第129話

「どういうことだよ廸子!! ちぃちゃんが居なくなったって!! お前、ちゃんと見ててくれたんじゃなかったのかよ!!」


「……ごめん」


「ごめんじゃわかんねーよ!! 今、どういう状況か、お前も知ってるだろ!! なのに、何やってんだよ!!」


 俯いて悔しそうに涙を浮かべる廸子。

 彼女がわざとやった訳ではないことも、後悔していることも知っている。

 俺だって、別に怒鳴りたくて怒鳴っている訳じゃない。


 そう、廸子にこんなこと言っても仕方ない。

 問題は――うだうだとコンビニでしょーもないことをしていた俺だ。


 ババアが例の刺客を倒したその瞬間、俺の中で何か緊張の糸が途切れた。


 これ以上、ちぃちゃんに危害を加える輩はやってこない。

 そう、心のどこかで安心してしまった。

 けれど、それが間違いだった。


 あの早川一族である。

 過去にババアと匡嗣さんの仲を引き裂こうと、あの手この手の妨害をしかけ、俺にまでその加担をしろとそんな横柄を言ってきた早川一族である。

 そしてそんな彼らを相手に暗躍しているハングレ集団である。


 どう考えても、あれっぽっちの刺客で終わるはずがない。


 とりあえず、廸子を車に乗せる。

 青ざめた顔をして、ごめんと俺に謝る彼女に、そっと肩を回す。

 いいから、と、言いつつ、その顔を見ることができない。


 見てしまえば、たとえ大切な廸子でも責めてしまう気がした。

 自分の愚かさというか、器の低さに辟易とする。


 心を落ち着けて、今は、しなくちゃいけないことをしよう。


「……教えてくれ廸子。いったい何が起きた?」


「わかんない。アタシと九十九ちゃん、走一郎くんたちでバーベキューをしてて、そして、気が付いたらその中からちぃちゃんが消えてて」


「その前に、何かしようとしてたことは?」


「話に夢中で覚えてないの」


「……そうか」


「それで、陽介。もう一つ。美香さんの姿もどこにもないんだ」


 美香さんもだって。

 ちょっと待ってくれ。


 ちぃちゃんが狙われるのは分かる。

 いなくなったのも分かる。


 彼女は早川家に狙われているんだから、突然いなくなったとしても納得できる。


 けれど、美香さんはどういうことだ。

 彼女が失踪する理由はない。


 クレシェンドの重役には間違いない。

 けれど、今は休職中の身の上である。

 彼女を拉致することに意味があるのか。


 いや、まぁ、女性として魅力的だということについては検討の余地はある――けど、まぁ、あの人のことだから、そういうのはぼこぼこにして返すはずだ。


 彼女が失踪するならば、もっと違う理由だ。


 例えばそう――。


「川に落ちた形跡とかはなかった!?」


「それは、最後に見かけた場所を調べたけれどなくって。手提げカバンも持って行ったから、どこかに移動したと思うんだけれど」


「……森に向かったのか。けど、ここから近い森って」


「玉椿山の登山口じゃないかな?」


 口にしたのは正人さん。

 あり得る、と、俺は思った。


 これから俺たちが向かおうとしていた玉椿山の登山口。

 あの辺りにふらりと投身しに行った。

 ありえる話だ。


 いやけど、なんで目の前に川が流れているのにっていう疑念もある。


 なんにしても、ちょっとこれは緊急事態だ。

 すぐに俺は運転座席の日野さんに目線を送る。


「日野さん!! すみませんけど緊急事態です!! 熊捕りはまた今度にさせてもらってもかまいませんか!!」


「熊捕り!?」


「わかった陽介くん。というか、これは僕たちだけじゃどうしようもない。玉椿町の消防団に連絡を回そう。町全体で千絵ちゃんと美香さんを捜索しよう」


「……その上で、差し当たって私たちは、当初の目的地に向かえばいいわよね」


 それで問題ないように思う。

 場所的に、ここから向かえる自死しやすい場所と言ったら、目の前の川を除いてあの山道くらいだ。


 逆を突いて違う方に移動していたらお陀仏。

 だが、ここはもう直感を信じるしかない。


 ちぃちゃん。美香さん。

 どうして二人も揃ってこんなことになってしまったのか。


 後悔しても何も始まらない。

 それは重々分かっているが、二人を残して川原を去った、あるいは、今回の一件を企画してしまった身としてはいろいろと考える。


 どうか、二人とも――。


「無事でいてくれて、お願いだから」


「……大丈夫だよ陽介。きっと、二人とも大丈夫だよ。ほら、もしかしたら、美香さんがちぃちゃんを散歩に連れていったのかも」


「そう、信じたい」


 けれども楽観が物事を好転させる訳ではない。

 現実に、二人は失踪しているのだ。


 その事実に都合よく目を瞑ってもしかたない。


 俺は静かにスマホを取り出すと、この町の消防団に電話を掛けた。


◇ ◇ ◇ ◇


「どぉー、ちぃがいっしょうけんめいつくっら、ひみうきちー!!」


「……立派です。すごいですね、ちぃちゃんは」


「まだまだねちぃちゃん。私と千寿が造ったのはこの三倍はあったわ!! まぁ、それを示す証拠はないのだけれど!! それを示す証拠はないのだけれど!!」


「みかちゃんはいじっぱりだなぁ」


 けどまぁ、女の子二人で作ったにしては上出来じゃないでしょうか。


 どっから転がしてきたのかタイヤのイス。

 トタン屋根の天井。

 新品じゃないけれどかわいらしい柄をしたテント。

 使い古された、昔のアニメのキャラクターが描かれたカーペット。


 女の子の秘密基地としてはいささかおしゃれ。

 いや、完璧といってよろしいかと。


 流石ちぃちゃん。

 所々に滲み出る、女の子としての品に血縁でもないのにうるっとくるわ。


 一方で、実嗣さんはどうしたんですという顔をしていたが。

 もうちょっと、言葉だけじゃなく態度も合わせてあげるとか、気が利かせられないかなぁ。イケメンだけれど、そういう所はちょっと残念だわ。

 まぁ、イケメンだから許すけれども。


 秘密基地の中央には手作り感ある木の机。

 よくもまぁ、こんな一品物を作ったものである。

 しかも子供がやったんだからほとほと感心する。


「そういえば、今日一緒に居た女の子はお友達?」


「ひかいちゃん? そうだよー!!」


「光ちゃんがこれ作ったの?」


「うん!! そこのもりから、てーぶうにするのにぜっこうのいたみつけたって、ひみつきちにはこぶぞちぃって!! ちぃとひかいちゃんでがんばってはこんだけど、ちぃはおうえんしてるだけでひかいちゃんがぜんぶはこびました!!」


 素直でよろしい。


 そして、意外とあのヤンキーっぽい子ってば律儀だな。

 言い出しっぺだからって、そんな頑張らなくてもいいのに。


 いや。

 さてはちぃちゃんの前でいいかっこしたかったんだな。

 お姉ちゃんムーブかましたかったんだな。


 気持ちは分からなくもない。


 アタシもようちゃん相手にそういうのさんざんしたからね。

 しょうがないね。


「いやぁ、青春ですねぇ、実嗣さん」


「……そうなんですかね? いや、私、こういうの作ったことないので」


「青春ですよ!! こうしてね、子供の力でこつこつと、自分たちの居場所を作る!! それが将来、きっと大事な思い出になると思うんです!!」


「そうですか?」


「そうですよ!! 実際、私も、千寿と秘密基地をここに作って――」


 作って。


 作って。


 そして、どうなったんだっけ?


 そういえば、すっかりと忘れていた。

 私たちの秘密基地。

 その顛末を。


 飽きてこなくなった訳じゃない。

 親に咎められて壊した訳じゃない。

 じゃぁ、なんで、熱心に作った秘密基地を残さず棄てたのか。


 いや、秘密基地なんてダサいなんて言ったら終わりだけれども。


 そう、アレは、確か――。


「四月のはじめ。たしか、秘密基地で遊ぼうと、千寿とやって来て」


「……なんだ、この気配は?」


「千寿と私がたどり着いたとき、秘密基地は荒らされていて。それで、確か、元気なお爺さんに、ここは危ないからどっか行ってろって、怒鳴られて――」


 そこまで思い出した時。


「おぉん!!」


 獣の雄たけびが、まるで轟雷のように私たちの耳元に響いた。


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