第159話

 玉椿町にはいくつかの奇祭がある。

 まぁ、大半が誠一郎さんがひまつぶしで作った奴なんだけれど。

 中にはまじで伝統があったりする奇祭があるのだ。


 流石田舎。

 古いしきたりが残っている。


 そんな誠一郎さん考案じゃない、奇祭の一つがこれ――。


「今年もやって来たぞ!! 玉椿!! 男の娘コレクション!!」


「「「「うぉぉぉおおおおおっ!!」」」」


 玉椿男の娘コレクションである。


 かの昔、玉椿町は有名な都からやってくる落人達の定住地であった。

 伊勢神宮にほど近く、京都や奈良にも山を越えれば近いとあって、この辺りに落人が定住することが多かった。なので、落人伝説も結構な数があったりする。


 その一つの姫王子伝説がこの奇祭の元である。


 例によって都の政争に敗れた平家の一族。

 彼らは源氏が占拠する都を離れて玉椿へとやって来た。

 とはいえ平家は貴族には違いないが武士の側面が強い。

 戦わずに逃げるは武門の恥と、一族の多くの男性は戦って散り、わずかな女子供だけがこの玉椿の地へと流れ着いた。


 だが、未来にその血筋を残すのも大事。

 平家は落ち延びた女子供の中に、正当な血筋の次期棟梁を紛れ込ませた。


 問題が一つ。

 次期棟梁は既にその時に元服を果たしていた。


 どこからどう見ても男の子に違いないその出で立ち。

 女子供の一団に交じって、彼のような男が道中を落ち延びるのは至難を極めた。

 そこで、平家のその一門の棟梁――王子はそれはもうたいそう念入りな女装をして、道中の源氏からの追っ手や土豪たちの誰何を逃れたいう。


 それだけではない。

 もはや都の情勢から、一族の復興かなわぬと判断した棟梁は、落ち着いた玉椿の土地でも長らく女装をして過ごした。

 男とバレようものならば、一族郎党さらし首になることを恐れた彼は、生涯を女として過ごし、死んで後、初めて男だと周りに分かったのだという。


 なんという悲劇。

 なんという覚悟。

 一族を思う王子の心とその業績を偲んで、玉椿の人々は彼を崇め奉った。

 既に神社があったため、氏神にこそしなかったがその伝説を語り継いだ。

 そして、その覚悟に応えようと、一部のアホどもが奇祭を思いついた。


 それが現在まで続く、玉椿男の娘コレクションの始まりである。


「ワシが一番セクシー!!」


 いつも一番槍をかましてくるのは林業組合の爺さん。

 誠一郎さんの永遠のライバルにして、勝負事が大好きな彼は、黒スーツに胸にバレーボールという、おっとろしースタイルでステージに現れた。

 黒髪ロングのウィッグが夏風にむなしく揺れる。


 判定はと委ねられたのは、玉椿町の有識者の皆さん。

 うちのお袋、杉田さんところの冨江ばあさん、玉椿姫王子伝説保存会の竹中先生、ファッションセンター玉椿店長にして唯一の男性審査委員滝沢ミッチェル。

 計四名である。


 各十点までの得点棒を持ち、ステージに上がってきた現代の姫王子を審査する。

 かれこれここ数十年にわたってその出来映えを見聞し、また先達からその要諦を伝授されてきた、玉椿の女たちの眼光は鋭い。

 いやさ、まるでテレビのコントのような、わかりやすい女装姿。

 林業組合会長に、彼らは満場一致で評価1を突きつけた。


 林業組合の爺さんの顔がこわばる。

 彼を見守っていた林業組合の組員達に戦慄が走る。

 今回は会心のできだと思っていたのにというそういう感じだった。


 けど仕方ないじゃない。


「では、大会運営発起人にして、審査委員長の竹中先生からコメントを一言」


「シンプルに爺!!」


 爺さんの女装なんてものに価値があるはずなんてないんだから。

 審査委員長の出した答えは的確であった。


 そう。

 本来この男の娘コレクションは、年頃の十代男子に伝統だからというお題目で女の子の服を着せ、セクハラをしようという女達の薄汚い陰謀渦巻く大会である。

 しかしながら玉椿には、ここ数年お年頃の男子がいない。


 文化保存の名を借りてしまったからには仕方ない。

 今更、若い男の子に女の子の格好させて悦っていただけなんですぐふふなんて曲がっても口に出来ない実行委員の皆さんは、対象年齢を徐々に拡大していき――。


 そして、現在の地獄絵図の様相と化したのだ。


「二番!! 豊田さんとこのバカ親子!!」


「いとをかし!!」


「いにしへのにほひぬるかな!!」


「「あたいたち、清少納言&紫式部!!」」


 採点は、5点。お袋だけが、身内としての情けをかけて2点を入れてくれた。

 そのお袋も、1点にしたいな点数つけたくないなという顔をしていた。


 やれやれ。

 参加者がいないから出ろって言ったのはあんたじゃない。

 こんな十二単なんていうものわざわざ着せてさ。とんだ茶番をやらせておいて、五点とはいい根性しているよまったく。


 もうあたい、お嫁にいけない。


 すごすごとステージを降りる俺と親父。

 そんな俺たちを待っていたのは、身内の生温かい視線であった。

 今はもう第一線を退いたかつての七冠王誠一郎さんとその孫、そしてその腹違いの妹。さらには仕事を休んでなぜか駆けつけた、我が姉と姪であった。


 七冠王の孫こと玉椿ガールズコレクション筆頭の金髪幼馴染み。

 廸子が蒼い顔をして俺に近寄る。


「……陽介」


「いや、言うな、廸子。皆までいうな、もう全部分かっているんだ」


「よーちゃんおもしろいかっこうしてたねー」


 幼馴染みの気遣いを、姪がすべて台無しにするパターン。

 その一言でぶふぅと吹き出した女衆は俺たちから顔を逸らした。

 そらそうだ、そら笑いますわ、いくらでもあんたら笑うがいいわ。


 もうこの話が来た時点で、ある程度覚悟してたわこんなもん。


「まだまだ化粧が甘いぞボウズ。玉椿の男子として、もっとこう普段から化粧のりを意識した食生活を送ってないからそうなる。情けねえ限りだ」


「いや、そんなん意識して生活している男子なんて居ます?」


「俺が七冠取った時は、常に意識してたぜ?」


 誠一郎さん、アンタが七冠取ったのって、たしか年齢拡張してもう爺をなんとかして参加させるしかないって頃だったよね。

 結構、お歳を召されてからの、コンテスト七連勝でしたよね。


 なんでそんな年齢になってマジになってんの。

 逆に怖いわ、そっちの方が。


「そうだ陽介!! お前のお肌のケアがなってないからこうなったんだろうが!! 俺と誠一郎さんで出たときは、ちゃんと高得点だったぞ!!」


「親父もかよ。ほんと、ろくな身内しかいねえ」


「……まぁ、陽介さんの顔立ちで、やはり女装には無理があったというか」


「九十九ちゃん、不細工と言ってやった方が弟のためだ。遠慮しなくていいぞ」


「ババア、お前は遠慮しろ。身内に擁護もされないと、何してんだってなる」


 はーもう、やめやめ。

 こんなのそもそもまともにやろうとするのがおかしいんだよ。

 どうかしているんだよ玉椿町。


 いい歳したおっさんに女装させて、それ見て冷やかすなんてほんとタチが悪い。

 いい歳した青年たちを女装させて喜ぶのもタチが悪い。

 こんな悪習さっさと滅びてしまえばいいのだ。


 実際、人口減少により、もう今年の参加者は数えるほどだからね。

 おじいさん達も参加しないからね。

 働き盛りもこの町に居るには居るけど、もう若い頃に散々恥を掻かされたから、やばさに気がついて参加しないからね。


 ほんと、こんなの誰がいったい得するって――。


「お兄ちゃん、ちょっとスカートの付け方が分からなくって。これ、どうなってるか分かるかなぁ!?」


「走一郎くん!?」


 美少年が、セーラー服を着て現れた。

 古式ゆかしいかほりのする、セーラー服出現れた。

 あれは間違いない、県内でも有数のお嬢様学校の黒セーラー。


 それが、走一郎くんという美少年と合体する、この破壊力。


 その場に居る全員が、この世に降り立った、美の権化の如きその姿に、はっと息を呑んだ。これは、すごい――。


「そ、走一郎くん。どうして君がそんな格好を?」


「夏っちゃんがね、バイト先の先輩から僕に参加するよう説得してくれないか頼まれた、って言うんだ。僕は嫌だったんだけれど、夏っちゃんの職場のことを考えたら粗略にできてなくて。なんだったら、衣装も貸すからって言うから」


 なるほど。

 すべて合点がいった。

 そして、なるほど古代の人々の心がようやく今実感として理解できた。


 ただ美少年が、セーラー服を着ているだけ。

 だというのに、この沸き立つリビドーよ。

 間違いない、走一郎くん。


「……君が、この大会でナンバーワンだよ」


「そんなことよりスカートどうにかしてよお兄ちゃん!!」


 お兄ちゃんはね、女性のスカートを扱ったことなんてないから分からないんだ。

 分からないけれどね、君のそのスカートをどうにかしたいお姉様方は、そこら中にいらっしゃるから安心なさい。


 うぅむ。


 夏子ちゃんめ、ただのお嬢様と思わせて、なかなかやるじゃないか。


 やるじゃぁないか。(感嘆)


 俺たちの予想通り、走一郎くんはブッチギリトップ。

 全員満点という数年ぶりの快挙を成し遂げて優勝した。

 二位の鈴木くん(なぜか参加した)を大きく引き離して優勝した。


 いやぁ。

 男の娘って、いいものですね。


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