16. 将来を考えるソフィア達
(カラシン視点)
あれから10日間は何ごとも無く過ぎた。隊長さんは毎日山に偵察に行き、工事の様子を村の人や俺達に報告してくれた。どうやら遂に谷が山を貫通したらしい。すなわち、南北に走るアルトン山脈を東西に切断する形で谷が出来たということだ。そして谷の底に新しい道が作られつつある。まっすぐな道で、山の反対側が見えるらしい。また、谷の位置は以前の道と完全に重なっており、旧道は恐らく通行できなくなっているだろうとのこと。要するにオーガキングは新しい道を作っているわけだ。道の工事といっていたのは嘘ではないらしい。しかも谷の底を通る平坦でまっすぐな道だ、山を登る必要が無いから通行は格段に容易になる。しかも隊長の話では、馬車でも通れるくらい幅が広いらしい。まさかと思っていたが、人間の国と交易するというのは本気なのかもしれない。
それと、オーガキングが残していった村の護衛だが、着任当日に村長に挨拶に来たらしい。オーガ3匹かと思ったが、ドワーフもいて流暢に人間の言葉を話したそうだ。テントも食糧も持参しており、3日毎に別のオーガと交代するので、村人の世話は不要だと言ったそうだ。こんな場合は、護衛してやっているのだから食糧は村から提供しろと言うのが通常だ。少なくとも人間の軍ならそう言うだろう。俺達人間は魔族の敵のはずなのだが、とんでもなく好待遇だ。
(ソフィア視点)
今日は、マイケルさんも交えて4人で今後の事について話し合いが持たれた。最近はマイケルさんにも慣れたのか、かなり言っている事が分かる様になってきた。議題は、私達が魔族の国の国民になるか、人間の国に戻るかと言うことらしい。オーガキングは魔族の国の国民になりたくない者がいても良い、道の工事が終われば出ていけば良い旨のことを言っていたと思う。だから、まだ選択の余地はあるはずなのだ。
「どっちもどっちなんスよね。」
とマイケルさんが言う。ここに居たら冒険者の仕事は無いから、村の人たちに混じって畑仕事をすることになるだろう。でも、オーガキングから畑を広げることは禁じられているから、将来は自分の畑を持つという夢を持つことはできない。一方で人間の国に行っても、低クラスの冒険者などお先が知れている。冒険者は体力のある若い時でなければ出来る仕事ではない。だから、若い内に老後の資金を貯めて置かねばならないが、低クラスの冒険者は日々の生活に精一杯で、老後のためにお金を貯めるなんて夢の話だ。ここに残るにしろ、人間の国に行くにしろ暗い未来が待っていると言うことらしい。
「なにか専門の知識でもあれば、それを生かして商売でも始められるんスけどね...。」
とマイケルさんが言う。
「あら、マイケルはまだ若いんだから、今から勉強すればいいじゃない。止めはしないわよ。ソフィアちゃんがチームに入ってくれたしね。」
「ケイトさん、それは無いっスよ。」
「冗談よ、でも、本当にやる気があるなら、私達のことは気にしないで挑戦しなさい。私達みたいな歳になってからでは遅いのよ。」
「そうだな、マイケルなら何がいいかな...、体力はあるが、それだけでは冒険者に限らずどんな仕事でも限界がある。今から読み書きだけでも覚えてみるのも良いかもしれないぞ。」
「でも俺は頭が悪いっスからね。だから実家の仕事も継げなかったっス。」
「そういえば、お父さんは薬師だったな。」
「そうス。ギルドにも入っていない零細薬師でスっが。」
「待てよ、薬を作るには魔物の森の薬草が必要だよな。」
「まあそうスね。すべての薬に魔物の森の薬草が必要と言うわけでは無いっスが、高価な薬は間違いなくそうスね。同じ種類の薬草でも魔物の森の薬草は効果が高いんス。」
「その魔物の森が独立国になって、薬草が手に入らなくなると薬師は困るよな。」
「そうスね、我家は安い薬しか扱ってないので困らないスけど。薬師ギルドに入っている様な立派な薬師様達は困るっス。金持ちや貴族に売っていた儲かる薬が作れなくなるっスからね。」
「だったら、俺達が魔物の森の薬草を売るのはどうだ? オーガキングは森の木を切るなとは言ったが、薬草を取るなとは言っていない。オーガキングの方針次第だが、もし、オーガキングが森で薬草を採取できるのは魔族の国の国民だけと決めたら、俺達が人間の国への薬草の販売を独占できるかもしれない。間違いなく大儲けが出来るぞ。」
「薬草の採取なら、初級冒険者の仕事として経験済みっス。薬草の区別くらいは付くス。良い商売になるスかも!」
「それよ! オーガキングは人間の国との交易を望んでいるんだから、薬草を売るなとは言わないと思う。でも、だからと言って国外の者に自分の国で好き勝手をさせたくはないはずよ。やってみる価値はあると思うわ。」
「それじゃ、俺達はこのまま魔族の国の国民になるので良いな?」
「あ、問題がひとつあるっス。薬草の採取は俺達でできるとしても、加工法が分からないっス。どの部位を捨ててどこを残スっか、天日で乾燥させっスか、火で炙るっスか、油に漬けるっスか。新鮮な内に加工しないと効果が低下する薬草が多いスから、売るとしてもここで加工する必要があるス。」
「マイケルは知らないのか? 実家が薬師なんだろう?」
「残念ス。うちは珍しく自分の家で薬草を加工していたんスけど。俺のぼんくら頭にはやり方なんて残ってないス。」
「くそ、誰か加工の方法を知らないかな。いや、ひょっとしたら村の人達の中に知っている人がいるかもしれん。」
「わたし、しってる」
と思わず発言していた。薬作りは唯一お母さんが自分と同等と認めてくれたものだ。その誇りが口を出させたのかもしれない。
「知ってるって、ソフィアは薬の作り方だけでなく、薬草の加工法も分かるのか?」
「わかる、わたし、やくそう、さいしゅして、じぶんで、くすりつくった」
「やったじゃない。問題解決よ。後は...そうね、オーガキングに許可をもらっておいた方が良いわね。護衛のオーガさん達に相談したら何とかなるかしら?」
(マイケル視点)
冒険者になって5年、自分の実力が大したものじゃないと分かり、早くも人生の先行きが見えて来た時、なんと実家と同じ薬関係の仕事をする可能性が出て来た。人生とは分からないものだ。もっとも、まだ "可能性がある" というだけの話だ。だけど本当にビッグチャンスかもしれないぞ。
ケイトさん、カラシンさん、それにソフィアちゃんと一緒に、村の入り口に立っている護衛のオーガに薬草採取と販売の許可をもらいに行く。村長の話では、護衛の内ひとりはドワーフで人間の言葉を流暢に話したそうだ。ドワーフの一族は鍛冶が得意で、自分たちが作った武器や農具を通じて人間とも取引があったから、人間の言葉を話せる奴もいるのだろう。ひょっとしたら、わざわざ言葉を話せる者を選んで護衛に付けてくれたのかもしれない。でも近づいて、いきなり襲われたらどうしようと思う。なにしろ俺達はケイトさんの指示で武器は持っていない。敵対する意思は無いことを示すために武器を持たないで行った方が良いとなったのだ。
「今日は、初めまして。私はカラシンと申します。お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
とカラシンさんが護衛達に堂々と声を掛ける。すごいな、俺なんかオーガを前にすると怖くて震えがきた。でもいつもカラシンさんの陰に隠れているソフィアちゃんまで、今日は怖がっている様に見えない。やっぱりいつも怖がっている様に見えるのは、カラシンさんに抱き付くための口実なんだろうか。あれほどの美人に好かれるなんて羨ましい限りだ。
「ああ、いいぞ。俺はトクスだ。何が聞きたい?」
と護衛に混じっていたドワーフが流暢な人間の言葉で返してきた。ドワーフは身長が低いから、隣に立っているオーガと比べると子供の様な印象を受けるが、その態度は堂々としたものだ。隣のオーガ3人も、服装も変わってはいるがちゃんとしたものだ。腰に魔物の皮を纏っただけの村を襲ったオーガ達と違いがあり過ぎる。
「じつは...」
とカラシンさんが用件を告げる。トクスさんはそれを聞いて護衛仲間のオーガと話を始めた。少し悩んでいる様だ。
「薬草を人間に販売するのは問題ない。人間の国に売りに行くのも自由だ。森の中で薬草を採取するのも、原則的には問題はないのだが、魔族の中には人間を恨んでいる者が多くてな、森の中を人間がうろついていると危害を加えようとするものが出てくるかもしれない。俺たちがここにいるのもその為だからな。というわけでな、この付近の森ならともかく、遠くに行かれると安全を保障できんのだ。」
魔族は人間を憎んでいるか...確かに魔族から見れば人間がしてきたことは侵略以外の何物でもない。自分たちの土地を追われた者も多いだろう。恨まれていても不思議ではない。俺達の計画は最初から頓挫してしまった様だ。
「まあ、そうがっかりするな。我らが王は、理由もなく人間に危害を加えてはならないとお触れを出された。この前の様にそのお触れに反発してこの村を襲った不届き者も居るが、あれは例外だ。王の威光がすべての魔族に浸透すれば、不届き者も居なくなるだろう。それまでの辛抱だ。」
とトクスさんは俺達を励ましてくれる。こいつはいい奴だなと少し嬉しくなる。
「この辺りなら薬草をとっても良いんですか。」
「そうだ、俺達が不届き者が入って来ないか、この魔道具で見張っているからな。」
と言って台の上に置かれた道具らしきものを指さした。直径50センチメートルくらいの円盤状で、表面は鏡の様に平らで、真っ黒なガラス質のもので出来ている。
「こいつは、ラミアの一族が作った魔道具でな、半径3キロメートル以内に居る魔族や人間を感知して居場所を教えてくれる。ラミアはこういう魔道具を作るのが得意なんだ。俺達はこれだ。」
と言って円盤の中心を指さした。そこには真っ黒な表面に緑の光点が4つ点滅している。その傍には赤い光点が4つある。
「緑の点は俺達護衛で、俺達の傍の赤い光点4つはお前達だ、この辺りに赤い光点が沢山集まっているのは村人達だな。この身分証を持っているものは緑に、それ以外の物は赤で表示される仕組みになっているんだ。」
と言ってポケットから、小さな板状の物を取り出して見せてくれた。
「これもラミアが作った魔道具でな。本人の魔力パターンとこの村の関係者であるという情報が登録してある。これを持っていれば緑の点、持っていないものは赤の点として表示される。本人の魔力パターンを登録してあるから、他人の物を奪っても使えない。俺達はこれを使って侵入者が来ないか見張っているわけだ。
お前たちの身分証も、もうすぐ届くと思うから、できれば薬草を取りに行くのは身分証を受け取ってからにしてもらうとありがたいがな。それなら村の者かどうか光点の色ですぐに判別できるからな。」
「分かりました、薬草の採取は身分証をいただいてからにします。色々と教えていただきありがとうございました。」
「いいってことよ。まあ、同じ国の国民として仲良くやろうぜ。」
カラシンさんがお礼を言うと、トクスさんが気軽な感じで返してくれた。俺達はトクスさんやオーガの護衛達に頭を下げてから村に引き返した。
(ソフィア視点)
「薬草を採取できるのがこの付近だけとなると、この計画は諦めた方がよいのかしら。」
帰る途中でケイトさんが独り言の様に口を開く。そうだよね、魔族に襲われる危険を冒してまで採取をしたくない。でも、私は森で魔物に襲われることはあっても、魔族に襲われたことは無い。お母さんが何かしてくれていたのだろうか?
「やくそう、さいしゅ、まぞくに、たのむ。ほうしゅう、くすり、わたす」
私の感覚でしか無いけれど、お母さんの元を訪れる魔族の人たちとは何度か話をしたことがある。私のことを敵視している感じはしなかった。もちろん、人間を憎んでいる人もいるのかもしれないけど、協力してくれる人もいる様な気がする。それに、精霊の作る薬は魔族の人たちがいつも欲しがっていたものだ、私はそれと同等の物を作ることが出来るのだ。薬草を採取してくれることに対する報酬として使えるのではないかと思う。
「魔族を雇って薬草を採取してもらうってこと? そんなこと出来るかしら? だって私達は恨まれているんでしょう...。」
「わからない、でも、やってみる」
と言ってみると、カラシンさんが私に続ける。
「まあ、ソフィアの言う様に、諦めるのは少し早いかもしれないな。もう少し状況を確認してから判断した方が良くないか。考えてみれば俺達は先走り過ぎだ。まだ魔族の国を人間の国が認めるとも限らないんだ。戦争になるかどうかは別にして、商売が成り立つかどうかも分からない。今の状況だと、人間の町に行って魔族の国から薬草を売りに来ましたと言ったら最悪逮捕されるかもしれないし、人間の商人や薬師ギルドの薬師達だって、魔族の国に行ったら殺されると思って薬草を買いに来ないかもしれないぞ。人間の国と魔族の国の関係がどうなるか分かるまでしばらく待った方がいい。」
「そうかもしれないっスね。でも、薬草の商売が始められるまで食い繋ぐ為には何かしないといけないっス。町に戻って今まで通り冒険者の仕事をするのはどうスか?薬草を人間の国に売りに行っても良いといってたスっから、人間の国に出稼ぎに行くことも出来るのかもしれないっスよ。」
「何言ってるの! 悠長なことを言ってたら誰かに先を越されて、私達が薬草を売ろうとしたときにはすでに販路を押さえられてたってことになりかねないわよ。大儲けするつもりならリスクを取らないと!」
「それならとりあえず、この付近の森でとれる薬草から販売を始めてみないか? 俺達で町まで売りに行くんだ。もちろん魔族の国の国民になったと言うのは秘密にする。魔物の森の薬草だとは言うが、採取したのは昨年と言う事にしておく。加工した薬草は何年も保存できるんだろう、だったらこの言い訳も通じるんじゃないか。そうやって販路と伝手を作って置けば、後で本格的に販売を始める時にも役に立つだろう。」
「折衷案ってわけね。まあいいわ、しばらくはこの辺りの薬草だけで様子を見ることにしましょう。お金を儲ける方法だって、薬草だけではないかもしれないしね。色々考えてみましょうよ。」
というわけで、今一理解はできなかったが、話はまとまった様だ。
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