうの、余所にお願いできるかしら。


 京急から乗り換えて、JR山手線へ。

 東京までの切符――チャージする札もない――を買って、内回りのホームへ向かうのだけれど、ぴったりと金髪チャンは私の後ろについてきた。

 うぅん、これ、ほんと、なんなのかしら。


「なーなー、姉ちゃん、もしかしてお金ないの?」


「ほほほ、バカをおっしゃい。アタシがそんな貧乏に見えて? こちとら、日本で有数の大企業の次期シャッチョさんとお知り合いの仲でしてよ?」


「いやそれとこれとは話が別でしょ?」


「そうだけれど!! そうなんだけれど!! その通りなんだけれど!!」


 えぇえぇ、そうですよ。

 家の方針で、東京の大学に行くなら学費は自分で稼げ。

 お前は実家の家業を継ぐんだと言われていたところを、無理に出てきたから貧乏カッツカッツの生活しておりますよ。


 ぶっちゃけ、今日の実――従弟を泊めるのだって、おじさんとおばさんからお小遣いを貰うという側面があるからね。

 いや、流石に息子を年頃の娘さんの所にしばらく預けるんだから、多少のお金は持たせてくるでしょう。


 あの二人が、町で唯一の常識人だってこと、私よく知ってるし。

 そして二人とも、割と結構凄い仕事人で、お金いっぱい持ってるの知ってるし。お母さんが、時々、単体レベルなら圧勝なのに、二人で組むとか反則だろあの家の家庭収入とか、歯ぎしりしているのよく見てるし。


 そしてそんなお母さんを見て、おばさんが悦ってるのよく見てるし。


 ざまみろババアってなもんよ。

 女手一つで育ててくれたのは感謝してるけどね。

 けど、娘の将来を縛り付けるのは、それってどうなのってもんよね。


 私にも、やりたいことはある訳だし。


「姉ちゃんさー、こっちで工学系の勉強してるんだっけ? たしか、人工知能の研究だったっけか? 院まで行ってるんだよな?」


「……あれ? 金髪チャン、それ、私、話したっけ?」


「うん。前に教えてくれたじゃん」


 あっれ、おっかしいな。

 そんな話、した覚えないんだけれど。


 あれかな、ちょっと、研究が煮詰まって、記憶がやばいことになってるのかな。これはもしかして、実験データの再検証が必要かな。それとも、論文リジェクトされるの見越しとけっていう、神のお告げかな。


 うぅん、まぁ、深く考えるのはやめておこう。

 深く考えるのは、コンピューターのお仕事だからね。

 ザ・ディープラーニング。


 そして、まったく離れる気がないな、この金髪チャン。


 なに、ストーカー。

 新手のレズストーカー。

 歪んだ恋が始まった瞬間に、アタシってば立ち会っちゃったそんな感じな訳。


 やーめーてー、そういの、やーめーてー。


 私は普通の恋愛がしたいのー、ドラマみたいな恋愛がしたいのー。

 なんか良い感じの高学歴男性と、良い感じに恋に落ちて、良い感じにいちゃいちゃして、良い感じに家庭を持ちたいのー。

 そしたらドラマ性いらないじゃんってなるけれど、そういうことじゃなくてー。


 とにかく。


「レズは間に合ってます!!」


「……なに言ってんの?」


「いいこと、今は確かに私のかっこよさに、お姉様的憧れを抱くかもしれないわ。けれどもそれは子供心故のまぼろし。大人の女性っていうのはね、なんていうか、こう、ほら、いろいろあるのよ」


「いろいろって?」


 具体例を示せと言われても困る。

 どうしようかなと、ちょっと視線をさまよわせると、おぉっと、これは天啓、ちょうどいいものがあった。


 そこにはそう、果断な経営方針と斬新なサービスで、老舗旅館から全国区のビジネスホテルとして展開した、大手ホテル企業。そして、その顔としてもてはやされている、美人過ぎるホテル企業女社長の姿が。


「本当の大人の女性っていうのはね、あぁいう人のことを言うのよ」


 つづちゃんごめん。

 今度遊びに行ったとき、家の掃除とか手伝うから。

 今はレズの目を背けるのに使わせて貰うわ。


 そう、女が惚れる女社長。

 今をときめく、美しすぎる大和撫子経営者。

 三津谷九十九を指さしたのだった。


 これなら、誰もが納得――。


「えー、あの人、いろいろ小言多いから、あんま好きじゃないんだよなぁ」


「なんですと!!」


 つづちゃんの悪い所をそんな的確に。

 そう、テレビでは割と、口数少ないミステリアスな女を演じているけれど、つづちゃんは基本的に性格が小姑。流石に元旅館の女将から成り上がった女社長だけあって、内面は割と昭和の女なのよ。


 だから鈴木さんの猛アプローチにも靡かない。

 いや、それは、ただ単につづちゃんが鈍感なだけか。


 あわれ鈴木さん。もう何年、片思いしているのか。


 今は地元の自動車販売会社に就職して、整備員をしているらしいけれど、まだあきらめきれてないって話を聞く鈴木さん。

 頑張れ、超頑張れ。


 というか、つづちゃん、マジで美人過ぎて、誰も手を出さないから、アンタくらいしか声かけないんだよ。ほんと頼みの綱は鈴木さんだけなのよ。


 頑張れ鈴木さん。

 下の名前は知らないけれど。


「ていうか、レズってなに? アタシ、普通に男が好きだけれど?」


「え、あぁ、そうなの? じゃぁ――あの人とかは?」


「白スーツだせえ」


「ですよねー」


 白スーツはダサいですよね。

 浮気調査から猫探し、なんでもお任せくださいって、白スーツキメ顔で広告出して居ますけれど、今、昭和何年ですかって感じですよね。


 わかります、ほんと、よくわかりますその気持ち。


 じゃぁいったい、アンタ、なんで私についてくるのよ。

 レズでもない、別に私に興味もない。なのにどうして、ぴたりと後ろについてくる。どうなってるのよ、どういうことなのよ。


 これが都会。

 これが東京。


 だから私は、京急沿線でのんびり生きたかったんだ。

 京急だけで完結して生きて生きたかったんだ。


 なのに、チクショウ、実の奴めぇ――。


「あ、東京だ。実の奴もいる」


「……へ?」


「降りようぜ、姉ちゃん。ほら、手、振ってる」


 なに。


 どういうこと、どういうこと、どういうこと。


 お姉さん、バカだから分からないわ。

 東京の、工業系の学校に通っているけれど、まったくもってさっぱりと、君達が言っていることが分からないわ。いやほんと、なに。


 ていうか、実って、あの実?

 だよね、めっちゃ、私たちが降りるホームの前で手を振ってるよ。


 メロディが流れて山手線の扉が開く。後ろから来る波に押されて、駅のホームに降り立った私。そんな私を置いて、金髪チャンが駆けていく。

 向かった先は――。


「実!! 正月ぶり!! 元気にしてたかこいつ!!」


「……うん、まぁ、人並みには」


 実の元。

 しかも金髪チャンは、しかも年頃の女の子は、あろうことか私の従弟にいきなり抱きついた。しかも恋人っぽい奴。


 なんか、ふぁさぁって感じの効果音出る奴。

 それでもって身体を任せる少女漫画チックな奴。


 ちょっと待て。

 おい。

 説明しろこらぁ。


「お、おぉ、お前ら!! ちょっと待て、どういうことだぁこらぁ!!」


「……うわ、出た、素のねーちゃん」


「玉椿のリフレインオーガ」


「おいこらぁ、お前、こらぁ。アタシの大切な、大切な従弟になにしてくれてんだこらぁ。説明しろこらぁ。というか、どういうことだこらぁ。誰だてめぇこらぁ。なにさまのつもりだこるぁ、おるぁ、おらぁ」


「……おちついて姉さん、目が完全にヤバい人だ」


「ほんと、鬼か何かみたいな目になってる。おちついて、姉ちゃん」


「これがおちついていられるかバッキャロウめ!! 大事に大事にアタシが育てた従弟が!! 小さい頃は、おっきくなったら僕お姉ちゃんと結婚するって言ってた従弟が!! こんなどこの馬の骨とも分からぬ金髪女にかどわかされて!! 黙って居られる訳がなかろう!! もはや、闘気で人を殺してもやむなし!!」


「……やむなくない。というか、そんな約束してない」


「したのか実?」


「したよぉ!! 実は確かに言ったよぉ!! アタシに向かって、大きくなったらねーねのだんなさんになってあげるねって、確かに言ったんだよ!! なのに、なのにこんな、ド金髪の東京ガールをいつのまにか掴まえて!! なんで、どうしてなの!! なにがそんなに実の性癖に刺さったの!! 金髪!! ねぇ、金髪フェチなの!! それともギャル系が好みなの!! そんなの一度も、ベッドの下に入ってなかったじゃん!! 全部、年上のお姉ちゃん系ばっかりだったじゃん!!」


「……実」


「……姉さん、お願い、ちょと黙って。というか、陽香の前でそういうのやめて」


 ひのか?


 あれ、なんだろう。

 その名前、どっかで聞いたことあるなぁ。

 なんだろうどこできいたんだっけなぁ。


 おかしいなぁ、割とよく聞いた名前だったんだけれど。


 いかん、ここ五年の東京暮らしで脳みそが劣化したか。あるいは、隣の研究室から流れてきた悪いガスでも吸っちまったか。おぼろげにしか思い出せない。


 なんだっけー。

 えっとー、たしかー、こう、実家に関係があるような、ないようなー。


「……もしかして姉ちゃん気づいてない?」


「……みたいだな。仕方ないか、陽香は東京暮らしで、姉さんがこっちに出て行ってからは、顔を会わす機会がなかったから。挨拶しに行けって、おばさんが行っても、忙しいからですましてたみたいだし」


「待って!! 何か、こう、何かが頭の中で、ぼんやりと!! こうおぼろげながら輪郭を伴って!! そう、アレは確か、六年前!! 最後のお正月!! 実家で過ごした時のこと!! 久しぶりに帰ってきた、よーちゃんとゆーちゃんが」


「そうそう、親父とお袋が」


「……もうほぼ答え言ったようなもんじゃないかこれ」


 はい、もう、私の頭の中でニューロンが再構築されて、失われた記憶にリーチいたしましたよ。そう、在りし日のセピア色の記憶を、脳みその奥の抽斗からひっぱりだして参りましたよ。


 あの時、東京で仕事をし始めて、正月くらいしか帰ってこれなくなったよーちゃんとゆーちゃんが連れてきたのは、立派に育った女の子と男の子。


 そう、確か女の子の方は、実と同い年くらいで――。


「そう、陽香ちゃん!! よーちゃんとゆーちゃんの娘の、陽香ちゃん!!」


「当たり!!」


「……やっと思い出してくれたか。つかれた」


 にひひと笑って実にくっつく彼女は、なんということでしょう、アタシの従弟でございましたとさ。


 いやー、そら気づかないわ。

 だって、会ったの数回くらいだもの。

 よーちゃんとゆーちゃん、都会に出てってからまったく玉椿町に帰ってこなくて、疎遠になっちゃったから分からないのも仕方ないですわ。


 まぁ、言われてみれば、めっちゃ面影あるけれど。


 けど、ちょっと待って。


「えっと? それは、それとして? 二人は、どういうご関係?」


「……ん、まぁ、その」


「遠距離恋愛って奴? なんか、二年前の夏休みに実家に廸彦と一緒に遊びに行ったんだけれどさ、その時に告られちゃって、それからっていうか?」


 なるほど、なるほどねぇ。

 青春って奴だねぇ。

 そういうことがあるんだねぇ。


 どこにでも、ラブの芽っていうのは、埋まっているものなんだねぇ。


 けど、待ってね。


「聞いてない!! お姉ちゃんそれ聞いてないよ!!」


「……いや、言ってないから」


「言ってないしね」


「言ってよ!! そして、なにしれっとお姉ちゃんを置いてきぼりにして、いちゃいちゃしてるの!! ぶっ○すよ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 私の名前は早川千絵。

 東京の工業系の大学に通う院生。工業系ガール。


 母は田舎のコンビニ経営者。

 身内にはなんかいろんな会社の偉い人がいっぱい。

 けど、奨学金とお爺ちゃんお婆ちゃんから貰った学資金とアルバイト代でやりくりしているビンボーガール。


「今、親父がビル借りててさ。二階でプログラミング教室、一階でコンビニやってんだよ」


「へー、あのよーちゃんが、ねぇ」


「……東京のど真ん中っていうのが、いかにも商才のなさを物語っているけどね」


「マジ土地の無駄遣いじゃん!! やめさせなよ!!」


「まぁ、そこはお袋が、コンビニの経営の方でカバーしてるから」


「ゆーちゃん、相変わらず苦労してるんだなぁ……」


「まぁ、流石に爺ちゃん達が警戒するかなと思って、悪いけれど千絵姉ちゃんの家に泊まるってことで実が出てきたんだよ」


「……おじさん達には話はつけてあるから。大丈夫、変なことはしないから」


「アタシは構わないけどな」


 たどり着いたのは、東京の片隅にひっそりと立つ三階建ての建物。

 一階がコンビニ、二階がプログラミングスクール、三階が居住区になっているマル秘物件。いったいどうやって見つけたんだろうねと、ちょっとびっくりである。


 そして、まぁ、なんやかんや言っても、東京のオフィス街。

 それなりに下のコンビニ店は繁盛しているようだった。


「せっかくだし、挨拶してきなよ」


「……気づくかな、おじさんとおばさん」


 そう言われて、従弟たちに送り出されて入り口をくぐれば、懐かしい入店音が聞こえてくる。


 実家の音。

 そして、子供の頃、よく二人と一緒に聞いた音。

 レジの中をのぞき込めば、中年の男女が忙しそうに動いている。


 一人は痩身のおっさん。ちょっと頭頂部が薄くなっている。

 おじいちゃんによく似た顔した男の人。


 もう一人はおばさん。けれど、小綺麗に短くまとめた茶色の髪をした上品な人。

 どことなく目つきが私に武術を教えてくれた、隣のおじさんに似ている。


 二人は、いらっしゃいませと声を上げると、こちらを見て――。


「「あれ、もしかして、ちぃちゃん?」」


 懐かしい、私のあだ名を呼んだのだった。


「……よーちゃん!! ゆーちゃん!!」


「どうしたのいきなり!? というか、なんで泣いて!!」


「えっ、えっ!? 東京の大学来てるとは聞いてたけど、今日来るとは千寿さんから聞いてない。ていうか、今日来るのは美香さんとこの実くんじゃ――」


 戸惑う二人に、私は、私は――。


「あいつら絶対に今日SE○するつもりだよ!! 実と陽香!! 絶対にSE○するつもりだよ!! コンドーム買ってあげて!! とても薄い奴!! はじめての特別感がある奴!!」


「「セクハラ!?」」


 思わず取り乱してセクハラをかましてしまうのだった。


【了】


★☆★ ここまでおつきあいくださりありがとうございます。これにて陽介たちの物語はおしまいとなります。また機会がありましたらお会いしましょう。最後に、もしよろしければ評価・フォロー・応援よろしくお願いいたします。m(__)m ★☆★

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