第28話 強奪

 俺は、あの傷一つ負わなかった騎士が何で退いたのか分からず釈然としなかった。

 戦勝記念とか言って、邪神達が主催するこの宴の最中でも、何であれで奴が退いたのかをずっと考えていた。

 俺の剣は確かに届いたが、届いただけだったのだから。

 工夫が足りない。

 スキルも幾つか変形が出来ないかと試しているが、ヘビーアタック程には馴染んでいない。

 木の器に注がれた薄紅色の酒を口に運びながら、俺は幾つか構えや体捌きを考えていた。


「不機嫌そうだな、師弟共々不機嫌そうで困っている」


 そう声を掛けてきたのは、黒い鎧を着た金髪の兵士。

 見覚えは、ある。

 確か迷宮第五層の守り手であったドゥクスだ。


「主より、気分を害してないか見て来いと言われてな」

「俺は、ええと、気分を害したと言うよりは、剣を振りたい気持ちなんで」

「殊勝だな。随分と活躍したのに、まだ剣を振りたいのか?」

「師匠の手助けをしただけだし。それに、最後の奴は何で退いたかもわからないから」


 だから、剣を振りたいと言うと、ドゥクスは一つ頷いた。


「ヴィジョンのざらつきの理由、今ならば分かる。師弟共々恐ろしい戦士だ。……剣を振りたいのならば手配するが、酒を飲んだ後だ、明日にするか?」

「……ああ、確かに飲んでしまった。明日にするよ」

「分かった、伝えて置く」


 微かに笑いながらドゥクスは視線を師匠へと向けた。

 伝えて置くって誰にだろう? と言う疑問を口にする間も無くドゥクスが先に口を開いた。


「あちらの方が、難儀そうだが……それでも、主よりの命令だからなぁ」


 とボヤくように呟いてから、失礼と俺に頭を下げて彼女は師匠の方へと向かった。

 

 師匠は不機嫌そうだった。

 数百年、この世界で生きていた宿敵が成長した姪っ子さんを勇者として召喚したとか言う、嘘みたいな話を聞かされれば腹立たしいのは良く分かる。

 だが、師匠が不機嫌なのはそれだけが理由じゃない。

 邪神と聖天教の戦いに巻き込まれたから、でもない。

 先程、邪神側の指揮官とでも呼ぶべき連中に面通しをしたからだ。

 はっきり言って、その連中は戦争には素人の俺から見ても、駄目そうだった。


 駄目そうな理由も明白だ。

 連中が選ばれた理由が、欲望都市内の権力者と言うだけだったからだ。

 奴隷を多数そろえている羽振りの良い奴隷商、剣闘士を多数所持している好事家、娼婦や男娼を取り仕切る金満家等々、指揮官かと問われるとはてなマークが浮かぶ連中が雁首を揃えていたのだ。

 そして、そんな連中はまず師匠を誉めた、曰くレベルなどと言う物に依存しない君は素晴らしいと。

 その裏にある物は明白で、レベルが高い者に指揮権を与えろとゴネられても、突っぱねる事が出来る口実が与えられたと彼等は信じている様子だった。

 少なくとも俺はそう感じた。


 そりゃ、レベルが高いだけでは指揮が出来るかは分からない、だけれども前線で戦える分マシだ。

 でも、あいつらは前線には決して出ないだろうし、戦うのは債務とかなんやらで自由を奪われた奴隷や剣闘士たちだろう。

 それが師匠には面白く無い様だった。

 考えてみれば、師匠は軍人だったんだ。

 戦いには色々矜持とか持っているんだろうと俺でも想像がつく。

 だからだろう、師匠の好きそうな人外娘にお酌されようとも、憮然とした表情のまま酒を呷っていた。

 確かに、死なない騎士に止めを刺した立役者の一人が、戦勝の宴でずっと面白くも無さそうにしているのは、邪神と言えども気になったのだろうと思うと、苦笑いの一つも浮かぶ。


 無言で杯を傾ける師匠の元にドゥクスが赴き何やら話しているのを横目で見ながら、俺も木の器にまた注がれた薄紅色の酒を飲む。

 ワインみたいなもんなんだろうが、大分甘いしドロッとしている。

 それでありながら、強めの酒らしいので気を付けないといけないな。

 飲み過ぎたら酷い目に合う。

 そんな事を考えていると、杯を片手に胡坐をかいていた師匠が俺の方を見やって、軽く手招いているのが見えた。

 傍らに立っているドゥクスはその凛々しい顔立ちを少しばかり曇らせている。


「どうしました?」


 俺は杯を置いて師匠の傍に行き問いかけると、師匠は口元を歪めて言った。


「ロウ君、そう言えばここは欲望都市だったね」

「はぁ……?」

「私は自身の欲望に従って指揮権を強奪しようと思う」

「……はい?」


 さらりと今とんでもない事を言ったぞ!?

 ドゥクスの顔を見やると、嘆息を零して頷いた。


「確かにここは欲望都市、赤刀使いの呪術師殿が望めば、大抵の物は手に入り誰も文句は言わないでしょう。上手くやれれば」


 ……法も何もあったものじゃないな。

 俺のそんな考えが顔に出ていたのか、師匠はからからと笑った。

 そして、声を潜めて言葉を続ける。


「ここの連中は欲望に忠実だ。鋼の軍律を守らせるには余程の事が無いと難しいだろう。今のままでは律一つ守れない軍隊などと言う物の役に立たないばかりか、害悪でしかない物が出陣する羽目になる」

「つまり、このままじゃ……?」

「負けるだけならまだしも、戦いに関係ない者達も巻き込み、彼等を敵に回しかねない」


 最悪だな。

 そりゃ師匠が渋い顔をし続けている訳だ。

 俺達は別に邪神や欲望都市を守りに来た訳じゃないけど、魔法職への不当な差別を止めさせるためには、聖天教に一撃を加えないといけない。

 でも、今のままじゃそんな事もできそうにない。

 だから、強奪……か。


 口元を歪めて語っていた師匠が、不意に表情を改めた。

 そして、俺を真っすぐにその赤土色の瞳で見据えながら言う。


「私はそこまでやるつもりだ。だが、君がこんな馬鹿げたことに付き合う義理はない筈だ。戦いの折に君はついて行くと言っていたが、ここまでは想定していなかっただろう?」

「あー……心遣いは嬉しんですけどね、師匠。もう、一人を確実に殺してしまっているんですよ」

「一人殺したからと言って殺し続けるような道行きを行く必要はないんじゃないか? あの気持ち悪さは、拭いきれる物じゃないぜ」

「ならばこそ、ですよ。ゲーム内のPvPでもない、人型のモンスターでもない、人間を戦いの果てに殺した。今ここで止めたらそいつを殺した意味が消える」

「……ロウ君、忘れない事も大事だが、死人に引っ張られるなよ? 大体君が殺った奴は、向こうから攻撃してきたんだから。……ともあれ、だ。君がそう考えているのならば、この先付き合って貰いたい」


 あれほど気持ち悪い思いをしたけれど、俺の意志は不思議と変わらなかった。

 それを知ってか、師匠はそうかと頷いてから、付き合ってくれと頼んできた。

 この辺が、師匠の性格を表している。


「話はまとまった様だな。私は主ナグ・ナウロに呪術師殿の懸念を伝えてくる」

「伝えてくると言うと、ドゥクスさんも参加するの? 強奪に?」

「そうだな、負けるような戦は好きじゃないんだ、私は」


 そう言ってドゥクスはにやりと笑って見せた。

 邪神の衛兵みたいな感じの黒い鎧の兵士と言えども色々だとつくづく思う。

 赤い髪のスクトや白い髪のミールウスもそうだが、このドゥクスも結構良い性格をしていそうだ。


「だが、多分、おひぃ様が一枚噛みたがると思うが」

「ああ……そりゃそうだろうね」


 ドゥクスの言葉に俺が頷くと、師匠が少しばかり首を傾いで。


「何故にかかわる? ロズには指揮権など如何でも良いだろうに」


 と、不思議そうに聞いてきた。

 まさか――鈍感系ですか、師匠……。

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