第30話 談判

 俺が眠れぬ夜を過ごした次の日。

 ……結局俺は何もできないまま、ミールウスと一緒にベッドで寝て……それで終わった。

 俺は、アホなのか? と思わなくもないんだが、やはり、何と言うか、ねぇ。

 結局寝れなかった俺は、朝になって起きたミールウスが着替えて来ると別れを告げて出ていくのも、何処かぼんやりと頷いて見送る体たらくだった。


 部屋の隅に置かれた水甕みずかめにたまった水を使って顔を洗い、口をゆすいで無理やり目を覚ます。

 こんな幸運はもう無いだろうに、勿体ない……と今頃になって思い至ったけれど、まあ、良いや。

 今はともかく気持ちを切り替えないと……。

 これからの戦争の事を思えば、命を失いかねない状況に突入するんだからと、自分自身に言い聞かせて俺は部屋を出て師匠の部屋に向かった。


 師匠の部屋の扉をノックし、少し間が空いてから応えが返る。

 それから扉を開けた、その途端に、先程までの浮ついた気分が微塵も消え失せた。

 師匠の姿に鬼気迫るものを感じたからだ。

 様子は普段と変わらないどころか、少しだらしなくベッドの上に足を投げ出して座っていただけだったが、その赤土色の瞳に決意がみなぎっていた。


「どうしたんですか?」

「訪ねてきて開口一番がそれかい? ……己の道行きを確認していただけさ」


 指揮権を奪うとかいう話の事だろう。

 静かに、しかし、決意をみなぎらせて語る師匠の凄みとでもいうのか、そのあり様にぞくりとした。

 命がけの事とは言え、一応味方ともいえる人間を殺して指揮権を奪う。

 その事実を今更ながらに思うと、俺の持っている人殺しに対するタブーや、常識はこの人には通じないんじゃないかと考えてしまう。

 生きてきた時代も世界も違うのだから、そう言うものだと思ってきたが、その認識は少し甘かったかもしれない。


 そんな考えが顔に出たのか、師匠は一度俺に視線を寄越して可笑しげに笑った。


「何か言いたそうだね、ロウ君」

「今のままでは烏合の衆なのは分かるんですが、殺してでも奪い取ると言うのが……」

「理を説いても手放さないだろう、ここの連中はごうつくばりばかり」

「ただ、味方殺しってなると色々と面倒になるんじゃないかと」


 なるだろうねと師匠は平然と答える。

 そこまで想定しているのならば、決行するしかないんだろうか?

 いや、まぁ、碌な連中ではないからそのうちの一人を屠っても……とも思うがどうにも戦い以外でそういう事をするのは嫌だ。

 そういう事、つまりは人殺しを。


 しかし、師匠の決意を翻せる言葉は俺からは出なかった。

 もし、嫌だと言えば師匠は俺がその場にいない状態で指揮権強奪を実行するだけだろう。

 俺自身が関わらないのならばそれも良いのかと一瞬思い、俺は慌てて首を左右に振る。

 ……そいつは駄目だ。

 戦い続けた挙句に異世界にやってきて、この世界じゃ無意味な殺生はしたくないと呟いていた師匠に、そんな事をさせるのは忍びないじゃないか。


「別の手は、ないんですか? 戦いとなれば、四の五の言ってられないのは分かるんだけど、その、相手は悪党だと思うんですけど、だからっていきなり殺すってのは」

「……君の躊躇は分からなくはない。しかし、連中で戦になるのかと言う思いはどうしようもないほどだ」


 そこなんだよなぁ……。

 ここは欲望都市、指揮する連中は人を戦わせるのが好きそうな連中ばかりだったが、自分の命が危ないとなれば寝返る事も厭わなそうな連中ばかりだ。

 軽く経歴や性格を探っただけで戦争なんて極限状態に突入しようと言うのには、あまりに不安な面子ばかりなのが印象的だ。

 それを思えばこそ俺は言葉にきゅうした。

 そんな俺を前に、師匠が口を開こうとした……その時、扉を叩く音が聞こえた。


 答えを返す間もなく入ってきたのは、リマリクローラと一緒にいた赤毛の戦士と俺より年下っぽい少年だ。


「邪魔するぜ」

「先日はお疲れ様」


 それぞれにそう声をかけて。


 赤毛の戦士はエルドレッドと名乗り、栗色の髪の少年はキケと名乗った。

 そして、この二人は師匠のやろうとしていることを察してきたのだ。


「酒の席であんな会話をしてたらまずいぜ、何処に耳があるか分からない」

「――基本だな、酒が入って気が緩んでいたか」


 エルドレッドの言葉に師匠は天を仰いだ。

 この二人にまで話が届いていると言う事は、指揮官連中にも話が行っていると考えるべきだろう。

 ヤバいことになった……。

 そんな考えが顔に出たのか、二人は俺の顔を見て心配ないさと笑った。


「欲を見せた事で連中は安堵している。レベル1の化け物だが中身は俺たちとそう変わらない奴だとな。そうなれば蹴落とすのも難しい事じゃないし、何より自分以外の誰かが死ぬならば、そいつのシマを奪えるとな」

「滅私奉公なんてされたら、それこそ気持ち悪がる奴らだよ」


 エルドレッドは思いのほか饒舌に、キケは端的に俺に告げた。

 なるほど、そういうものかもしれない。

 それにしても……横の繋がりも何もあったもんじゃないな。

 俺がそう納得すると、エルドレッドは師匠をその青い瞳で真っすぐに見やる。


「だから、殺して奪うのはやめた方が良い。無駄な軋轢が生まれるし、それを罪としてあんたが蹴落とされる。戦争は甘くない……どうせすぐに投げ出す奴が出てくる。そいつからお鉢を奪えばよいのさ」

「それはそうなんだろうが……」

「かかわりのない戦ならば、あんたが責任を負う事じゃない筈だ。邪神に指揮権をねだって、ゆっくり兵を編成している間に馬鹿な連中は淘汰されているかもしれん」


 エルドレッドの言葉にはっとする。

 そうか、師匠は戦い自体よりも無意味な作戦の結果、死ぬ兵士たちを懸念して事を成そうとしていたのか、と。

 指揮権が欲しいだけならば、邪神に言えば良いのだ。

 この街は欲望、野望を持つ連中の集まりだが、そのトップはあくまで邪神達だ。

 師匠クラスの戦力が邪神に指揮権を望めばすんなり貰えるだろう。

 だが、どうしても時間はかかる。


 今、指揮権を持っている連中がそれを手放すとは思えないし、自分たちの手駒を割いてくれるはずもない。

 師匠の強さは欲望都市に知れ渡っているから、兵の応募すれば相応に人は集まるだろうが、軍としての編成となれば時間がかかるんだろう。

 その時間を師匠は惜しんだんだ。

 だって、師匠が遅れれば遅れるほどに、無意味に兵は死に、邪神の軍が関係ない街へ略奪しにいってしまうかもしれない。

 だが、エルドレッドはそこを割り切れと言ってきた。


「略奪する連中はやらせておけばよい。後であんたが討ち取り軍律をただせば良いんだ。だが、今、無理に指揮官を殺して事を進めても、指揮権を持っている他の連中が敵に回る。前後に敵を抱えるのは得策じゃないぜ」

「利で釣れんか?」

「連中は能力は並でも、欲深さ、執念深さは桁外れだ。足元掬われるぜ?」


 鮮やかに指揮権を奪えば、他の指揮官連中も今度は自分も危ないと言う警戒を覚えるだろう。

 それが敵意に変わり、実際に足を引っ張るようになるともエルドレッドは続ける。

 そんなエルドレッドを師匠は少し訝しそうに見た。

 

「何故そこまで私を気に掛ける?」

「俺は傭兵でね、勝てる戦をしたいんだ。あんたは強いし、気骨もある。それにどうやら戦の経験もある。頭にするのはそういう奴でないと、死ぬときに納得いかん」

「レギーナにも無理はさせないように言われているんだ」


 最後に口を挟んだキケは可笑しげに茶色の瞳を細めさせた。

 レギーナ、欲望都市で邪神に仕える神官の人形。

 だが、自我を得て設定と言う過去を乗り越えた彼女が表立ったこの街の支配者だ。

 確かに彼女は言っていた、邪神達が頭を下げて師匠に助力を願うべきであると。


「レギーナも現状では勝てるとは思っていない。だが、痛い目を見なきゃこの街の連中は分からない。だから、痛い目にあってもらい、あんたに託す形にしたいんだ」

「勝つためにか?」

「勝って生き残るためにだ」


 その言葉を聞いて、師匠は大きく息を吐き出して告げた。


「分かった」


 と。

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