第38話
「ちっくしょおおおおお!! また負けたァあああああああ!!」
「……無事でよかったじゃないですか、吉田さんに感謝しないとですよ」
「……そうですよ、吉田さんとこのカーブで事故ってよかったじゃないですか」
「あ、もしもし、日丸損保さんですか? 私、三重県玉椿町の吉田と申します。本日はですね――」
さっそく保険会社に電話を入れている吉田さん。
美香さんが慟哭するより早く、彼女から入っている保険会社を聞き出した金の亡者は、さっそく物損事故についての交渉を始めていた。
どうやら今回も、十割で払っていただくらしい。
物損の見積もりのし方が田舎の小金持ちっぷり――ヤク〇顔負け――すぎてほんとドン引き。
玉砂利が飛んだとかそんなんで普通請求しますかね。
まぁ、どうあっても事故った美香さんの責任なので、俺は口を噤んだ。
廸子も口を噤んだ。
姉貴だけが、「赤ちゃんシートを振り過ぎて留め具がボロボロになった。これも保険でなんとかならないだろうか」と、空気の読めない発言をしていた。
こいつもほんと畜生。
もっと打ちひしがれる幼馴染に対して、かける言葉をさがしてさしあげろ。
何を自分の事ばっかり考えているんだ。
そういう所やぞ。
この自分の都合だけで生きているウーマン。
もっと周りをちゃんと見て生きろ。
「なんで!! なんでなのよ!! 今回の対決に十年の時間を費やしたのよ!! 絶対に勝ってやるって、コンディションばっちり整えて、千寿の基礎体温表と私の基礎体温表から、生理がずれる日まで考えて仕掛けたって言うのに!! なのになんで負けるのよ!!」
「だからいちいち姉貴への愛が重いんすよ」
「……美香さん。流石に基礎体温表については私もヒキます」
「どうしてよぉ!! 絶対私が勝ち確だったじゃん!! 勝つ流れだったじゃん!! なのに、なんで千寿がやっぱり勝つのよ!! チートじゃんチート!! 知ってるけど、知ってたけど、こんなのナシよ!! 贔屓し過ぎよ!!」
天は多くをババアに与え過ぎだと嘆く美香さん。
安心してくれ。
俺もそう思う。
けれど、世の中というのはそういう風に残酷にできているのだ。
持ってる奴がなんか知らんうちに全部持っていく。
そういう、やったもん勝ち先取制、うまくやったもんだけが美味しい目を見る。そういう風に世の中できているのだ。
残酷。
というか、美香さんもそういう恩恵にあずかって生きている人間でしょ。
なのにその理屈が分からないとかそれはちょっとどうなのよ。
姉貴にだけ勝てないだけで、他にはたいがい勝ってるよね。
だったらいいじゃん。
ここには何をやっても勝てない、世界が認めた敗北者がいるのよ。
そう。
アイアムアルーザー。
ナンバーワン。
オーイエー。
「美香。なんでも理屈に頼るのはお前の悪い癖だ。世の中には、理屈や道理の通らない話はいくらでもある。いい加減、物事の道理を弁えろ」
「……けど!! 生理は生理でしょ!! なんで生理の周期までずれるのよ!! 見た感じ、今日、千寿ってば絶好調って感じよね!! どうして!! 私が知ってる、十年前の千寿なら、今日は蒼い顔しているはずよ!!」
「それについては経産婦の不思議としか言いようがないな」
「またそうやって、私にないものばかり持っている!! なんでよ!! なんであんたばっかり持ってるのよ!! 子供も、旦那も、弟も!! いや、弟はようちゃんだからいらないけれど!! とにかく、なんでアンタばっかり持ってるのよ!!」
「唐突の即死攻撃に、俺、なんとかガッツで踏みとどまる。姉たちに虐げられた過去がなければ、この攻撃には耐えられなかった。過去の自分が、今の自分を支えてくれているのだと、実感」
「まぁ、陽介くらいならくれてやっても構わんが」
「だったらいいじゃん!! 今回くらい私に華持たせて、ようちゃんを送りだせばよかったじゃん!! ぶっちゃけそれも作戦のうちだし、千寿のことだから――あの行き遅れを処分できるなら、勝負に負けて人生に勝ったとか言うんじゃないかなって、私思ってたのよ!!」
「……半分くらいは迷った」
「……ぐふっ!!」
「陽介ぇ!!」
はい、死にます。
もうこの特大攻撃の応酬には耐えられません。
僕のライフはなくなりました。
この姉たちが本当にひどい。
弟をなんだと思ってやがるんだ。
それでもあんたら本当に人の姉か。
いや、一人は姉じゃないけれども。
誰か、この世に俺の味方はいないんですか。
ニートだというただそれだけで、ここまで俺の命は軽くなるものですか。
ゴミクズ以下じゃねえか。
賭けの対象にされてやりとりされるだなんて、とても現代社会じゃねえ。
異世界か、ここは異世界転生した世界か。
アタイ、奴隷少女。
陽介っていうんだ。
って、どう考えても男だわ。
ちくしょー。
絶望で死ねる。
俺がそう思った時である――。
「ちょっとそれはいくらなんでも言い過ぎじゃないですか千寿さん、美香さん」
俺のために、ひどい姉との矢面に立ってくれる人物がいた。
頼もしい、この町でたった一人、俺の味方でいてくれる人が居た。
さんざんセクハラしたというのに、お前って奴は――。
「陽介が誰と結婚しようと、それは陽介の自由じゃないですか。千寿さんや、美香さんの一存で、どうこうするようなものではないと思います。陽介が誰と結婚するのか、誰を伴侶に選ぶのかは、彼の意志で決めるべきだと私は思います」
「廸子ォ!!」
体育会系が骨身に染み付いている系女子。
かわいがられることにかけて右に出るものはなく、また、それ故にあまり上に逆らわない妹系女子。
男に守られるなんてダセえなんて格好しておきながら、実は人一倍守られたい、なんだったら少女漫画的なロマンティック求めている系女子。
実際、家には少女漫画がいっぱいなのを、俺は知っているんだな。
そう!!
俺の幼馴染、神原廸子ちゃんであった!!
今、彼女は俺の尊厳を守るために、姉たちに立ち向かった。
俺が幾ら叫んだところで、空虚に消えるであろう言葉を、俺に代わって述べるために立ち上がった。
もうそれだけでありがたい。
廸子、お前が俺の幼馴染で、本当に、心の底から、
涙がちょちょぎれそうであった。
「……という訳だ。こういう事情もあり、陽介をくれてやる訳にはいかんのだ」
「ぐぬぬ。廸ちゃんにそこまで強く出て言われると流石に私も譲るしかない。何気に私たちに尽くしてくれている、廸ちゃんに言われてしまっては、たかがニートで扶養することでデメリットしか被らない、ようちゃんでも諦めるほかない」
「すこしもこうげきがよわまってないってうそでしょ」
「ちょっ、ちょっと待ってください!! それだとアタシが陽介を欲しいみたいな感じになっちゃってるじゃないですか!!」
「……違うのか廸ちゃん?」
「……あら、いまさら恥ずかしがるなんて野暮じゃないのよ。ていうか、ここまで来たらもう言っちゃったも同然じゃない?」
違うの廸子――という視線が集中する。
俺も彼女を見る。
はたして、俺のかわいくて、たよりになって、ちょっとヤンキーだけれど、根は純真な三十路幼馴染は、少しだけ迷ってそれから。
「……ち、ちがいませんけどぉ」
か細い声でそう言うのだった。
はい。
僕は死にました。(悶死)
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