第102話

 玉椿町野球拳大会。

 またの名を「俺が一番セクシー胸板ナンバーワン」選手権。


 こんなトチ狂った催し物をいったい誰が考えたのか。

 しかも年一開催。ほんと狂気としか言いようがない。


 それもこれも、その発起人がいまだにくたばってないから。


 そう。


「俺が今年もセクシー!!」


「「「ひっこめ爺!!」」」


 誠一郎さんである。

 だいたいこの町の悪習はこのおっさんが元凶だ。


 この大会が始まったのは四十年前にさかのぼる。

 テレビでやってるから、俺たちもやろうぜと誠一郎さんが言い出したのだ。

 当初は女性参加を期待したそうだが、けっきょく男し集まらず、それならとやけっぱちで今まで続いている。

 もうほんとクソとしか言いようのない悪習・奇祭だ。


 なお、初回からの皆勤賞は、誠一郎さん、親父、そして林業組合の会長の三人。こいつら揃いも揃って、だらしない胸板晒して今日も張り切っていた。


「くっ!! 誠一郎さん!! 老いてなおその胸板は卑怯だろう!! 白髪交じりのグレーロマンスがたまらないぜ!!」


「おっと、あっちゃんもその使いこんだ黒乳首がたまらないぜ!!」


「お前ら!! 林業で鍛えた私の檜のような胸板を見るがいい!! 貴様ら半農集団とは格が違うのだよ格が!!」


 もうやだまぢむり。


 爺たちが野球拳関係なしに胸板さらけ出してポージングとか誰得なんです。

 どうしてこんな奇祭を続ける必要があるんです。


 確かに土地に根差した文化を継承するのは意味がある。

 けど、これは四十年前にはじまっただけの奴じゃないですか。

 後世に残す必要あります。


「いやしかし、今年も協賛金ありがとな林業組合の」


「賞金五万円は大きい。こういう催がないと田舎暮らしはやってらんねえ」


「言うて俺らの誰かが優勝したら、全部缶ビールに変わるんだけれど」


 はい、そう、林業組合が金出してくれるからなんだな。

 なんだかんだで玉椿町の林業組合はリッチなんだな。


 あと、農業組合もなんだかんだでリッチなのよ。

 補助金とかで。


 その金に群がって町の男たちが集まってくるわけですよ。

 ポロリもないのに。


「まぁ、俺もその一人なんですがね」


「……え、これ、俺も参加していいの? 町人だけじゃないの?」


 いつもより三割増しに大きくなった白いスーツ。

 サングラス越しにこちらを見るのは松田ちゃん。

 彼もまた、今回の野球拳大会にエントリーしていた。


 まぁ、一応玉椿町に住んでいる人限定なんだけれど。

 たまたま来た余所者をつまはじきにするほどうちも偏屈じゃない。


 というか、そういうアクシデントも楽しむのが、玉椿男児の心意気。


 ほんと気持ち悪いけれど。


「しかし野球拳なんて昭和の催し、今時やってるとは。流石の田舎だな」


「田舎でも野球拳なんて公序良俗に反しているからやらないってーの。ほんと、町の恥。実際、みんな賞金目当てだから、全裸まで行くやつはめったにいないし」


「へぇ、お前んところの親父さん、全裸になってるけど」


「あれがこのまちにいるかねのもうじゃのはずかしいすがたです」


 初戦でがっつり負けてすっぽんぽんになった親父。

 さきほどまで、胸板を張っていた男気はどこへやら。股間を隠してうずくまっている。まるで乱暴された後って感じ。


 なんでそんなしおらしい顔するのよ。

 お前が望んでなった姿やろうがい。


「くっ……殺せ!!」


「姫騎士みたいなこと言っておりますが」


「ちゃかさないとせいしんをたもてないの。わかります。おやこだからわかります」


 ちなみに、単純なじゃんけんだから、誰が強いとか必勝法があるとかそんなんある訳ない。まさしく時の運、長く出てるからって強いってもんでもないのが闇。


 特にあの皆勤賞三人組。

 ごうつく爺どもは、綺麗に剥かれてパンツ一枚にされていた。

 あんだけ目立ってこのザマである。


 彼らはグダを巻きつつ、そのままの格好で試合観戦に移行した。

 切り替えがはやいよもう。そして着替えろよもう。


「とかやってるうちに、お前の番だぜ陽介」


「おっと、どうやら、玉椿町のゴールデンボーイの真骨頂を見せる時が来たようなだな。松田ちゃん、骨は――いや、パンツは拾ってくれよ」


「いやだよばっちいな」


 コールされて俺は壇上へと向かう。


 例によって玉椿神社の神楽台。

 俺は壇上に既に昇っていた対戦相手を睨みつける。


 俺の前に現れたのは知っている男。

 最近町内に住み着いたラテンでガテンなナイスガイ野郎。


「陽介サンが相手ですか!! よろしくお願いシマース!!」


「……カルロス!! 容赦はせんぞ!!」


 マミミーマートの外国人アルバイターカルロス君である。

 彼もまた、玉椿町のボロアパートに住む男の子。

 この頭がどうかしている野球拳大会に参加する権利はあった。


 そう、権利があったのだが――。


「ところで、どうしたのその格好?」


「野球と聞いてユニフォーム着てきたんですけど、なんか間違えました?」


 めっちゃ野球する服装してる。

 なんかシンプルなスポーツなのに装備品いっぱいなのよね。そして、脱ぐ枚数稼げる格好なのよね。審判ちょっと止めてくれよってくらい野球のユニフォームだ。


 はい、もうね、防御力の高さを感じずにはいられませんよ。

 偶然にしてもどうしてこうなったってもんですよ。


 まぁいい!! 勝てばいいのだ!!


「カルロス。日本に来てまだ日の浅いお前に、じゃんけんの深淵・神髄は分からない。だが容赦せん。俺の全身全霊のじゃんけん力で、お前を倒す」


「いやまぁ、じゃんけんってわりとグローバルにやられてる遊びですから」


「いくぞぉっ!! 野球するなら!!」


 こういう具合に。

 俺はじゃんけんとは違う、野球拳独特の節でもって機先を制すと、カルロスに勝負を仕掛けた。


 ふふっ、このじゃんけんの仕方はしらないだろう。

 カルロス、野球拳は野球拳をする前から既にはじまっているんだよ。


◇ ◇ ◇ ◇


『で、カルロスくんにひん剥かれて、最後の一枚まで行ってしまったと』


「あぁ。廸子、信じられるか。今、俺、全裸でお前に電話してるんだぜ」


『してくんなよ!!』


 だってなんかもう、愚痴らないとやってられなかったから。

 ぽっと出のカルロス君に負けてたまるかと意地になったのに、いいとこなしで負けてしまったのが情けなくって、悔しくって。


 あと、お外で全裸っていうシチュエーションもなかなかなくって。

 それで、ちょっと幼馴染みに電話したくなっちゃったの。


 分かるでしょう。

 わかって。

 複雑な男心。


 って、分かる訳ないわな。ただの変態だわこれ。


『毎年やってるけど、ほんと玉椿町の男どもって――バカだよね』


「そのバカの頭領お前のところのお爺ちゃんなんだぜ」


『やめて、もう、ほんと、それは考えたくない話なんだから』


 電話の向こうで廸子が頭を抱える姿が瞼の裏に浮かんだ。

 まぁ、誠一郎さんだから仕方ない。


 そして、年に一回、春先にバカやるくらいいいじゃない。

 それくらい元気な方が、男ってのは健康なんだよ。


 まぁ、夏は全裸盆踊り、秋は全裸マツタケ狩り、冬は全裸寒中水泳とかやってるんですけどね。もちろん、発起人は全部神原さんとこ。

 ほんと危険外来種かよ。玉椿の文化を侵食するなよな。


 ちなみに――。


「それでは本日のヒーローインタビュー。優勝されたカルロスさんです。どうでしょう、今のお気持ちは?」


「故郷の家族に、送る仕送りがちょっと増えて、嬉しいデース」


 優勝はカルロスくんでした。

 なんかめっぽうつよい、圧倒的なじゃんけん力でした。


 あれかね、天が彼に味方した感じかね。

 近年珍しい、ブーイングの一つもでないヒーローインタビューであった。


 まぁ、家族の仕送りに使われるなら、文句なんて言えねーわな。


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