第6話 皇桜学園
新学期が始まった。
夢の世界から戻り新作を書こうと決意した僕だけど、早く学校に行きたくて早めに家を出た。
そして電車に乗りバスに乗り換え、横浜市の外れにある私立『皇桜学園』へと向かった。
この学園は皇桜大学附属の高校で、特に武道に力を入れている有名な高校だ。
全国にある『戦技場』で戦う剣術や槍術のプロたちもこの学園出身の者が多く、外国企業が運営する総合格闘技イベントの『ヴァルハラ』で戦うエインヘリヤルと呼ばれる選手になる者も多い。皇桜大学もすぐ隣の敷地にあり、学園全体の敷地はかなり広い。
武道に力を入れている高校だけど、偏差値も結構高めなんだ。武道特待生ですらある程度の学力を必要とされる。
これは怪我で引退した時に、第二の人生を歩みやすいようにするためだそうだ。
もちろん僕は一般入試組で、しかもギリギリ入れたレベルだ。授業にはなんとかついていっている感じかな。試験前は結構キツイけど。
それでも留年することなく高校2年になった僕は、少し浮かれた気持ちでこの1年で通い慣れた学園の門をくぐり、学年が上がったことで2階になった教室へと向かった。
そして事前に知らされていた2年B組の教室へと入ると、黒板には席順が貼り出されていた。
僕はそれに従って一番窓際の席の後ろから2番目という、当たりの席へとカバンを置いて座った。
周囲は1年の時に同じクラスだった子たちが数人いた。
でも前のクラスの時にほとんど話したことがない子たちばかりだ。
僕はあまり積極的に人と話すのは苦手だから、いつも受け身になってしまう。一人を除いてこの学校で普通に話せる人はほとんどいない。
別にボッチじゃない。友達は1人いるし。それに学校に友達を作りに来てるわけじゃないからいいんだ。
この学校には
「ようっ!
「おはよう三上。大当たりの席おめでとう」
僕は教室に入るなら黒板を一瞥し、真っ直ぐ僕の後ろの席にやってきて腰掛けた三上に羨ましげに言った。
三上はこの学園で僕のただ1人の友達と呼べる存在だ。1年の時は別のクラスだったんだけど、去年の体育祭以降やたらと話し掛けてきていつの間にか休みの日に遊ぶようになってた。
三上は実戦空手の有段者で、大きな大会で何度か優勝しているほどの実力者だ。身長は僕より10cmは高くて175cmはある。少し茶色がかった長めの髪を今風にセットしていて、かなり身嗜みに気をつかっている。顔も僕よりは良い。しかも着痩せしてるけど身体はかなりマッチョだ。ひ弱な僕とは対極に位置している男だ。
僕も三上に美容室を勧められて、一応今風のツーブロックの前髪を長めにしてあるけど所詮はフツメンだ。鏡を見る度に無駄な足掻きをしているようにしか思えない。
やっぱり皇国は強い男じゃないとモテないんだよね。外国じゃ草食系男子っていうのがモテるみたいだけど、80年近く前の太平洋戦争で壮絶な本土戦を繰り広げて、米国と引き分けたこの国では未だに強い者がモテる。それは男も女もなんだ。そして僕の好みは強い女性なんだよね。
「わっははは! 日頃の行いだな! これで心置きなく寝れるぜ! 」
「武道特待生だからって油断してると、また留年の危機を迎えるよ? 」
「大丈夫だって! その時は一緒に勉強しような! 」
「僕はなんとかギリギリついていってるよ」
僕はつい最近留年しちまうっ!って泣きそうな顔で大騒ぎしていた三上と、いま目の前で余裕ぶってる三上が同一人物だとはとても思えなかった。
「なんだかんだ言ってそこそこ成績いいじゃん。あっ、そうそう。鬼龍院先輩はまたC組らしいぞ? この真上の教室だな」
「ホントに!? この真上に先輩が……」
さすが美人の情報に詳しい男だ。その正確さに僕は絶大な信頼を置いている。
「見上げてもパンツ見えねえって! ククク……」
「そんな意味で見上げてたわけじゃないよ 」
「わっははは! わかってるって! しかしもう病気だな。先輩は無理だって、諦めろ。3年C組
「そりゃそうだけどさ……しかしよく調べたよね」
さすが情報通。恐らく身体検査の結果から得た情報なんだろうけど、いったいどこから仕入れてきたんだろ。
それに許婚か……歴史ある家だしそういうのもまだあるんだろうな。
でも好きなんだ。あの時、あの戦う姿と表情を見て一目惚れしちゃったんだ。先輩が卒業するまでになんとか普通に話せるようになって、それでその後にできれば告白したい。
「鬼龍院先輩を好きな奴は男女問わず山ほどいる。でも、未だに誰も先輩を口説き落とせてない。卒業した剣術部の主将も玉砕したし、俺から見ても惚れちまうような強い男たちがことごとく告白して断られてる。やっぱ許婚がいるってのは本当かもな」
「うっ……も、もういいよ。そのうちきっとチャンスがあるはず。諦めなければきっと」
「なんで低いところをわざわざ狙いに行くかなぁ……まあでもお前のその真っ直ぐでしぶといところは好きだぜ? そこまで想ってんなら先輩の情報は任せとけ! 去年同様流してやるからさ! 」
「ありがとう。でも先輩の迷惑にならないようにね? 」
「大丈夫だって! 先輩の取り巻きの女子から仕入れるからよ! 今度デートするんだ。その時に聞いておいてやるよ」
「くっ……あり……がとう」
僕は爽やかに笑う三上になんとかお礼の言葉を捻り出して伝えた。
きっと今の僕の顔は悔しそうな顔をしていると思う。
「わっははは! 分不相応な女を好きになるからだ。俺の性春ライフを横で見てるといい」
「この男は……」
僕は今、憎しみの顔をしていると思う。
でも分不相応か……家もそうだけど、強くて常に凛としていて自信に満ち溢れた真っ直ぐな目をしている先輩と僕じゃそう言われても仕方ないよね。
「そんな顔すんなって、応援してるからよ。フラレたら女の子も紹介してやるから」
「縁起でもないこと言わないでよ。それより始業式の時間になるよ。先輩がもういるかもしれないし講堂に行こう! 」
「へいへい。会えるといいな」
僕はそう言って席を立ち、三上と一緒に教室を出て講堂へ向かった。
三上と階段を降りようとしたところで、ちょうど3階から鬼龍院先輩が女生徒3人に囲まれて降りてくるのが見えた。
「先輩……」
「良かったな優夜。タイミングばっちりじゃん。それにしても女同士で話してる時はさ、柔らかい笑顔を見せるんだな。普段のキツイ顔とのギャップが堪んないよな」
「うん……綺麗だよね……」
紺色のセーラー服に、濡れ烏のようなしっとりとした長い黒髪。目鼻立ちの整ったキリッとした美しい顔。少しキツめの目をしているけど、目じりの下に小さな黒子があることですごく色っぽく見える。
そんな鬼龍院先輩が目の前を通り過ぎるのを、僕はぼーっと見ていることしかできなかった。
本当に綺麗だ。普段のキリッとした顔も、笑顔も……そして本気で戦っている時のあの表情も。
僕には手の届かない女性なのかもしれない。でも、ならせめて夢の中だけでも。僕の創った世界でだけでも先輩と2人で過ごしたい。
決めた! 明日からの土日で先輩が喜びそうな魔物溢れる世界を書こう!
僕は先輩が戦っている姿が好きだ。剣術部の寸止めの試合じゃ見れない、あの時のような先輩の戦う姿が見たい。
そして僕も一緒に戦って、命を預けあう2人はいつしかお互いに惹かれあって……
僕は早く帰って小説を書こうと、始業式が終わってすぐに家へと帰ったのだった。
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