60. 復活する精霊王

(精霊王視点)


 私は夜を待ってフクロウの姿を取ってから地表に出た。せっかく核から復活したのに、状況も確認しないまま敵に遭遇はしたくない。この姿なら怪しまれることは無いだろう。ここは私が巨大なアーススピアで身体を引き裂かれて核に戻った場所に違いないが、なんだか雰囲気が違う。探査魔法で探ると極端に人間の数が少ないからだと分かった。以前は城に溢れる程いた兵士達が、10分の1くらいに減っている。まあこちらとしては好都合だ。私は魔物の森を目指し飛び立った。私が核に戻ってから魔族の国がどうなったのか気になる。精霊王ともあろう者がとんでもない失態を演じたものだ。移動するにはドラゴンの姿で飛行するのが一番早いのだが、ここはフクロウの姿で我慢する。ドラゴンの姿は目立つ、今は敵と戦うより魔族の国に戻るのが先だ。


 何日か飛び続けアルトン山脈の姿が遠くに見える所まで来た時、前方に膨大な数の人間の兵士の姿が見えた。前方にある城を攻めている様だ。あれはボルダール伯爵の城だ。人間同士で戦っているのかと考えたが間違いだった。城壁の上に居るのは魔族だ。魔族と人間が戦っている! 私が留守していた間に戦争が勃発したのだ! しかも魔族側が劣勢の様だ。正面に架かった橋を通り、人間の兵士達が次々に城内になだれ込んで行く。城内にどれだけの魔族がいるのか分からないが、城を取り囲む人間の兵士の膨大な数を見れば兵力に差があるのは間違いない。私が付いていればこんな状況にはさせなかったものをと後悔の念が湧く。マルシはどこだ? あいつのことだから戦争になれば最前線で戦おうとするに違いない。


 その時、城壁の上から橋を目掛けて沢山のファイヤーボールが飛んでいくのが見えた。橋を落としてこれ以上の侵入を防ぐつもりなのだ。だが、橋は壊れない。強力な防御結界で守られている。ファイヤーボールは何度も発射されるが結果は同じだ。ファイヤーボールを放っている一団の中に見知った顔があるのに気付く。カラシンだ! なぜカラシンがこんなところに! ソフィアはどうした? 聞きたいことは沢山あるが、落ち着いて話をする状況ではなさそうだ。私はカラシンの肩に降りると、全力の雷魔法を橋に向けて放った。私の全力の魔法は橋を守る結界を貫き橋が破壊される。


 橋が落ちれば人間の兵士達は城に侵入出来ない。余裕が出来たカラシンから今までの経緯を聞き出す。ソフィアとカラシンの結婚と出産、ボルダール伯爵領の魔族の国への移譲、マルシの殺害と戦争の勃発。宰相ギランの常軌を逸した強力な魔法とそれを可能にしていると思われる魔道具。戦争が起こってからの経緯。宰相ギランの使った魔道具とやらが、私への攻撃にも使われたのは間違いないだろう。人間共はとんでもない武器を手にしたようだ。


 さて、これからどうするか。普段なら戦争には関与しないと宣言している私だが、このような状況になったことにかなりの責任がある。それにソフィアが魔族の王になっているのであれば放って置くわけにも行くまい。毒を食らわば皿まで。今回は特別だ。私は魔族の国に味方すると決めた。





(カラシン視点)


 城に籠城してから半年が経過した。この間に城を包囲している人間の国の軍隊の3分の1くらいが減った。敵兵の一部が谷底の道の封鎖に回ったらしい。やはり援軍を送られるのが嫌なのだろう。谷底の道の出口では大きな戦いになった様だ。現在は残念ながら再び道は閉ざされている。敵の大群が谷底の道の出口に陣取っており、道の修復作業が進むと再び崖を崩落させているらしい。


 だが城の周りでは谷底の道に向かった兵力だけでは説明できない数が減少している。おそらく義勇軍の農民達が各地で反乱を起こしてくれているのだろう。そのため貴族達の一部が領地に引き返したのだ。農民達に感謝だ。


 それに、最近は農村への略奪部隊が来なくなったと報告が上がっている。いくら略奪の為に兵士を派遣しても全滅させられてばかりだからあきらめたのか、それとも領地で反乱が起きているからそれどころで無くなったのかは分からないが、農民達にとっては朗報だ。だが、この件はトーマスに警戒心を持たせたようだ。


「略奪部隊が出なくなったと言う事は、その必要がなくなったと言う事かもしれません。ひょっとしたら兵糧攻めの方針を変えて、この城を一気に落とすつもりかも。」


と言う。トーマスの言う事だ、考慮する価値がある。俺は念のために領内の各地に散っていたエルフを中心とする増援部隊を城の近くに集めた。流石に全軍で攻め込まれたら城内の6,000の兵士だけでは持たない。いざという時には増援部隊に城外から敵を攻撃してもらって敵の兵力を分散させるのだ。


 だが、味方の兵力は城内の6,000と城外の10,000を合わせて16,000。魔族は人間より強いから、魔族ひとりで人間の兵士10人を相手にできるとしても、対応できる敵は16万までだ。籠城開始時より減ったとはいえ、敵は現在でも20万以上。勝てないとまでは言わないが、分が悪いのは確かだ。


 その時伝令が部屋に飛び込んできた。かなり慌てている。


「お伝えします。エルフの増援部隊が正体不明の敵と交戦中です。敵の数は約5万、ファイヤーボールを防ぐ盾を所持しているらしく、苦戦している様です。」


「しまった!」


と呟いたトーマスが駆け出す。行先は敵の監視に使っている塔の上だ。俺とジョンも後に続く。塔に登り、城を囲んでいる敵を観察するが数に変化はない。すなわち増援部隊と交戦中の敵はここから派遣されたのではないと言う事だ。谷底の道の前に陣を構えている敵なら、いなくなった時点で報告が来るだろうからそれでもない。人間の国から新たに送られた増援部隊だ。しかも対ファイヤーボール用の盾を持っているらしい。魔力の強いエルフのファイヤーボールは人間の魔法使いの物より遥かに強力らしいが、それを防ぐとなると何らかの魔道具かもしれない。明らかにファイヤーボールを主力武器とする増援部隊と戦うことを前提に準備してきたと言う事だ。


 3人で顔を見合わせる。エルフの増援部隊はここに居るのとは別の部隊と戦っている、しかも苦戦中となると援助は当てに出来ない。今攻めて来られたら20万の敵に6,000の兵だけで戦うことになる。その時、ドーーーーーーーン!!! と大きな音が響いた。驚いて音のする方向を見ると、引き上げてあったはずの跳ね橋が堀の上に落下している。しかも驚いている間に巨大なファイヤーボールが橋のすぐそばにある城門に向かって飛んで来るのが見えた。


 ドガーーーーーーン!!!! と耳をつんざく轟音が響き渡る。ここからは見えないが城門が破壊されたのだろう。敵の軍隊が橋に向け駆け足で進軍して来た。橋が降り城門が破壊されているのであれば、そのまま城内に侵入されてしまう。おれは直ちに各部隊の隊長に伝令を送る。状況を伝えるとともに、敵の侵入を防げと言う内容だ。


 塔から降りると、遠くで金属と金属がぶつかる音と兵達の叫び声が聞こえて来る。破壊された城門の方向だ。俺はファイヤーボールを撃てるラミアの兵士10人を連れて橋を見下ろす城壁の上に急ぐ。幸い橋は木製だ。ファイヤーボールで燃やせば敵は通れなくなる。


 城壁の上から見下ろすと、次から次へと敵が橋を渡って城内に侵入して来るのが見える。橋を釣り上げていた太い鎖が左右とも途中で切れている。橋が落ちたのは何らかの方法で鎖を切られたのだと気付くが、どうやって鎖を切ったのかを考えるのはやめた。今は橋を破壊することだ。俺も含め全員で橋を狙ってファイヤーボールを放つ。11個のファイヤーボールが橋に命中し爆音が轟くが、次の瞬間自分の目を疑った。橋どころか橋の上にいる敵兵すら無傷だ。再度攻撃を試みるが、結果は同じだ。何らかの結界で橋を防御しているとしか思えない。


 その後も俺達は何度も橋の破壊を試みたが結果は変わらず、そうこうしている間にも敵の侵入は止まらない。味方の兵士達は勇敢に戦ってくれているが、こうなっては戦況は覆せないだろう。俺達の負けだ...。


 その時、項垂れた俺の肩の上に何かが降り立ち、「クェ~~~ッ」と大きな声で鳴いた。途端に橋に巨大な雷が落ち見事に橋を破壊した。驚いて肩を見ると見たことのあるフクロウが留まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る