66. 家出する王女 - 2

(カリーナ王女視点)


 全くバートはやることが遅い。これではいつまで経っても逃げ出せない。お父様が魔族の国に私との縁談を申し込んだら余計動き憎くなる。皆の注意が私に向いていない今が城を抜け出すチャンスなのに。あー、イライラする。


 そうだ、まずは城を抜け出せば良いのだ。隣の国に入ってしまえば、いくらお父様でも捜索隊を送ることは出来ない。そこでゆっくりとバートを待てば良い。そうと決まったらさっそく行動だ。必要なのは目立たない服装とお金だ。いくらなんでも普段来ている様なドレスを着て城の外にでれば目立つ。だが心配はない、衣装部屋には以前仮装パーティで使った村娘の衣装がある。あとはお金。お金さえあれば、必要なものは道中で購入できるだろう。宿に泊まるにもお金が必要なはずだ。だけどこの部屋にお金はない。必要ないからだ。買い物する時は支払いはすべて後払いだ。月に1度店の者達が城まで受け取りにくるらしい。だが、これも解決策がある。この部屋にお金は無いけれど宝石は沢山ある。お金が必要なら道中で宝石を売れば良い。


 そして、いよいよ城からの脱出を決行する。私は朝食の後、庭を散歩すると言って外に出る。当然メイドや専属の護衛が付いてくる。この城の庭園は広く、建物に近いところは良く手入れされているが、奥まったところになると少しおざなりになっている。木や草が適度に茂り隠れるにはもってこいの場所だ。庭の中央まで来ると、


「少し考え事をしたいので、ひとりにしてちょうだい。」


と言ってメイドや護衛と距離をとる。普通ならそんなことを言われても護衛はついて来るが、


「あら、乙女の恥かしいところを覗き見するの?」


と言うと離れてくれた。乙女の恥かしいところとは何なのかは勝手に想像してくれ。


 メイドと護衛の視界から隠れた私は、庭の隅にある女神の石像までたどり着く。ここまでくればこっちのものだ、この石像の土台には仕掛けがあり、石をずらすと城外に通じる抜け道がある。しかも王族でないと操作できない。こんなとんでもない仕掛けがこの城にはあちこちにある。バートと勇者ごっこをしながら探し出したのだ。まだ見つけていない仕掛けもあるかもしれない。誰が作ったのかは不明だが私はひとつの仮説を持っている。この国を建国した王様が精霊と契約していたという伝説がある。作ったとしたらその王様ではないだろうか。精霊でも関係しなければこんなとんでもない仕掛けは出来ないと思う。


 抜け道を通ると城の近くの森の中に出る。抜け道の中で、スカートの中に隠し持って来た村娘の衣装に着替えた。これで私を王女と疑う者はいないだろう。本当は愛馬のラニーを連れて来たかったが仕方がない。


 カーマル共和国に通じる街道を歩きながら考える。お父様は何故いきなり私を魔族の国に嫁がせるなどと言い出したのだろう。私を厄介払いしたいのか? それなら他にももっと簡単な方法がある。私を配下の貴族の妻として下げ渡せば良いだけの話だ。それだけの理由では、わざわざ私を魔族の国に嫁がせる意味が見いだせない。まさか! とひとつの仮説が浮かぶ。自慢ではないが私はかなりの魔法の使い手だ。ひょっとしたら私に嫁がせて夫である第一王子や魔族の王の暗殺を企てているのか!


 考えたくはないが、その可能性は否定できない。娘にそんな危険なことをさせようとは見損なったぞ父上。


 その後はひたすらカーマル共和国に続く道を歩く。道のすぐ横にはナイール大河が流れており、沢山の船が行き交っている。船に乗れたら楽なのになあ、と疲れた足で考える。その内にお腹も空いて来た。道のところどころには旅人目当ての屋台がでていて、良い匂いが漂って来る。


 お金は持ってないが、食事の対価として宝石のひとつでも渡せば何とかなるだろうか? とりあえず試してみよう。私は目を付けた屋台の店員に声を掛ける。店で売っているのは大きな串に刺して焼いた肉だ。たれが掛かっているからだろうか、すきっ腹に堪える匂いがしている。


「ねえ、おじさん、この宝石をその串と交換してもらえない?」


と言いつつ、わたしは宝石のひとつを見せる。串の値段は分からないが、結構大きな宝石だから十分な価値があると思う。だが店員は宝石を良く見もせずに言う。


「ダメ、ダメ。うちは現金だけだ。宝石なんて出されても、俺はガラス玉と宝石の区別もつかないからな。他を当たってくれ。」


美味しそうな焼き串を目の前にして殺生なと思ったが、我慢して屋台を後にする。ここで騒ぎを起こして役人がやって来ては正体がバレる恐れがある。その後、いくつかの屋台で同じことを尋ねるが、すべて断られた。


 見通しが甘かった。このままではカーマル共和国に着くまでに飢え死にしてしまうと考えた時救いの神が現われた。


「お嬢さん、宝石を持っているのかい。良ければ買わせてもらうよ。」


と品の良さそうな中年の男性が声を掛けて来る。私は嬉しくて跳び上がった。これでご飯を食べることができる。


「本当? これよ。いくらで買ってくれるの?」


「ほう、なかなかいいルビーじゃないか。これなら金貨10枚でどうだい。」


「それでよいわ。」


と私はあまり考えもせず承諾する。もうお腹が空いて目が回りそうなのだ。宝石は沢山持って来たから1個くらい買いたたかれても大したことは無い。それより食事だ。


「商談成立だな。だけど今金貨10枚何て大金はもってないんだ。すぐそこに俺の船が止めてあるからそこまで来てくれないか?」


そう言われてガッカリする。せっかく食事ができると思ったのにお預けらしい。思わずお腹がグーと鳴る。


その音に気付いたのか、男が笑いながら付け加える。


「腹が空いているのか? だったら俺達と一緒に昼飯にするか? たった今船員の分の食事を買ったところだ。少し余分に買ったから嬢ちゃんの分もあるぞ。」


そう言われて男の手をみると、確かにここの屋台で買ったと思われる大きな包みを持っている。これは逆らえない。私はふたつ返事で承諾して男の後を付いて行った。


 男はすぐ近くの川辺に繋がれている船に乗り込んで行く。大きくはないがボートではなく、マストが有って船室もあるちゃんとした船だ。中に入ると4人くらいの男が乗っていた。


「親方、食い物は買えやしたか? 俺達はもう腹ペコでさ。」


「俺も、」


と男達が嬉しそうに口にする。きっとこの人達もお腹が空いているのだろう。


「あれ? そのガキは?」


と別のひとりが私を見て口にした。


「こら! 口が悪いぞ。嬢ちゃん悪いがこいつらは腹を空かせているんだ。先に食事で良いかな。もちろん嬢ちゃんの分もあるぞ。」


と言われて私が否と言うはずがなく。勧められるままに船室に会ったテーブルに付く。私を連れて来た男が勝って来た食べ物を皿に小分けしてくれる。野菜と肉を炒めたものに、米という物を蒸かしたものだ。食べたことの無い物ばかりだが、野菜と肉の炒め物は濃いめの味付けで、淡白な味の米によく合う。お腹が膨れて気分が良くなった私は、


「ほい、お茶だ。」


と差し出された湯飲みを受け取り、そのまま口に流し込んだ。ちょっと渋いかなと思ったが、すぐに眠くてたまらなくなった。


 目が覚めたとき、私は床に寝ていた。慌てて起き上がろうとして手足が縛られているのに気付く。おまけに猿轡までされている。テーブルで男達が笑いながら談笑している。


「こいつはすげえ宝石だぜ。それもこんなに沢山! 儲かりましたね親分。」


「は、は、は、まったくだ。こんないいカモが向こうから来てくれるとはな。」


「これは本業より儲けが大きいぞ、今回の仕事が終わったら当分遊び回れそうだぜ。」


「しかしあんなガキがどうやってこんな高価な宝石を沢山持ってたんですかね。」


「どっかから盗んできたんじゃないか。でなけりゃ、これだけのお宝をあんなガキが持っているはずがない。」


「それで、あのガキはどうします。」


「そうだな、あんなちんちくりんでも、奴隷商に売ればいくらかには成るだろう。」


「いや、あんなのじゃ大した金にはならないっすよ。」


ここまで黙って聞いていたが、ちんちくりんと言う言葉にカチンと来た。この私をちんちくりんだと! コトラル王国の第8王女カリーナをつかまえて、ちんちくりんだと!? 大した金にはならないだと!?


 気が付くと私の手足を縛っていた縄から炎が出ていた。そのまま燃えている縄を力を込めて引きちぎる。少し火傷したが、その痛みを感じないくらい腹が立っていた。 男達が驚いてこちらを見ている。私はゆっくりと立ち上がり猿轡を外す。


「私にこれだけのことをしたのだから、殺されても文句はないわよね。覚悟しなさい。」


と言うなり胸の前にファイヤーボールを作り出す。それを見た男達が我先に船室の出口に向かって駆けだす。私は素早くファイヤーボールを発射するが、ギリギリのところで躱され、後ろの壁に当たって壁が燃え出す。さらに男達が逃げ出す時にひっくり返したのか、ガシャーンと音がして大きな壺が割れ、中から油の様なものが流れ出た。壁の火が油に燃え移り辺りに広がってゆく。


 これは不味い! 我に返った私は火を消すために水魔法で大量の水を船外から呼び寄せ、燃え広がる油にぶっかけた。だが火は消えることなく、水の流れと共にますますあたりに広がってゆく。あちこちで部屋の壁が燃え始めた。


 その時、男達が船首に集まって部屋の入り口からこちらをのぞき込んでいるのが見えた。奴等の顔を見た途端に再度頭に血が上り、全力のファイヤーボールを発射する。今度こそと思ったが、奴らは当たる直前に全員水に飛び込んだ。くそ、逃げ足だけは早い! それに出口までの通路は炎に塞がれ水に乗った炎がこちらに迫って来る。このままでは逃げることが出来ずに焼け死んでしまう。


 そうだ水魔法だ! 私は水魔法を使って床を炎を浮かべながら流れて来る水を両側に寄せ、真ん中に通路を作って部屋から飛び出した。振り返ると船のあちこちから煙が噴き出している。ここは川の上だ、泳げない私には逃げ場はない。飛び込んだ男達はきっと泳げるのだろう。船の周りを見渡したがひとりもいない。とっくに岸に向かったに違いない。こんなことなら泳ぎの練習をしておくのだった。外は既に暗くなっているが、船の炎で周りだけが明るい。


 その時波の間に見知った顔がみえた。バート!


「バート~、助けて~」


思わず叫んだが、バートは泳ぎに苦戦している様だ。内陸にある我が国では泳ぎは一般的でない。このままだとバートが溺れると思った私は、傍に置いてあったロープを手にした。これをバートに届ければ何とかなるだろう。ロープを風魔法で起こした風に乗せてバートに向けて飛ばした。


 バートはロープを伝って船に登って来たが息も絶え絶えだ。ふたりして顔を見合わせる。万事休す。このまま船に乗って焼け死ぬか、水に飛び込んで溺れるかの二者選択しかない。盛大に炎を上げる船からマストが倒れて川に落ちる。その時、突然バートが私を抱き上げるとそのまま水に漂うマストを目掛けて飛び込んだ。そのままふたりともマストにしがみついたまま流れに身を任せる。その後、バートは何とか私をマストに跨らせることに成功したが、自分は水に入ったままだ。


「バート、大丈夫?」


と声を掛けると、大丈夫だと返事が返って来るが声に元気がない。このままではバートが危ない。助けを呼ぼうにも辺りは真っ暗で何も見えない。大声で叫んでみるがどこからも返事はない。どうしよう...バートに何かあったら私の所為だ。


 それからどれだけの時間が経過したのか分からない。私は気が付くと狭いベッドに寝かされていた。思わず起き上がり隣のベッドにバートが寝ているのを見てホッとする。


「目が覚めたかい、お嬢さん。」


と突然部屋の入り口から声がした。思わず身構えると、商人風の服装をした男が入り口に立っていた。


「君たちが海を漂っているところを船員が見つけたんだ。気が付いて良かったよ。私はシーロム、商人さ。この船は私の持ち船でね、魔族の国に向かっているところだ。」


「助けてくれたのね。ありがとう。私はカリーナよ。こっちはバート、ふたりで旅をしているの。悪党に攫われそうになって海に飛び込んだのよ。」


と私は自己紹介した。王女というのは隠すと決めた。さっきは宝石を持っていたから災難に遭った。王女としれたらまた狙われるかもしれない。それにしても、魔族の国に嫁げといわれたから逃げ出したのに、よりにもよって魔族の国に向かっているとは...。


「そうか、それは災難だったね。それと安心しなさい。そちらのバートさんも大丈夫だと船医が言っていたよ。その内気が付くだろう。」

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