第137話

「三津谷ァ!! お前なんで部活入ってねーんだよ!! ずりいぞ!!」


「……なんでと言われても。家が遠いからとしか言いようが」


「んなもん玉椿に住んでたら皆同じだろうが。俺たちだって、日が暮れて真っ暗の中を家に帰ってるんだぞ。一人だけずりーじゃねえか」


「……はぁ」


「とにかく女子はバレー部かテニス部、どっちかに入るルールなんだから。どっちか入れよな。分かったな?」


 そう言って、角刈りの野球部員の彼はふんと鼻を鳴らして私の前から駆け去る。グラウンドに待っている、野球部員と合流すると、練習練習と大声を張り上げる。


 この暑いのによくやれるな。

 それ以上の感情を、私は持つことができませんでした。


◇ ◇ ◇ ◇


「と、いうことがありまして。まぁ、家庭の事情を担任に相談してありますから、別に部活に入らないことは問題ないのですが」


「……つづちゃん、その話もっと詳しく」


「あぁ、気になる話だな、廸子。青春だな、これ」


「……なんでお二人とも目が輝いていらっしゃるんですか?」


 九十九ちゃんが帰りにコンビニに寄ってきた。

 それでもって、暇ならばと前置きして俺たちに相談があるという。

 普段そういう気がない九十九ちゃんなので、力になってやるかと、廸子と俺とでイートインで話を聞くことになり、今ここである。


 九十九ちゃん。

 玉椿中学校の野暮ったい黒セーラーに身を包んだ女の子。

 神戸の若女将の貫禄も薄くなり、玉椿の色に染まったほんわか女子中学生。


 そんな恋愛ごとに縁のなさそうな九十九ちゃんにも青春はやってくるんだな。


 三つ編みにした髪を後ろでまとめてお団子にした少女。

 ちょっと身長が小さくて、運動系の部活動とは縁のなさそうな彼女。

 九十九ちゃんは、きょとんとした顔を俺と廸子に向ける。


 えぇと、まずは何から話を始めたらいいか。


「まぁ、部活についてはともかく、その突っかかってきた男の子の素性だ。九十九ちゃん。いったいその子はどういう子なの?」


「野球部のキャプテンですね」


「「野球部キャプテン!!」」


 また熱いお相手が出てきた。


 ちょっと九十九ちゃん。

 君ってば、そんなぽややんとした顔をして魔性の女なのね。野球部のキャプテンを射止めるなんて、なかなか漫画やラノベのヒロインだって難しいことですよ。


 いやはや、さすがは廸子の大叔母さんだけはあるなぁ。

 持っているねぇ、ヒロイン力。

 発揮しているね、ヒロインフェロモン。

 これは面白くなって参りましたよ。


「クラスは!! クラスは一緒なの!?」


「野球部以外でもつながりがあったりするの!? というか、どういう関係!? 名字で呼び合ってるにしても、呼び捨てのあたりなんか関係はあるよね!?」


「クラスはまぁ一つしかありませんから、必然的に一緒ですね」


「一緒のクラスの気になるあの子か」


「……やだ、お姉さんの大好きな少女漫画シチュエーション」


「俺も大好きなラブコメシチュエーション」


「お二人とも本当に大丈夫です?」


 割と大丈夫じゃない。

 身近な人間に降ってわいた、青春エピソードにはしゃぐダメな大人でございます。だってこういうきゅんきゅんする恋バナなんて珍しいじゃないですか。


 俺らもうおっさんですから。

 中学生とか、年齢の半分より前の話ですから。

 そりゃそういう話にうぅって胸が切なくなりますよ。


 うん、まぁ、いうてまだ三十二歳。

 頑張れば青春できるかなっていう気もするけれどもね。

 けど、中学生の甘酸っぱい感じは、もうどうやっても味わえないよね。


 だからもう、そういう話は聞きに行くしかないよね。


「ほんと、二人とも目が怖い。何か、変なモノでも食べたんですか?」


「クラスメイトなのは分かったわ九十九ちゃん。けど、それだけだったら、きっと彼は貴方につっかかってきたりしないでしょう? いったいどういう関係なの?」


「そうだ、確かに廸子の言うとおりだ。九十九ちゃん、その子と何か関係があるんじゃないか? 席が隣とか、委員会一緒とか、帰る方向が一緒とか?」


「とくにありませんねぇ」


「「じゃぁ、それはそれでなんていうか、正統派に甘酸っぱい奴やー!!」」


 学校通ってたら、男女ペアでいろいろやるタイミングというのが必ずある。そういう瞬間に、ふとしたきっかけで恋が生まれるのがこの世の中である。


 それはラブコメの鉄板。

 女の子向けでも、男の子向けでも、変わらない流れ。


 しかし、それに関係ない、リアルっぽい恋バナもそれはそれであり。

 クラスの気になる女の子に、ついついちょっかいをかけてしまう男の子。

 もうそれだけで、アオハルに飢えたお兄さんお姉さんの胃に沁みる。


 ほんと――。


「アオハルを」


「ありがとう九十九ちゃん」


「どうしたんですか二人とも!! さっきからなんか変ですよ!!」


「……なんだよ、ここの店、店員いねえじゃん。って、三津谷ァ!?」


「……おや、なぜだか今日はよく顔を会わしますね、鈴木くん」


「「そしてここでまさかのご本人登場キター!!」」


 背の高いいかにも野球部らしい均整のとれた体をした彼。こんがりと焼けた肌を手で扇いでコンビニの入り口に立っている。

 あっちーと言いながらも、九十九ちゃんの視線を感じて迂闊に動かないあたり、やっぱり彼、廸子の大叔母にご執心の様子だ。


 都会からやってきた、ちょっとミステリアスな転校生にご執心の様子だ。


「お前さぁ、部活入らずにこんな所で暇つぶしするって、それはどうなんだよ」


「暇つぶしではありません。ここで私の親戚が働いているんです。あと、帰りに晩ご飯の食材を用意したり、用事を言付かったりしているのです」


「そんなことしているようには見えなかったけれど」


 よく九十九ちゃんのこと見てるね。

 いつも見ているから些細なことでも気がつくのかな。

 なんてことをさりげなく言ってんじゃない。


 そうなんじゃないの、君。

 鈴木くぅん。


 期待のまなざしが四つ向いたことにおどろいたのだろう、うぉっと悲鳴を上げて、鈴木くんがこちらを見て後ずさる。


 驚かせてごめんね鈴木くん。

 けど、貴方が不用意にラブコメしたのが悪いんだからね。(ツンデレ)


「誰、この人たち?」


「一人は私が今お世話になっている家のお姉さん、もう一人はその幼馴染みでニートしているろくでなし」


「やだ、お姉さんだなんて」


「ニートろくでなしだなんて」


「後者は喜ぶ要素なくねえ? てか、二人して三津谷から何聞いてたんすか!!」


 おそおや、これは、どうやら彼も自分の恋心を自覚している模様。

 顔を真っ赤にして食い気味に突っかかってくるあたり、察しているんだろうね。


 その察しを、もうちょっと九十九ちゃんに使ってあげようぜ。


「いや別に、なんでもないかな」


「そうそう、君の話とか、別に相談されていないというか」


「いや、ほぼ話してるって言っているようなもんじゃありませんか!!」


 やめてくださいよという感じで、焦った顔で近づく鈴木くん。


 おいおいダメだよ暴力はまずい。

 落ち着いてとなだめすかすその横で、ひょいと九十九ちゃんが出てくる。


 彼女が俺たちの前に立つと、うっと鈴木くんは動かなくなった。


「鈴木、別に、本当になんでもないから」


「なんでもないからって三津谷。そんな説明されても俺」


「なんか廸子さんも陽介さんも勘違いしているけれど、鈴木が私にそういうの抱いてないのは分かっているし、嫌われているんだなって気づいてるから。それについては悲しいけれど、まぁ、いいかなって受け止めているから、もう大丈夫なの」


 九十九ちゃん。

 おおい、九十九ちゃん。

 魔性の女を発揮するタイミングはそこじゃないよ。


 もうちょっっと、目の前の男の子の気持ちを考えてあげて九十九ちゃん。


 というか、鈴木くん絶対脈ありだったよ。

 めっちゃ青い顔してるよ。

 あと、いきなり半泣きになってるよ。

 あれ、俺、どこでルート間違えたのって、そんな感じで絶望してるよ。


 えぇ、それ見ても表情変わらないとか、九十九ちゃんてばなんなの。

 メンタル強の者ってことなの。

 やめてよそんな魔性。


「私も、鈴木のこと、暑苦しくて、あんまり好きじゃないし。これからはちょっとお互い距離をとって接した方がいいかもね」


「……あ、ああ、あああ、ああ。そそ、そ、そう、そうかもね」


「鈴木?」


 コンビニに入ってきたばかりだというのに、ダッシュして逃げ出す鈴木くん。

 自転車のライトを投光すると雄叫びとともに発進する。時折反射するセーフティーライトを目で追いながら、俺たちは彼が無事に家に帰れることを祈った。


 そしてこの苦い恋に、優しい終止符が打たれることを願った。


「なんだか精神状態が普通じゃありませんでしたね。クラスの連絡網で、ちょっと回しておきましょうか」


「九十九ちゃん!! それはやめてあげて!!」


「もうちょっと、手心を加えてあげて九十九ちゃん!! ダメ、男の子には優しくしてあげないと!!」


「いやけど、いつも陽介さんに、厳しいじゃ無いですか廸子さん」


「「それは愛がある前提だから!!」」


 ダメダヨ、俺たちみたいな、歪んだ愛情表現している大人を参考にしたら。

 もうちょっと、あれだ、漫画とかから恋愛は勉強しなはれ。


 今度、とびっきりの恋愛漫画を貸してあげなと、廸子に目線を送りながら、俺は九十九ちゃんの恋愛キラーっぷりに、ちょっと怖いものを感じるのだった。


 うぅむ。


「むぅ、なるほど、愛がないと厳しいことを言ってはいけないのですね」


「そう、まぁ、次から活かしてもらえればいいけれど」


「廸子さんがセクハラをなんだかんだで許せるのは、そこに愛があるから」


「……えっ、まぁ」


「陽介さんも、過激なセクハラをするのは、そこに愛があるから」


「……も、もちろん」


「つまり、二人の間に確かな愛があるからこそ、いつものセクハラ芸は成立し」


「「九十九ちゃんやめて、そこまで」」


 ほんとこの子、もうちょっと、いろいろと恋愛について経験値積んで。

 そういうのはっきり言えばいいってもんじゃないから。


 そして、三十歳越えた大人に、そういうの面と向かっていわないの。


 それはそれでセクハラだから。


 はー、勘弁勘弁。

 俺が言えたこっちゃないけど、セクハラ勘弁勘弁。


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