第29話 夜の部屋で

 宴が終わり、迷宮の第五層に宛がわれた客間に戻る。

 結構飲んだはずだが、一向に酔っぱらう気配がない。

 こうして部屋に一人でやる事も無くベッドに横たわると、日中の戦いの情景が脳裏によみがえる。


「殺した、か」


 生き残るためとはいえ、人を殺した。

 その事実が重く肩に圧し掛かってくる。

 アルコールはまだ体を巡っているのか、やたらと自分自身の心臓の鼓動が耳につく。

 全身が脈打つようで何とも変な感じだ。

 血が巡っているはずだから体は暖かくなっているのだろうが、どうにも胃の辺りが重く感じる。


 師匠はこの感覚を、気持ち悪さを忘れるなと言った。

 とても忘れられそうにないんだが、数を重ねると慣れてしまう物なんだろうか?

 俺にはとてもそうは思えないんだが……。

 

 一つ寝返りを打つ。

 寝ている訳ではないから、寝返りと言えるのかと思うのだが、何となく体を横に向けた。

 石造りの壁に木の扉が見える。

 何の気なしに眺めていると、その扉から軽やかな音が二つ鳴る。

 

「開いているよ」


 そう口にしてから、師匠が来たんじゃないかと思って、慌てて起き上がろうとした。

 その間にも扉は開いて、姿を見せたのは師匠ではなかった。

 すっと開いた扉から滑り込むように入ってきたのは、肩辺りまでの白い髪に鳶色の瞳が特徴的なミールウスだった。


 彼女は起き上がりかけた俺を制して、無言のままに部屋入り込めば扉を閉める。


「迷宮内部は治安は良いけれど、不用心ね」


 そう告げて、鍵をかけた。

 ……おい。

 おいおい、おい?

 この状況で鍵とか掛けるのどういう事かな?

 ってか、こんな状況、ゲームか漫画でしか見たことないよ?

 慌てふためき、きっとバカみたいな顔をしている俺を見やって、ミールウスは面白い顔と笑いながら評した。


 いったい何がどうなているのか?

 俺が聞きたい。

 今は別の意味で心臓が煩く感じているし、鼓動を聞かれたりするのはメチャクチャ恥ずかしい。

 ミールウスさん、ミールウスさん、YOUは何しにこの部屋に?

 そんなバカみたいなフレーズが頭の中をぐるぐると飛び交っている。

 

「だいぶ飲んでいたみたいだけど、大丈夫?」

「あ、ああ」


 いつもの黒い鎧ではなく、宴の席だったせいか体のラインがはっきり出るような青地の服を……何て言うんだ? パーティードレス? を纏う彼女は、俺が横たわって固まったままのベッドに腰を下ろし、俺を覗き込んだ。


「……初めて?」


 そして、そう問いかけたのだ。

 ナニガ?

 俺の妄想がはち切れそうになったが、その目を、鳶色の目を見て一気に妄想はしぼみ……。


「ああ」


 そう答えるのが精いっぱいだった。

 あまりに真摯な瞳に、それが人を殺したことを示していると嫌でも気づいたからだ。


「……良く分かったな」

「思いつめた顔、していたもの。それに、旅の間も関わっていたのは化け物ばかりだったようだし」

「なぜ知っている?」

「ロズワグンがちょっかい掛けている相手を、見張らないと思う?」

「……見張られてたのか」

「あなたの師匠を主にだったけどね」


 それで亡霊に出くわした際に声をかけてきたりしたのか。

 確かに言われてみれば、邪神の娘を一人放って置くわけにはいかないものな。


「随分と成長したわね、数か月という短時間で」

「まだまだだ、俺は師匠を超えなきゃいけないんだ」

「それは人生賭けた望みじゃないの?」


 そう笑いながら告げたミールウスの白い指先が、俺の額に触れた。

 冷たい指先は、アルコールに火照った体には心地よかった。


「だから、まだ満足する訳には」

「大きな目標を達成するには、小さな目標を達成して、成功を積み重ねないと。それに……」

「それに?」

「目標を達成した先に、何があるのか考えてる?」


 ……予想外の言葉に俺はすぐには返事が出来なかった。

 師匠を超えたら、俺はどうするんだ?

 いや、簡単に超えられる訳もないし、無理じゃないかと思わなくもない。

 だけれども、俺は心に誓ったじゃないか、師は超えるものだと言った師匠の言葉にそうあらんと。

 だったら、確かに超えた先の展望も持ていないと駄目だ。


「考えていなかった。だけれど、それは考えておかないと駄目だな」

「――ロウ、あなた本当に素直ね」


 ミールウスはいきなり俺に顔を近づけて、笑みを浮かべてそう囁く。

 その囁きを聞いて俺の背筋がぞくっとした。

 嫌悪とかじゃなくて、耳元で囁やかれてくすぐったさを感じたからだ。

 それに、初めて名前を呼ばれた気がする。


 ごく近い距離で鳶色の瞳が俺を見つめ続けている。

 そこにあるのは、やはりどこか真摯な瞳で。

 欲情しかねない状況なんだが、俺は暴走することはなかった。


「辛くなったら、逃げても良い。今回は仕方ない部分もあったけれど、逃げても良いのよ」

「逃げても良い場合は逃げるさ。でも、逃げる訳には行かない時もある」

「……真面目ね」


 どこか困った様に眉根を寄せて笑みを浮かべたミールウスがさらに顔を寄せて、俺の額に唇を押し当てた。

 ……その感触は柔らかかった。


 ミールウスはどうやら俺の心のケアに来たようだ。

 初めて人を殺した俺のケアに。

 確かにこうやって話すだけでも、一人で考え込むよりは気が楽だ。

 だから、もし、俺が、この気持ち悪さから逃れるために襲い掛かったら、受け入れてくれるかもしれないとは思った。

 だが、そんな事は出来ない。

 それはわざわざ様子を見に来てくれた彼女に対する背信だ。


 ……でも、だからって、お話ししてもう大丈夫と帰ってもらうのは勿体ないよなぁ。

 まあ、一人に戻るのは少し心細いし。

 だから、できるだけ冗談っぽく未練たらしいことを言ってみた。


「話したら楽なったよ。ありがとう」

「大したことはしていないわ」

「一人になると考え込みそうだから、今日は一緒に寝てくれない? なんて」


 全然冗談っぽくねぇや。

 セクハラ野郎か俺は!


「別に良いわよ」

「そりゃ無理……ん? 良い?」

「同じベッドで寝てあげる」


 簡単に了承されてしまうとどうして良いのか分からなくなった。

 その場は取り合えず、お礼を言って話をもう少しだけ続けた。

 そして、もうお開きという段になったら、彼女は腰かけていたベッドから立ち上がって、失礼と言いながらベッドに登れば、俺の脇で横になってしまった。


 ああ、そうか。

 俺が黒刀を継承したから色々と繋ぎ止めようと邪神が命令したんだな?

 そうでなければこんな事になっているはずがない。

 お、おのれ、邪神め!

 

 そう言い聞かせているんだけどね、今度は別の意味で悶々としたまま俺の夜は更けていった。

 

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