第152話

「店舗オリジナル商品?」


「そうだ。まぁ、山奥で競合他社のないマミミーマート玉椿店だが、それでも他の店舗との差別化を図りたい。それでなくても、玉椿にはろくな観光資源がない。漁の解禁日と夏場くらいしか人が来ない。これと言った遺構もない。これはいかん」


 といいつつ顔は疲れきっている。

 やりたくないのがバレバレ。


 どうしてこうなったと、気を緩めたらため息を吐きそうなババアは、イートインに集まった俺たちに向かって、今日召集をかけた理由を説明した。


 朝っぱらから面倒なことに呼び出しやがって。

 とは思ったが、そこはぐっと堪える。

 ちょっと今日は可哀想だ。


 また町役場の地域振興課からなんか振られたなこれ。


 町内の独居老人への弁当配達からこっち、いろいろと役場とずぶずぶだからな。出る杭は打たれるじゃないが、役所の無茶ぶりもかわいそうよね。

 できる奴は、一度周りに認知されるといろんな仕事を押しつけられる。


 俺はそれを知っているから、ほどほど無能を装ってるんだ。


 うん、本当だっての。

 まじでまじで。

 ただの無能じゃないから。

 ほんと、信じて。


 俺はいったい誰に弁明しているのか。


「という訳で、マミミーマートの主要スタッフ、そして、ヘビーユーザーの声を聞きたい。皆に集まって貰ったのはそういう訳なんだ」


「ババアが他力本願なんて珍しいな」


「まぁ、頼られるのはやぶさかじゃないわよ。幼馴染みとして」


「美香さん、実嗣さんと一緒じゃないの久しぶりっすね」


「みんなでしーしょーひんかんがえおー!!」


「頑張りましょう、お兄ちゃん、お姉ちゃん!!」


「……えと、私もこれ同席しちゃっていい奴ですかね?」


 集まったのは歴戦のマミミーマートソルジャー。

 俺、廸子、美香さん、ちぃちゃん、走一郎くん、そして夏子ちゃん。

 老若男女、幅広い人選である。

 流石のババアだ。


 これだけ集まれば、まぁ、何かいい案の一つくらい出るだろう。


 俺たちは、この日のためにシフトをずらしてくれた日野さんにカウンターを任せると、イートインの椅子を集めてテーブルを囲んだ。


 さて。

 まず話を切り出したのは、この会議の発起人であるババアだ。

 一代で玉椿町にマミミーマート文明を根付かせた才女である。


 彼女はこの会議に挑むにあたり、自分なりのプランを持ってきていた。


 そう――。


「まず、私の考えた名物を見てもらおう。名付けて玉椿の妖精が愛したお子様弁当スペシャル。ちぃっちゃい子が大好きな奴――だ!!」


「「「「「もうなんかタイトルだけで身内びいきがすごい!!」」」」」


 手のひらくらいのお弁当に、ぎっちりと詰め込まれたおかずとおにぎり。

 たこさんウインナーにナポリタン。

 うさぎさんの形に成形されたゆで卵。

 色鮮やかなブロッコリー。

 コロッケにポテトサラダ。

 子供の好きなの全部のせ勘が半端ないお弁当。

 その画像を、ババアは俺たちの前に提出した。


 これに目を輝かせたのは言うまでもない。


「これにしましょう、これでけっていです、いいですね、いいですか」


 ちぃちゃんである。

 全部、そらもう入っているものすべて、ちぃちゃんの大好物であった。

 ちぃっちゃい子が大好きな奴というか、ちぃちゃんが大好きな奴である。


 流石親馬鹿のババア。

 ここでもとんでもない身内びいき。

 そうなるんじゃないかなと思ったし、むしろだからこそ俺らも助っ人でやって来た訳だけれども、まさか本当にやらかすとは。


 自信満々の親子を前に、俺たちはとりあえず意気消沈する。

 誰が彼らに文句を申すのか。

 そんな空気が漂う中、視線は当然一番彼らと近い人間である俺に集まった。


 まぁ、そりゃ、妥当ですな。


「姉貴、ちぃちゃん、確かにその子供大好き弁当は、そこそこ売れると思うよ」


「そうだろうそうだろう。着眼点がやはり優れていると思わないか。子供をメインターゲットにするという思考の柔軟さがやはり素晴らしいと」


「けど、別に玉椿でこれを出す必要はないよね? 考えるのは玉椿の名物だろ?」


 ド正論で攻める。

 親バカモードに入り、ポンコツと化したババアには、正論が通る。

 事実、そうだったという顔をしたババアは、珍しく黙り込んだ。

 口をあんぐりとあけて、そうだったと黙り込んだ。

 同じく、彼女の娘と共に。


 ダメだ、この親子は今回の会議においては役に立たない。

 俺は早急に場をババアから取り上げると仕切り直しに走る。


 廸子はこういうの苦手。

 美香さんはちょっと最近浮かれているから不安。

 走一郎くんたちは若い。

 俺が仕切るのは仕方のない選択だった。


「まぁそういう訳で、玉椿感があって名物として売れるものってあるかな?」


「うーん、玉椿ってそもそも、あまりこう名物的なものがないんだよな」


「材木で成り立った町だもんねぇ」


「……お爺ちゃんから、昔、金属加工で有名だったって聞きましたけど?」


「そうなんですか廸子さん?」


 まぁ、と、頷く廸子。

 確かに、玉椿町は金属加工で有名な町だった。

 というか、まさしくウチの爺さんがそれを仕事にしていた。


 なぜかと言えば、玉椿のある市内が東海圏内でもそこそこ知られた金属加工の聖地なのだ。それで昔から玉椿にはその仕事が流れてきた。さらに木材は金属の鋳型作成に不可欠で、玉椿は鋳型製造を中心に栄えていたのだ。


 もっとも、今はその製造もすっかりと市内の方に移ってしまい、町内にはお爺ちゃんが半農でやっているような小さな工場と、その廃墟しかなくない。


「いまさら金属加工を推しにしてもなぁ」


「それなんだよな。もう、すっかり廃れたからなぁ」


「……うぅん、難しいんですね」


「鈴鹿なら全然それでもいけそうだけれど、廃れたら仕方ないか」


 玉椿町の実情を聞いてしまえば、若い二人も黙るしかない。

 仕方ない、だって、事実なんだから。


 いや、けど、まぁ、なんもない訳では無い。


「金属加工は廃れたけれど、農業と林業は相変わらず盛んじゃない。ほら、お米と木材は相変わらずウチの町のブランドよ」


「美香さん」


「けど、農業組合と林業組合、仲悪いじゃないですか。表向きは」


 なにせ両方のトップがバッチバッチのライバル関係だからな。

 ひとたび事が起これば協力するけれど、バッチバッチにやり合ってるからな。

 この二つを抱き合わせるのは危険なんだよな。


 実際、道の駅玉椿でも、お米から作った食品コーナーと、木材から作った工芸品コーナーには、見えない壁がある。


 うぅん。

 手詰まり。


「なんかこう、特産品とかあると話は別なんだけれど、無いのが悩みよな玉椿町」


「終わった町だからなぁ」


「何も無いがあるの町だしねぇ」


 はぁ、と、ため息をついた美香さんと廸子。

 皆がもう、店舗オリジナル商品の開発が困難だとあきらめたその時、俺の頭の中に天啓の電撃が走った。


 そうだ、あった、一つだけ。

 この玉椿町が、町を挙げて誇ることができる、ことが一つだけあった。


「あった!! あったぞみんな!! この玉椿町が世に誇ることができる名物、そして、起死回生の観光資源が!!」


「……え? まじで?」


「ようちゃん、ないって流れに落ち着いたばかりじゃない。何があるってのよ」


「身近過ぎて気がつかなかったんだよ。そうだよ、この玉椿町には、他の町にはないとてつもない魅了があるじゃないか」


 それを俺はよく、知っている。

 ニートの身だからよく分かっている。


 そう。ここ玉椿町では――。


「ニートが昼間ぶらぶらしていても、特に文句を言われない!!」


「……いやなみりょくだなぁ」


「それはみりょくとはいわないよようちゃん」


「お兄ちゃん、流石にそれはどうかと」


「……何も言わないんじゃなくて、何も言えないんじゃないかと」


「いや!! 違う!! 断じて違う!! そういうんじゃない!! これはこの町の優しさ!! そして、活かすべき長所なのだ!!」


 だったら、それを最大限に活かしてやろうじゃありませんの。

 俺はひとつ、村を巻き込んでの大がかりな催しを提案してみることにした。そう、とても魅力的かつ疲れた社会人の心を刺激するような、そんな提案を。


「姉貴、玉椿ニートランドというのを造ってだな」


「却下」


「ニートTシャツとかを売り出して、着ている人には声をかけないという」


「却下」


「ニート飯として、塩おにぎりを売り出して裸の」


「却下」


 じゃぁもう好きにすればいいじゃないのよ!!

 なによ、人に知恵を借りておいて、そこまで無下によくできるわね!!

 ニートが恥じを偲んで提案したのに、そんな風に済まさないでよ!!


 ぷんぷんである。ぷんぷん。


「いやけど、実際、ニートランドは」


「……ちょっとねぇ」


「お兄ちゃん、やっぱり人間は働いた方がいいと思うよ」


「バイトの私たちが言うのもなんですけど」


 あれ、なにこれ、なんで俺を責める流れになっているの。

 ちょっとふざけて提案しただけじゃん。

 やめてよそんな、かわいそうな人を見る目をして。


 ニトハラよ。

 そんなの、ニトハラよ。

 ちょっと、やめてちょうだい。


「よーちゃん」


「ちぃちゃんならわかるよね!! ニートランドこうそうのすばらしさが!!」


「こどもはあそぶのがしごと。おじいちゃんとおばあちゃんはやすむのがおしごと。けどね、おとなはちゃんとはたらかなくちゃだよ」


 はい、トドメが刺されました。

 無慈悲に姪からトドメを刺されました。


 とほほ、やっぱダメか、ニートランドは。


「仕方ない、こうなったら――金髪ヤンキーだけれどちょっと優しいお姉さんがいるコンビニとして売り出していくしかないな」


「わたしをまきこんでじばくするのやめろ」


「お願いすると一緒に写真が撮れるって噂を流せば、いっぱい男の子が来るな」


「来ねえよ!! やめろよ!! これはマジでセクハラだかんな!!」


 そう言いながらちょっとまんざらでもない廸子ちゃんチョロ。


 まっ、半分くらい俺の願望なんですけどね。

 そんなサービスリリースされたら、毎日入り浸るんですけどね。

 マミミーマートヘビロテ決定なんですけどね。


 うん。


 今もしてるか。


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