第31話

 玉椿町ちきちきおとなげおばちゃん大レース開催。

 その発端は三日前にさかのぼる。


 豊田家全員そろっての久しぶりの夕食。

 その際に、ババアの口から発せられた言葉を皮切りに始まった。


「実はな、また事業拡大についての話がきている」


「まじで。ちょっと、姉貴。出る杭は打たれるっていうもんだぜ。いい加減にしないと、町の有力者に目をつけられるぞ」


「杉田さんには既に話は通してある。大丈夫だ」


 根回しがいい。

 流石はできる女。

 行動力と決断力、そして調整力が違う。


 エースストライカーかよというその立ち回りに、マラドーナもびっくりするだろう。今のマラドーナの体型もたいがいにびっくりだけれども。(古典的ギャグ)


 この山奥は玉椿町に、初のコンビニエンスストアを開業して、順調に地域に貢献しているだけはある。

 ほんと、この調子でこの町の物流やらなにやら、全部こいつが牛耳ってしまうんじゃないか。

 そんなことをマジで心配しちゃうよ。


 そうなれば――。


「ついに豊田家が玉椿町のドンとして君臨するときが来たと言う訳だな」


「……くっくっく、千寿、よくやってくれた。流石、ワシの自慢の娘」


「……くっくっく、おかーさん、すごいのー」


「よしてくれ、照れるじゃないかちぃちゃん」


「照れるんじゃないの。千ちゃん。何事もやりすぎは駄目よ、やり過ぎは。人生なんでもほどほどがちょうどいいんだから」


 とまぁ、お袋がそこは流石にたしなめる。

 我が家の大黒柱にして袋は、唯一、傍若無人な姉の行動を諫めることができる、豊田家の良心だ。


 そして、俺と親父は、その存在をまるっきり無視される、空気のようなもの、あるいはそれ以下であった。


 ひでえもんだぜまったく。


「んで、いったい何の話が来たんだよ。もったいつけるなよな、ババア」


「今度は何だ? 新規店舗開業か? それとも、ご当地名産品でも地域振興課と連携して売ることにでもしたのか?」


「うちの事務所にお弁当納めるとか。けどまぁ、ウチは近くの弁当屋と契約しているし、そもそも手前弁当が前提だしねえ」


 ふっふっふと間を置く姉貴。

 ほんと、もったいぶるとは彼女らしくない。

 いつもだったら、事務連絡みたいな感じに、なんでもなく切り出す癖に、今日はどうしてもったいつける。


 それほど大きな案件なのか。


 この山奥の町で、そんなでかいしのぎがあるとは到底思えない。

 いや、もう既に大きめの案件は、この目の前の姉貴が実現してしまった後である。

 もしかして、町の外に販路を見出したとか、そういう感じの奴か。


 狭い町だからこそ、なんとかやれてきたのである。

 これが他所の町ともなると、競争は更に激しくなるぞ。

 ぶっちゃけうまみ薄そう。


 はたして手にしていたお茶碗とお箸を置くババア。彼女はいつになく神妙な顔をすると、咳払いして、その事業拡大について話し始めた。

 しかし、それは――。


「山向うにある工業団地。あそこにクレシェンドの生産工場があるのは、皆もよくしっているだろう」


「あぁ、クレシェンド玉椿工場な。玉椿ブランドで一時期流行った奴」


「けど時代の波に飲み込まれていった奴でもあるよな。最近は、なに作ってんだっけ。一応、一定の雇用は確保しているんだよな」


「らしいわよ。何度かお邪魔しているけど、景気はそこまで悪くないみたい」


 それがどうしたと言おうとして、口ごもる。

 嫌な予感が頭を過ったのだ。


 それは、そう、その工場に勤めている人物に起因する。

 偶然にも先日、彼女とマミミーマートであっていたからだ。


 そう。

 姉貴と面識がある。

 面識があるというのに、頑なに姉貴が会うのを避けている相手。


 田辺美香さん。


 彼女の影を感じるなというのが無理がある。

 まさかな、と思いながら、俺はババアの話の続きを聞く。


「その工場内の福利厚生施設としてな、マミミーマートを出店しないかという話が出て来たんだ」


「……おっ、これは確実に儲かる奴じゃねえか!!」


「いいわねぇ。工場内のコンビニなんて、お客様の入れ食いみたいなものじゃないのよ。企業向けのお仕事としては、上の上よ千ちゃん」


「ふくいこーせーしせつ?」


「ちぃちゃんには分かんないだろうね。まぁ、あれだよ。家にコンビニがやってくるみたいなもんさ」


「……すごぉーい!!」


 目をきらきらさせて俺を見るちぃちゃん。

 すぐに彼女はそんな仕事を取って来た自慢の母へと同じ視線を向ける。

 純真無垢で穢れのないその瞳に、喜色満面でババアもまた応える。


 なんというか、微笑ましいとしか言いようのない光景である。


 光景なのだが。


 どうしよう。

 嫌な予感が止まらない。

 いや、いやな想像と言った方がいいかもしれない。

 とにかく、次々に考え得る最悪の状況が、俺の頭の中を駆け巡って行く。


 その最中。

 姉は、その最悪の一つを、ぽろりと口に出した。


「クレシェンドは基本的には三交代制だが、休憩時間は決っている。それ以外の従業員もいるが、基本的には暇な店になるだろう。なので、ワンオペでも大丈夫だし、素人でも十分に仕事ができると判断した」


「……おい、まさか、やめろよ、ババア」


「マミミーマートの店員を現在派遣するのは難しい。この町在住の女性スタッフは、交通手段を持っていない人が多いからな。という訳で、名目上、私が店長ということにはするが、店舗リーダーとして――車に乗れて、そこそこ体力があり、そして、暇をしていて仕事をし出しても問題ない男を推薦しようと思う」


 という訳で、どうだ、と、千寿姉貴が俺を見る。


 どうだも、糞も、ない。


「俺!! まだ、就労許可貰ってないんだけれど!!」


「なら、私が貰ってきてやろう。なに、お前の病状について、一度しっかり主治医と話しておきたいと思っていのだ。ちょうどいい」


「プライバシーの侵害もへったくれもねえじゃねえか!! やめてくれよ、そういうの!! というか、絶対にやらないからな、コンビニ店員なんて!!」


「まったく。なにがそんなに嫌なんだ。身内の会社というのが恥ずかしいのか」


 恥ずかしいと言えば恥ずかしいけれど、今はそれじゃねえ。

 それじゃねえんだけれど、言っていいのか悪いのか、分からないからもどかしい。


 なんにしても。

 あの日、マミミーマートであの人と会ったのは、偶然じゃない。


 たぶんあの時から、彼女はこれを考えていた。

 俺がぶらぶらしているのを知っていて、この話を出したとなれば、こういう流れになるだろうと、姉貴の性格から流れを考えてしかけてきたのだ。


 つまり――。


「なんにしても、お前と廸ちゃんで、相手さんと打ち合わせをするという話にはなっている。詳細は私の方で検討するが、さっそく行ってきてくれないか? 担当部署は、クレシェンド生産企画開発室だそうだ」


 これは美香さんの罠だ。

 彼女が企みを持って、俺たちをクレシェンドに招き入れようとしている。


 それは間違いなく明らかだった。


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