33.光射す庭

 闇大会が終わって倉庫の外に出たら、もう日が落ちかけて西の空は暗くなってきていた。

 倉庫の中の方が明るかったけれど、それでも僕は光が差し込んでるあったかい庭に出てきた気分だった。


 自分が失言したりで紗由奈の仕事に迷惑をかけないか、ずっとドキドキしてた。それがやっと解放されたんだ。

 やっぱり僕には隠し事をするのは向いてないみたい。


 隣の紗由奈は顔色一つ変えず、対戦者や観客達に手を振ってる。ここではまだ「彼氏との旅行代を稼ぎに来た、ちょっとのんびり話す感じの極めし者のおねーちゃん」を演じてるんだな。


 すごいよ全く。


 倉庫を離れてしばらく行って、電車に乗る頃にやっといつもの紗由奈らしくなった。


「はあぁ、つっかれたわぁ。ね、いまからともくん行っていい?」


 気兼ねせず話したいからと彼女は言う。

 もちろん大歓迎だ。


 途中のコンビニで晩御飯を買って、部屋に帰ってきた。

 ご飯を食べて、紅茶淹れて、テーブルのところに帰ってきて思わずごろんと畳の上にあおむけになった。


「ともくん、今日は本当にありがとうね」


 紗由奈も同じようにあおむけになって、こっちに顔を向けてきた。


「僕は全然役に立ってないと思うけど」

「そんなことないよ。ともくんがいてくれたからあの人もこっちと接触しやすかっただろうし」


 格闘技フリークスを名乗ってた同業者さんか。


「そういえば一定の収穫って?」


 尋ねると、紗由奈からは想定内と想定外な答えが返ってきた。


 まずそうだろうなぁと思ってたのは、選手受付をした時に盗聴器を仕掛けていたこと。これである程度格闘大会のスタッフの会話は聞き取れただろう、と言う。幹部クラスの名前が一人でもあがってれば大収穫だ。


 想定外だったのは同業者さんがこれからの捜査に協力してくれるであろうこと。

 ああいった闇大会を渡り歩いている素人格闘家や、賭けを目的にしてる観客はいて、彼らが利用する連絡サイトのアドレスが送られてきている、という。


 今日の大会を徹底的につぶすより、たくさんの大会の潜入捜査をして、一気につぶしにかかりたいとどこの諜報部も狙ってるんだそうだ。


 同業者さんが紗由奈と話した後に用事があると出て行ったのはもちろん捜査のためだ。中の様子を探るのを紗由奈に任せて、より身バレの危険のある個所に潜入に行ったのだろう。


「多分彼はわたしが新人諜報員だって見抜いて、あるいは知ってて手伝ってくれたんだと思う」

「スパイって手柄を取り合うものだってイメージがあったけど、実際は協力するんだなぁ」

「時と場合によりけりじゃないかな。あの人がわたしの思ってるところの社員さんだったら、うちとそこは協力関係にあるからね」


 利害が対立する会社同士が雇う産業スパイとかになってくると、だましあい潰しあうケースが多いんだとか。


 スパイの世界も奥が深いな。

 そして紗由奈は、そんな世界に入って行こうとしている。


 僕は、どうしたらいいんだろう。


 紗由奈といるのは楽しいし、今日みたいに手伝うのも頼まれればやるけれど。

 彼女と僕のいたいと思う場所は、微妙にずれているのかもしれないな。



(闇大会潜入捜査 了)

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