22.王子のログアウトをご所望の上司様

 翌朝、図書塔に行くと塔の近くに何やら人がたくさん集まっている。バイエさんに聞いてみたところ、昨晩いきなり王子殿下からの命でここに調理場を作ることになったらしい。


 突然のことに驚いてハワード侯爵にお話ししたところ、侯爵が言うにはエドワール王子の仕業のようだ。


 アフタヌーンティー用のお菓子を作るのなら侍女寮の調理場を借りるのではなくて塔の近くで作った方がやりやすいだろうというご厚意のようだ。


「ディラン、俺に感謝しても良いのだぞ?」

「何のことだ?このポンコツ王子」

「ここに調理場を作ればシエナちゃんが作った出来立てのお菓子が食べられるじゃないか?」

「どうせ図書塔ここを都合の良いサボり部屋にするためにフェレメレンに作らせる気だろう。陛下には報告させてもらった」

「何?!このチクリ魔め……!」


 民からの税金を何に使っているのやら。

 ああ、この国の将来やいかに……。


 私は遠い目で彼らを見守る。


 それにしても国王陛下に気軽にお手紙を書けるとは、やはり王家とのつながりが強いハワード公爵家の出身となると数ある貴族の中でも扱いは別格であるようだ。


「当り前だ。私の部下に不要な雑務を増やされては困る。そう言うのは城の使用人にさせてくれ」


 あ、その言葉ちょっとグっとくるかも。

 なんやかんやで私の業務量は気にかけてくださっているのね。


「へーへー。まあ、好きな時に使ってよ、シエナちゃん」

「ご厚情痛み入ります。王子殿下がお見えになる日はこちらで作りますね」

「せめて事前に連絡入れろよ、エドワール」


 ハワード侯爵は溜息をついた。


「で、今日は囚人殿は元気?用があるんだけど」

「全く、王子殿下が何度も会っていい相手ではないぞ?」


 ピリッとした空気が立ち込め始める。

 

 エドワール王子、今まで姿を見せなかったのに急にノアに執着するなんてどうしたんだろ?


「ディラン、お前の心配していることはわかる。だが、ずっといるシエナちゃんも大丈夫なのであればもう問題はないだろう?」

「何かあってからでは遅い。お前はこの国の将来を担う王族なんだから尚更だ」


 何のことを話しているんだ???

 

 ノアに会って欲しくないにしては、エドワール王子のことを心配しているし、なぜそこで私が出てくるの?


 もしかして、ノアが初日の私にしたみたいに悪戯したらいけないからとか?


「それに、エルランジェ嬢からの頼み事なんだ」


 ……え?


 恐れていた名前に、私の身体がピクリと反応した。


 ここでジネットの名前が出てきているのであれば、彼女はノアルートを開いたということ?

 ノアと逢うために動き出したのだろうか?


 ハワード侯爵の顔をチラと見ると、彼は眉を顰めている。こちらに向けていないが、その眼光の鋭さには飛び上がってしまいそうだ。


「全く、王子殿下にお遣いさせるなど何様のつもりだ。用があるなら自分で来い」

「そう言うわけにもいかないでしょう?聖女じゃないんだし」


 ひぃぃぃ。聖女検証で認められればジネットここに来れちゃうの?


 ノアルート突入確定になってしまうわ。


 ゲームでは建国祭中に聖女検証が行われているらしいけど、もしかして前倒しになっているんじゃ……。


 ダメですよ侯爵。


 エドワール王子を塔からログアウトさせようとしてますけど、ジネットの方をどうにかしないとノアを攻略されてしまう!


「……フェレメレンはここに居てくれ。私は王子殿下をモルガンのところに案内する」

「かしこまりました……」


 どうにかしなければならない。


 なんせジネットはヒロインなのだから、ジネットとノアの交流が深まればいくら聖剣を岩から引き抜けるほどの無双なハワード侯爵でもゲームの抑止力には勝てないはず……。


 乙女ゲームではヒロインという設定が全て。

 彼女たちにはチート並の恩恵が与えられるのにモブには全く甘くない悲しい世界だわ。


 どうしよう。


 侯爵の部屋で頭を抱えていると、シモンが心配そうに獲れたてのネズミを持って来てくれた。


 さすがは王宮に住まう猫様。

 困っている女性に紳士的ですね。でも、お気遣いは嬉しいのですが、お腹が空いているわけではないんです。


 むしろお腹が痛い。

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