第22話 悪役令嬢レート=マクダーナ

 この世界にはその時代の苦難を乗り越えるために異世界から何人もの人物が時折やってくる。


 それは魔王を討伐するために召喚された勇者タイガのような場合が一番多い。


 だが、それ以外にもレートの様に異世界の記憶を持ったままこの世界へ『転生』してくる異世界人も希に現れる。

 その者たちは最初から前世の記憶を持っている場合もあるし、レートのように何かのきっかけで前世の記憶を思い出す場合もある。


 いや、それどころか『人間』ですらないこともあると聞く。

 今回倒された魔王も元異世界人だったのではないかと噂されているが、定かではない。


「異世界人はみんな『スキル』ってのを持ってるんだろ?」

「そうみたいですわね」

「つまりお前も持っているわけだ」


 その言葉にレートは少し目を伏せ、両手で包み込むように持ったコップの水面に目線を落とす。


「私の場合、生まれた時に神殿の『スキルチェック』を受けてわかりました」

「生まれてすぐにスキルチェックなんてするのか。俺たちの周りでそんなことやってる奴はいなかったが」

「普通の人たちは冒険者にでもならない限りやりませんわね。ですが、私たち貴族社会では『スキル』というのは大きな意味を持ちますの」


 望むと望まざるとに関わらず、貴族に生まれるというのは将来的に国を、領地を治めていかねばならない立場になるということとだ。

 なので貴族たちにとって自らの子供がスキル持ちかどうかというのはかなり重要な案件なのである。


「私の家……マクダーナ家というのは王国でも珍しいほどスキル持ちが生まれる一族なんです」


 彼女の本名はレート=マクダーナというらしい。

 マクダーナ家というのは田舎の村人でしかなかったおれですら聞いたことがある名家である。


「貴族にはスキル持ちや転生者が生まれやすいとは聞くな」

「一番スキル持ちが生まれやすいのが辺境伯。次は没落しかけている貴族の元らしいのですが」

「何か法則でもあるんだろうか」

「思い当たる節は前世の記憶の中にありますが」

「マクダーナ家がスキル持ちが多い理由もそこにあるのか?」


 前世の記憶を探っていた様子のレートに俺はそう問いかける。

 彼女は俺の問いかけに小さく頷くと話し始める。


「そうですね。前世の記憶によれば私のいた元の世界では『異世界転生』や『異世界転移』を扱った物語が沢山ありました」


 そんな物語で大抵主人公が転生する先が、先ほどレートが語った辺境伯や没落貴族の子供らしい。

 レートの家はその二つとは真逆ではあるが、王族や身分の高い貴族に転生するパターンも多いという。


「特に私のような立場に転生した場合は『悪役令嬢』というのが定番の一つでした」

「そうそれだよ。悪役令嬢ってなんなんだ?」


 レートはその『悪役令嬢』に転生したせいで突然婚約破棄された上に、位の高い貴族の娘であったにもかかわらず地方へ追放されたのだ。

 本来なら、それほど身分が高い貴族の娘が追放されることはあり得ない。


「悪役令嬢というのは、私の世界で存在した乙女ゲームという女の子が主に楽しむために作られた物語がありまして」


 レートは異世界の知識を持たない俺に、なんとかわかりやすいように説明をしてくれた。

 それによれば彼女は『時の流れの中で3』という乙女ゲーに搭乗する悪役令嬢としてこの世界に生まれたらしい。


 悪役令嬢というのは乙女ゲーの物語における主人公のライバルという立場の人物で、さんざん主人公と衝突したあげく、最終的に悲惨な目にあって退場するという立場なのだそうだ。


 早めに自分が悪役令嬢の立場だと気がつくことが出来れば、そのフラグ……というものを回避できることが多いらしいのだが。

 ただ彼女自身が前世の記憶を取り戻したのは婚約破棄された時だったので、すでに手遅れだったというわけだ。


「まぁ、わかったようなわからないような……それで話は最初に戻るけどさ。結局お前のスキルってなんなんだよ」

「そういえばそのお話でしたね。私のスキルは『土いじり』です」

「は?」


 俺は貴族令嬢の口から出て来た予想外の言葉につい聞き返してしまう。


「ですから私は『土いじり』というスキルを授かったのです」

「異世界からの転生者のスキルって、かなり強力な物ばかりって聞いてたんだが」


 伝説に残る転生者の能力は、それこそ世界にかなりの影響を及ぼした物ばかりだったはずだ。

 地方貴族に生まれた転生者が、一気にその貴族家を上級貴族にまでしたという話も聞く。

 他にもこの国を建国したのも転生者で、今の王族はその子孫という話だ。


「それで、その『土いじり』ってどんなスキルなんだ? もしかしたら強力な土魔法みたいなもんだったり?」

「いいえ、私のスキルではせいぜい畑を耕して、少しだけ成長を促進させることが出来る程度ですわ」

「成長促進って凄い能力じゃねぇの?」


 畑に植えた物がスキルですぐに成長して収穫出来るようになるなら、食料に困らないだろう。


「それが……私のスキルでは精々一年かかる物が半月ほど早く収穫できるようになる程度なのです」

「たしかにその程度だと微妙か。それにそもそも貴族令嬢には畑仕事なんてさせられねぇだろうしなぁ」


 しかし、これからこの地を開拓していくのにはもしかしたらかなり有用な能力じゃなかろうか。

 俺たち三人だけなら必要は無かったかもしれないが、この先ゴブリンやコボルトたちを養っていかねばならない。


 別に彼らは彼らで自由にやるかもしれないが、彼らの村はエルフによって破壊され尽くしてしまっているらしい。

 帰る場所を奪うことで従順にさせるという目的もあったのだろう。

 そして俺たちによってエルフの里も壊滅した……。


 そのせいでゴブリンたちは今現在家もなにもかも失った状態である。

 関わってしまった以上、無責任に放置するわけにもいくまい。

 それに――


「この場所に自給自足の村を作るのも悪くないよな」

「ルキシオス様、もしかしてこの魔族領で国を興すおつもりなのですか?」


 レートは俺の話を聞いて、俺がこの魔族領に国を作ると思ったようだ。


「いや、村だよ村。国なんて俺に作れるわけないだろ」


 俺とエルモが欲しいのは、王国にちょっかいを出されない自由に暮らせる場所だ。

 ゴブリンたちの面倒を見ないで良ければ、エルモと二人この池の畔でゆっくりと過ごしていければそれで良いと思っているくらいだ。


 それにゴブリンたちも今は救済が必要だろうが、そのうち野生に戻っていくことだろう。

 村を作るにしても、あくまで一時的な物になるはずだ。


「さて、それじゃあ明日からゴブリンたちに手伝って貰って村づくり開始だ。レートにも畑作りを頼んで良いか?」

「はい。簡単な畑ならすぐに『土いじりスキル』で作れると思います。多分」

「多分?」

「私、このスキルをほとんど使ったことが無い物で」

「貴族令嬢様だもんな。普通土いじりなんてしないわな」


 それから俺たちはたわいのない会話を少しだけ続けてから眠りについた。

 翌日、予想外の闖入者がやってくるなんて思いもせずに……。


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