第127話
「熊狩りに協力しろ? ちょっと待ってくれ、俺はずぶの素人だぜ? 猟友会にも所属していないし精神の病気やっちゃったから銃を持てない、闘う牙を抜かれちまった男。そんな男に助力を求めるなんて間違ってないか正人さん?」
「あれ、陽介くん、消防団員じゃなかったっけ? 銃は無理でも有事には行動できると思ってたんだけれど?」
はい。
親父が勝手に消防団に俺を入れた伏線がここで炸裂するとは思いませんでした。
確かに入っております消防団。
村の有事には、こんな俺ですがかけつけます。
実際、徘徊のおじいちゃんおばあちゃんを探しに、町を駆けずり回りました。
いやはや、大変なものですね。
人が一人いなくなるっていうのは。
それはその時はもう焦りに焦って、ドラマの主人公みたいになりましたよ。
まぁ、すぐに娘婿の畑を耕している所を発見されたんですがね。
ほんと、うちの田舎の爺と婆は元気で助かりますよ。
マジでマジで。
「いやいや、アレは親父が勝手に入れただけで、俺は別に消防団員なんてたいそうなものでは。熊から町を守るなんてたいそうなことができる男じゃありません」
「大丈夫だよ陽介くん、君は昔から――やらなければやならないけれど、やればやれる男だったじゃないか」
「そうだ陽介。日野さんがせっかく頼んでいるんだ。手伝ってやれ」
「……大丈夫。細工は流々仕上げを御覧じろだけだから」
「なんだよ熊相手にびびってんのか。おっさん。だっせーな」
うるさいやい。
そんな、ちょっと荷物持つの手伝ってあげろくらいの、軽いノリで言うな。その言葉のヘリウムガスばりの軽さに、あきれて声が裏返りそうですよ。
熊相手にビビっているかだって。
ビビってるよ。
むしろビビらない方がどうかしているだろう。
熊だぞ熊。
お熊さまだよ。
熊のマスコットキャラクターなんていろいろあるけれど、本当の熊は怖いって、俺は熊と闘う漫画を読んでいるから知っているんだ。
えぇ、そりゃもう、クマなんて漫画に出てきたらラスボスじゃないですか。
一般人男性がお相手するにはもてあます、まごうことなきモンスター。
熊退治など絶対に断る。
「お願いだよ陽介くん。あとで、熊の手あげるから」
「ほら、お前の好きなセクハラアイテムだぞ。熊の手」
「……日野家の家庭円満の秘訣」
「よくわかんねーけど、あれけっこうおいしいんだぞ」
「そんなもん貰ってもやりたかないやい!! アタイがそんなジビエに興味を抱く男に見えるかい!! そしてそういうのに困っているように見えるかい!! 正人さん、侮ってもらっちゃ困る!! そんなのなくったって僕は元気いっぱい!!」
「娘の前でセクハラ発言はやめてくれないかな」
「先に言い出したのそっちだよね正人さん!!」
ちくしょう、なんだこれ圧倒的に形勢不利。
このまま熊狩り場へ直行の空気じゃないですか。
嫌だよほんとにもう。
確かにこの町のマタギこと日野一家が居れば安心かもしれない。
けれど、それでも万が一ってことはあり得るでしょう。
僕はね、たった一つのこの命、大事に使いたいの。
いろいろあって拾ったこの命を、大切にしたいの。
なのにあーた、クマと闘えって、そりゃあんまりでしょ。
しかもその報酬がジビエて。
「お金がもらえるならまだしも、肉くらいじゃ動きませんよ僕は」
「町からの助成金でいくらかは出るよ。一万円くらいなら、融通するけど」
「……おぉう、微妙に心が揺らぐ値段」
「渋った割には結構安いんだなお前の命の値段」
いや、一万円はちょっと心が躍るでしょう。
それだけ出るなら俺もちょっと考えちゃいますよ。
だってねぇ、手伝うって言っても、銃は使えないから罠とかでしょう。
その罠も設置するのに免許いるから、確認するとかその程度のモノでしょう。
熊と偶然ハローすることもほぼないだろうし。
それで一万円ですよ。
悪い話じゃない。
「一万円あれば、廸子にワンチャンおっぱいくらいは揉ませてもらえるかもしれない。あるいは、ちょっときわどい写真くらい撮って送ってくれるかもしれない」
「おい、日野さんが生々しいネタやめろと言った矢先に、そういうことを言うな」
「まぁ使い方は自由だけれどもさ。どうだい、せっかくだし」
興味はある。
そりゃ日当一万円なんて非日常な話だ。
熊退治という行為との釣り合いは取れるように思う。
そして、一万円あれば冗談はともかく、廸子を喜ばすこともできる。
いつもいろいろと迷惑をかけている彼女に、気の利いたプレゼントができる。
なにより、それが正当な労働の対価であればこそ廸子は喜んでくれるだろう。
だが――。
「……すみません。正人さん。非常に魅力的なお話ではあるんですが、ちょっと辞退させていただきます」
「そっかぁ。残念だなぁ」
「おいこら陽介。勝手にあきらめるな。大丈夫だ、熊というのはだな、あぁ見えて意外と臆病で威嚇の方法さえ間違えなければ、どうとでもなる」
「いや、姉貴、そういうことじゃなくてね」
今、俺がやらなければならないことを冷静に考えただけだ。
川岸には俺の帰りを待っている、幼馴染と姪っ子が居る訳ですよ。
そして、ちょっと放っておくのが心配な、大変な状態の姉貴分も居る訳ですよ。
彼らに、すぐ戻るよと言づけて、俺はここに居る訳ですよ。
それが、スーパー行ったり、行った矢先にとんぼ返りでコンビニ戻ってきたり。
気が付いたら一時間以上の時間が経過しちゃってる訳ですよ。
そんな状態で熊退治にのこのこついていけます?
話自体は魅力的だが、状況的にそれができない。
俺は正人さんに事情を説明した。今すぐ、川岸に向かうべきだと彼に話した。姉も納得してくれるよう、言葉を選び、そして尽くして説明した。
一通り、聞き終えて正人さん。
「まぁ、そうだよね。ちょっと急な話過ぎるよね」
俺の意見を、このできた先輩はすんなりと受け入れてくれた。
やはり、傍若無人の権化である姉たちと違って、この人は人間ができている。
いい先輩を持ったものだなとちょっと目じりが熱くなるのを感じた。
わかってくれてありがとう。
そしてさようなら正人さん。
俺は、幼馴染たちのためにも、すぐに河原に戻らなくてはいけない。
食材と、姉貴と貴方の娘を連れて、バックトゥーザリバーしなくちゃいけない。
これはもう、どうしようもない決定事項――。
「いや、それならば私が運転を変わろう。なに、四輪車の運転は陽介に劣るが、これで私も豊田家の人間だ、任せてくれ。それに陽介の車の保険は私名義、実質的にはセカンドカー扱いなので、いざという時には保険が下りる」
「なんでここでそんな具体的な話を出して話の腰を折っちゃうかなババア」
だったのだが。
やはりババア、やることがいつもいつも俺の一枚上手。
別に俺が行くことないじゃんという論調で、見事に俺の築き上げた、熊倒さないシンプルな理由を突き崩してくるのだった。
うぅん。
「やだぁ!! 熊退治なんて俺にできる訳がない!! 熊倒して一攫千金より、倒されて保険金三千万円の方がより具体的な話じゃないですか!!」
「はなしがはやくてたすかるぞようすけ」
「ブラックジョークでも言っていいことと悪いことがあるんだぞババア!!」
熊退治。やりたくないでござるぅ。
けどこれもう、ここまで言われたら流石にやる流れの奴よね。
とほほ。
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