第132話
「……どの面下げて私の前に顔を出した実嗣」
「私もお前の顔など金輪際見たくなかったよ千寿」
バッチバッチにコンビニで火花を散らすのは俺の姉とその義兄。
顔を会わせばこうなることは分かっていた。
けれど、今回の事件を説明するのにもう避けては通れなかった。
そして――。
「姉貴、姉貴、ギブギブギブ!! ちょっともう骨が砕ける音がしてるから!! まじでちょっと勘弁して!! 明日からの生活に支障がでちゃう!!」
「毎日怠惰に過ごし、幼なじみにセクハラする生活に、なんの支障がある!!」
そうなんですけど。その通りなんですけれど。
それでもいきなりのコブラツイストはないと思うの。
実嗣さんも言っていた。
俺たちの関係がばれたらババアがただじゃおかないと。
だから会わせたくなかったし内々で処理してたのにもうヤダなんでこうなるの。いいじゃん、実嗣さんのおかげでちぃちゃんも美香さんも救われたんだから。
ほんと、今回の論功賞は実嗣さんじゃん。
そりゃ昔バチバチにやりあったストリートファイトの宿敵で、弟の匡嗣さんと結婚してから手打ちにした過去があると言っても、もうちょっと大人になろう。
ほんと美香さんといい、実嗣さんといい、対人関係が下手クソなんだよババア。
もっとこう、人に優しくできな――いたいいたいいたい!!
「だめ、もう、これコブラの域を出てるよ!! なに、別の生命体、ドラゴンツイストくらいになってる!! やめてやめて!!」
「これ以上、私の怒りを進化させたくなければ、言うべき言葉があるだろう!!」
「黙って実嗣さんと組んでたこと!? 仕方ないでしょ、俺はあんたらと違って武闘派じゃないんだから!! なんかあったら、俺より実嗣さんの方が――」
「……すまん千寿。先に約束を破ったのは私だ。責を負うなら陽介くんではなく私だ。ちぃちゃんとお前に近づかないという約束を、破ってしまって申し訳ない」
俺の惨状に情け心を抱いたのだろうか。
あの実嗣さんがババアに対してやめてくれと声をかけてくれた。
鉢合わせれば不穏な言葉ばかり。
どちらも譲らぬ埒外ヤンキー無頼漢。
できることなら実姉にも義兄にも持ち合わせたくないと思っていた。
そんな二人が初めて大人しくにらみ合う。
あ、これ、珍しいやつ。そして死中に見えた活てきな奴。
思わず緩んだコブラツイストにほっと息をついた――そのとき。
「私がちぃちゃんに不用意に近づきすぎ、彼女に気がつかれたのがまずかった。陽介くんが川岸を離れて、心配になって前に出すぎた。本当に、申し訳ない」
「やはりお前のせいじゃないか陽介ぇ!!」
「ドラゴンツイスト第二形態!?」
俺は体中の筋と骨を破壊された。
とほほ、まさかのかばわれからの溜め攻撃は想定外でした。
ほんと、この実姉とその義兄ってば物騒だわ。
ぐったりとマミミーマートの床に倒れ込んだ俺。
そんな俺に駆け寄ってきたのは廸子。
彼女は優しく俺を膝の上に載せると、大丈夫かと頭をなでる。
廸子の優しさが体に沁みた。
「廸子、ありがとう。お前に看取られながら死ねるなら、俺は本望」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ!! しっかりしろ陽介!!」
「最後に――この逆さ富士を触っていい?」
「まだしぬにはよりょくがあったか、とどめをさしておこう」
べしりと頭をはたかれる。
そりゃねぇ、俺も長いことモンスター姉貴と一緒に生活していますから。
嘘も上手くなるってもんですよ。
限界の直前でギブする。
それが、モンスター姉貴から身を守る最善のライフハック。
それはそれとして。
「どういうことだ実嗣? 早川の件でちぃに近づいたのはともかく、美香にも近づいたとはどういう了見だ?」
鬼の形相、肩から禍々しいオーラを発して、実嗣さんへと近づいてくる姉貴。
その胸ぐらをつかもうとした瞬間、彼の前に女性が割り込んだ。
ちぃちゃんではない。
彼女は今ひかりちゃんと一緒に、日野家によるわくわく熊の解体実習を見学中。人によっちゃトラウマもんの体験なのに、嬉々としているあたりほんと姉貴の娘。
となれば、実嗣さんの前に飛び込んだのは他でもない。
「やめて千寿。実嗣さんも悪気があってやったことじゃないの。距離感を間違えてしまっただけなのよ。だから、許してあげて」
「……美香? どうしてお前が庇う? この馬鹿がしゃしゃり出てこなければ、ちぃが危ない目に遭うことも、お前が熊相手に技をかけることもなかったんだぞ?」
「そんなの言わせないでよ」
愛しているからに決まっているでしょう、と、恋する女の顔で言う美香さん。
場に戦慄が走った。
あの、美香さんが、そんなしおらしい顔をするだと。
あの、男なんて昇進の道具よ、ステータスよとばかりに、どうでもいい感じに言っていた美香さんが、そんな女の顔をするだと。
あと、いい男がいない、具体的には自分より強い男がいないと、男に求めるスペックを間違っている、勘違いアラフォー目前美香さんが「愛している」だと。
「……美香、いったい何を言っているんだ?」
そして姉貴が信じられないという顔をしてその場にへたり込むだと。
メンタルゴリラのババアが、顔面蒼白にして矛を収めるだと。
ちぃちゃんについては怒るだけだった。
なのに、美香さんについてはこの世の終わりみたいな顔をしいる。
やっぱなんだかんだでババアも美香さんのこと大好きなんじゃねえか。
ちくしょう、見せつけてくれやがって――じゃない、振り回してくれやがって。お前らほんと、女同士でいろいろと重たいんだよ。
「陽介黙れ」
「ようちゃん、ひっこんでて」
「はい、マイシスター、仰せのままに」
こっちの心を読みながらも、視線をずらさないババアと美香さん。
玉椿町のツインドラゴンの睨み合いを、生暖かい目で見届けることしか、舎弟の俺にはできないのだった。
割り込んだら殺されるからね。
「美香、本気か? その男は――実の弟に重すぎる感情を抱いている男だぞ?」
「いや、それ言ったら、私も、幼なじみの女に重たい感情抱いている女よ」
「あ、それ、認めちゃうんだ」
「美香さん自覚あったんだ」
「幼なじみは別にいいだろう!! 血のつながった実の弟にそんな感情を抱くような男を、お前は愛することができるというのか!!」
「できるよ?」
軽く答えるなぁ。
それはそれで不安なんだけれども。
というか、美香さん、いったいなんの拍子にこんなことに。
他の男とババアを比べれば、比べるまでもないとか言い放っていた、幼馴染みの女に重い感情を持ちし限界アラサーはどこに行ったのやら。
たしかに、実嗣さんは格好いいよ。
けど、ババアの言うとおり、実の弟に重すぎる愛を注いで、道を踏み外した――。
って、あれ?
「いいんです、美香さん。これは私と千寿の問題ですから」
「よくないですよ実嗣さん!! 私の大切な人が――千寿と実嗣さんが言い争っているというのに、傍観することなんてできません!!」
「……美香さん」
「……実嗣さん」
あれ、おい、どういうことだ。
なんかすっげーいい感じに見つめ合ってるぞ。
この二人、なんていうか、いろいろと同性に重たい感情を持っていて、結婚しないことをいじるとセンシティブな二人じゃなかったのか。
え、え、普通になんかカップルっぽいことになってるじゃん。
どういうことどういうことどういうこと。
愛してるって、それ、美香さんの冗談じゃないの。
姉貴の眉間に再び太い青筋が浮かび上がる。
「美香!! どういうことだ!!」
「どういうこともこういうことも――こういうことよ千寿!!」
そう言って、美香さんは姉貴を前に実嗣さんの手を握りしめた。
そう。
恋人繋ぎ。
そして、それまでのシリアス一転、でへへとのろけ顔。
「私たち、お友達から始めつつ、結婚を前提に付き合うことになりましたぁ!!」
「……美香さん。そんな、それを言うのは男の私の役目じゃないですか」
「いいんですよ実嗣さん。男とか女とか、そんなの些細なことじゃないですか」
「優しい。そんなところが、好き」
「もう、実嗣さんたら。格好よくて、強くって、できる男なのにメンタル乙女とか、ギャップ萌えたまんない」
あ、これ、もう、なんか手遅れな奴ですわ。
結婚待ったなし。
なんだったら、結婚より子供の方が早い奴ですわ。
うわ、そして、アラフォー間近でやるにはちょっときつい感じの奴。
えぇー、まじでぇー。
美香さんとー、実嗣さんがー。
これは夢じゃないか、はたまた悪い夢じゃないか、悪夢じゃないか、ナイトメアじゃないかと混乱する俺たちの前で、ふたりは恋人繋ぎを続けるのだった。
うわきつ。
「……本気なのか美香?」
「本気!! というかこれが運命の出会い!! 私、今、運命感じてる!!」
「……いいのか実嗣?」
「美香さん以外に、私の伴侶は考えられない。あ、伴侶は、気が速いか」
「うぅん、そんなことない。そう言ってくれて、嬉しい。けど、やっぱり少しずつ、少しずつお互いのことを知っていきましょう実嗣さん」
「えぇ、美香さん」
三十歳後半を過ぎそうな男と女が出すと恥ずかしいオーラ出してる。
もうなんていうか、大丈夫なの、正気保てているのって感じ。
見せつけられれば見せつけられるほど、不安になる。
なんぞこれ。
そうかとだけ吐き捨ててババアが立ち上がる。
彼女は、親友と義兄に背中を向けると、静かにその場を去った。
バックヤードに引っ込んだ。
そして――。
「無理。今日は閉店。廸ちゃん閉店作業お願い。もう、私は家で寝る」
「いや、ここ二十四時間営業のコンビニですよ!!」
姉貴はそのあまりのショックにメンタル複雑骨折するのであった。
うん、しゃあない。
俺も同じ気分。
「分かってもらえましたね、実嗣さん」
「あぁ、愛の力とは偉大だね、美香さん」
「やめろバカップル!! これ以上姉貴に死体蹴りをするんじゃねえ!!」
突然のバカップルほどこの世に迷惑なものはない。
バックヤードから聞こえる嘔吐に、今回ばかりは俺も姉貴を哀れんだ。
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