49.通じない
隣の男は、遠野が勝つだろう、と言う。
「判るんですか?」
「極めし者の試合はたくさん見てきてるから、相手の闘気の強さをなんとなく判るようになってきたんだ。ま、さっきの試合が二人の全力ならの話だから、実際はやっぱり戦ってみないことには判らないだろうけど」
闘気にも強さがあって、極めし者の戦いでは瞬間的に、持続的に、どれぐらいの力を出せるかが勝敗を決する大きな要因になるらしい。
もちろん戦いのセンスとかも重要なんだけれど、と彼は付け足した。
それにしても詳しいなこの人。
「あなたも極めし者?」
「違うよ。ただの格闘好きだ。極めし者だったらきっと試合に出てる」
格闘技フリークスみたいなもんだ、と彼は苦笑いした。
そんな話をしている間にオッズも決まって試合開始の運びとなる。
掛け率はわずかに男の方が高い。
つまり紗由奈の方が勝つと思ってる人が少しだけ多いということか。
試合開始が告げられる。
次の瞬間には試合会場の中央で二人がぶつかり合っている。擬音にすれば「ドンッ」て感じになるんだろう、空気の圧が伝わってきた。
紗由奈は緑の、遠野は外に向かって茶色から黄緑に変化するオーラに包まれてる。あれが闘気だ。
「彼女が山で、彼が地か」
格闘技フリークスさんがつぶやいた。
その間にも試合は進んでいる。
けど動きが全然見えない。二人が止まった時にしかどうなってるのか判らない。
何度かぶつかって、多分拳とか蹴りとか出し合ってるんだろうけど。
他の観戦者も声がない。やっぱりどうなってるのか判らないんだろう。
けど、次第にはっきりと差が出てきた。
紗由奈の体勢が崩れてる。男はまだ余裕っぽい。
モニターが捉える彼らの顔が試合の優劣を物語っている。
紗由奈は歯を食いしばって肩で息をしてる。苦しそうだ。
僕まで息が詰まる。
「彼女の攻撃、通じてないな」
隣の男が僕に語り掛けるように言った。
僕にも判りやすいように言うと闘気の強さは男の方が二ランクぐらい上だろう、と彼は言う。
「一ランク違うとどれぐらい違うんですか?」
「そうだなぁ、中学生と高校生ぐらい?」
二ランクとなると小学生と高校生って感じか。それは歴然とした差だな。
紗由奈、大丈夫かな。
心配した瞬間、「あっ」という紗由奈の声がして、彼女が壁まで吹っ飛ばされた。
思わず立ち上がる。
名前を呼びそうになるのをぐっと我慢した。
紗由奈はすぐに立ちあがってきた。遠野は彼女をじっと見つめながらまだファイティングポーズを取っている。
僕は涙目で拳をつくっていた。
「ギブアップしまぁす」
紗由奈が悔しそうに、でも冷静に敗北を宣言した。
「ここで止めるなんて、彼女、冷静だな」
隣の男は感心顔だ。まだ動ける状態だけどあのまま試合を続けててもよほどの奥の手がないと逆転は無理だろう。それを察してギブアップなんて、相手と自分との実力差を悟って、闘争心をセーブしたということだと解説してくれた。
そりゃ、格闘大会で勝ち上がることより、内偵がメインだもんな。動けなくなっちゃったら支障が出るだろうし。
次の試合が始まる前ぐらいになって、紗由奈は観客席の方にやってきた。
「負けちゃったぁー。全然歯が立たなかったよー」
僕に抱き着いてくる彼女を抱き返して、頭をなでてねぎらった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます