第24話 死なず

 目の前の敵は、強い。

 俺よりも強い。

 考えを巡らせろ、どう剣を振るのか、どう盾を使うのか。

 出来るだけ早く、正確に考えを導き出せ。

 さもなければ死ぬ。


 視界に端にとらえたのは、銀色の髪の若い騎士が、盾ごと師匠に両断された筈の騎士が未だに戦っている姿だ。

 黒刀こくとうは色付きの刃じゃなきゃ死なない戦士は殺せないと言った。

 だが、ただ体を断つだけじゃ駄目だった。

 普通に切れば良いだけならば、師匠の手に掛かればあっと言う間に話が終わる。

 だが、師匠はまだ最初に切り結んだ相手と戦っている。

 つまり、援軍はない。

 自分でどうにかせねばならない。


 モンスターと戦った事はある。

 人型の奴とだってあるし、目の前の騎士より大型の奴とだってある。

 だけれども。

 人間相手に、殺し合いをするのは初めてだ。


 アビスワールドでならある。

 PvP、プレイヤー・バーサス・プレイヤーはオンラインゲームならば大抵はあるプレイヤー同士で争う機能。

 その上での話でしかない。

 俺は、この世界に来てからまだ一人も人を斬った事は無い、筈だ。

 ……いや、人にそっくりだった生命喰らいとか言う化け物なら斬ったと思うんだけど……あの館でのことは何一つ確証がないから、何とも言えない。

 

 唸りを上げて迫るレイピアの切っ先を盾で逸らしたと思えば、直ぐに離れ二撃目が放たれる。

 それを刃で振り払ったはずなのに、すぐさま三撃目が来る。

 盾でレイピアを殴りつけようと動かした時には、既にレイピアは引っ込められていて、四撃目の突きが放たれようとしている。

 やばい、やばい、やばい、やばい!

 体ががら空きだ。

 俺が黒刀を手繰り寄せるより早く、レイピアの切っ先が俺の心臓を食い破ろうとした、その刹那。

 何か赤い物が動いたと思えば、迫っていたレイピアを横合いから何かがぶつかって軌道が逸れる。


 俺もその好機を逃すはずもなく、一歩下がりながら刃を振るう。

 レイピアを弾かれ斜めに伸びた騎士の腕へと躊躇なく刃を振り下ろす。

 その手応えに、背筋が粟立つ。

 人を斬ったと言う後悔と言うよりは、純粋な気持ち悪さを感じる。

 それでも、吐いたりとか、そんな事する余裕はない。

 湧き起る不快さを飲み込んで、騎士から間合いを取って助けてくれた相手に言葉を掛ける。


「……助かった」

「折角、黒刀を使えるんだ、易々と死ぬんじゃねぇぞ」


 少し離れた場所で騎士を睨み付けている赤い髪の女戦士、スクトがそう言葉を返した。

 彼女の声には堅さがある。

 それは当然だろう、俺も顔から血の気が引く思いだ。

 だって、今必死の思いで斬り飛ばした筈の騎士の腕、その断面から血管らしきものが伸びて、傷口と傷口から伸びた血管と癒着を始めていたのだから。


「ず、ずりぃ……」


 俺は思わずそう呟いていた。


 師匠の相手もそうだったから、当然こいつもそうだろうとは思っていた。

 でも、黒刀ならば死なない戦士も相手に出来ると、邪神殿の主レギーナも黒刀自身も言っていたから、どうにかできると思っていた。

 でも、実際にはそんな事もなく、死に掛けながらも好機を掴み、剣を振って気持ち悪い思いをしたけど、それは徒労に終わる。


 ……どんなモンスターでも、ここまでの再生能力何てなかったし、ここまで徒労感に襲われた事は無かった。


「……お前の様な未熟者に手傷を負わされるとはな」


 苦々しく中年の騎士は言うけれど、俺こそ文句を言いたい。

 何なんだ、こいつ等!

 俺は死ぬような思いをしながら戦っているのに、こいつらは痛い思いはしても死なない……。

 俺は、いや殆どの連中が真面目にやっているのに、こいつらはチート行為をしていやがる。

  ……ふざけんなよ、お前。

 

 そりゃ邪神達は、邪悪だろう。

 人の記憶を勝手に見たり、見せたりもするし、何より欲望都市の状況を見れば、それに怒るのも分からなくはない。

 だから滅ぼせは論外かも知れないけれど、ここを攻めたと言う聖天教の行いが全くの悪行とは思えなかった。


 でも、今は違う。

 そりゃ邪神は悪だろうさ。

 だけれども、この世界で生きて居る。

 死ぬのを恐れ、足掻いてもいる。

 一方の攻めてきた聖天教の聖騎士は如何だ?

 死なない。

 だから傷を負っても苦く思うだけ。

 死なないと言うだけで、全くフェアではない。

 善悪をただし、戦争をしようって言うならば、せめて同じに土台に立てよ!


 ああ、頭に来た……。

 この野郎、ぶった切ってやる……。


「っ!!」

「大振りだな!」


 深く踏み込み振るった俺の一撃は、虚しく空を切る。

 避けた騎士がまるで指摘する様に嘲り、突きを繰り出した。

 うるせぇ、ぶった切る。

 

「落ち着け!」


 盾で突きを逸らした俺に、スクトが言葉を掛けてきたが、俺の想いは変わらない。

 落ち着いたらぶった切れない。

 この野郎をぶった切る。

 でも、確かに、どう、斬れば良い?


 師匠の様には斬れない。

 あれは、あれこそは何十万、何百万と剣を振ってきたから斬れるんだ。

 俺にはそんな物は……。

 いや、試してみるか。


 俺は再度突きを放とうとする騎士に合わせて、腰を少し落とす。

 迫る突きを迎え撃つ様に盾を押し付けながら一歩前に踏み込む。

 レイピアの突きの軌道が変わり首狙いの斬撃へ変わろうとしているのを視認しながらも、俺は刃を突き出す。

 防御をしたって間に合わないし、何よりスキルのキャンセルとかした事ない。


 そして、首筋に冷たい刃物の感覚が感じられた時には、黒刀の突きは白銀の鎧を食い破り騎士の心臓を突いていた。

 首筋から生温かなぬめりが流れ出しているが、そんな事より指先に感じた衝撃に俺は驚いていた。

 鎧を貫くと言う現象、それに対する衝撃にも驚いたが……心臓を突き破った瞬間にこれだと感じた事に俺は驚いた。

 俺が突いたのは、胸と言うよりは腹だったからだ。

 こんな所にある筈の無い臓器を、俺は刺し貫いたと確信したその事に驚いた。

 そして、驚きながらもその核心に揺らぎはなかった。

 

「敢えて踏み込み、俺の斬撃を弱める? ……それにしても、まさか、ヘビーアタックの改良版とはな」


 中年の騎士は驚き目を見開いた後、微かに苦笑を浮かべ、血を吐いた。

 そして崩れ落ちると、二度と動く事は無かった。

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