第22話 継承

 黒い刀を見せてくれると言うレギーナについて行こうとすると、不意に師匠が口を開く。


「そう言えば、ドロテアと言う婆さんについて知らないか? 邪神が知っているとは思わないが、神殿の長ならば何か……」

「――私が知る者の中にはドロテアと言う名の者は奴隷商の老婆が一人いただけです」

「死んだのか?」

「人買いをする程に金の亡者となれど、孫ほどの年齢の奴隷の少女を助けてしまい……」

「人買い仲間に殺されたのか?」

「いえ、その少女に刺されました」


 一瞬、誰の事かと思ったが、この欲望都市に入る前に忠告してくれたお爺さんの奥さんの事だと思い出す。

 そうか、妻も失ったと言うのは奥さんが奴隷商になってしまったと言う意味だったのか。

 と言う事は、もう、何年も会っていなかったんだろう。

 それにしても……。


「因果応報、か」

「刺されて尚、その子を抱きかかえ、見所があると大言を吐いたとか」

「……そうか」

「お知り合いで?」


 レギーナの問いかけに、師匠は緩く首を左右に振った。


「道中で忠言をくれた爺さんの奥方らしい。後で、その顛末を教えておかねばならんな」

「教えるんですか?」

「教えねば未練になる。乗り越えられるか否かは爺さん次第だ」


 師匠は俺の問いかけに応えて、そっと嘆息した。

 そして、黒刀こくとうの所に案内してくれとレギーナに告げた。



 黒刀は神殿の地下にあった。

 クレヴィと言う戦士の墓と共に、寄り添うように石碑の様な墓石に立て掛けてあった。


「彼は私に存在の意味を教えてくれた。邪神の傀儡かいらいと言う設定の私に存在意義を与えてくれました」


 そう告げて、愛しげに優しく墓石を撫でるレギーナ。

 彼女の黒衣は、もしかしたら黒刀の使い手に対して喪に服しているのかも知れない。

 

「母様が言っておった。レギーナは三百年前のあの日に生を得たのだと。設定と言う偽りのしがらみを打ち破り、この地に生を得たのだと」

「偽りのしがらみ?」

「数百年前にこの地に母様たちはやって来た。それ以前の記憶は設定と呼ばれる他者が定めた偽りの記憶」


 邪神達の設定は良く知らないが、アビスワールドの裏ボスだと言うのならば相応の仰々しい設定が定められているのだろう。

 それが突然現実化して、記憶としてはあるが、他者が定めた偽の記憶であると知っていると言う状況は……正直想像つかない。

 普通のNPCならば気づかない事も、もしかしたら邪神と言う設定の所為で分かってしまったのかも知れない。

 例えば、俺が日本で過ごした二十二年間の記憶が偽物だったら?

 ――やばいな、ちょっと怖いくなって来た。

 もう、確かめる術もない過去だ。

 少し顔が青ざめたのか、ロズワグンが呆れたような視線を寄越して言った。


「お主は操者じゃろ。サーバーの顧客名簿に本名も載っているし」

「え? そう言うデータも把握してんの?」

「儂はおぼろげにだがな。……本名は磯山六郎いそやまろくろう? 六男か?」

「俺は一人っ子だよ。いや、正確には分からないけれど……」

「……イソ君? ロク君? イソロク君? いや、やはりロウ君か」


 ……多分、師匠は俺の言葉から気を利かせたんだろうけど、本名を聞いてぶつぶつと大きな声で呼び方を思案し始めた。

 イソロクって俺の現実世界のあだ名だ。

 誰が連合艦隊司令官だ! と良く仲間内でじゃれていたものだ。

 

「結局、設定に囚われて生きていくしかないと思っておりましたが」


 俺達のやり取りを聞きながら、レギーナは小首を傾いで話を続けた。

 設定は言わば彼女にとっては呪いに等しかったのかも知れない。

 いや、邪神にとってもか。


「クレヴィ・アロがそうではないと気付かせてくれたと言う事だな。――欲望都市のあり様も、その設定とやらに則った統治の結果か?」

「邪神達も設定には逆らえない。惰性であれ何であれ設定が規範となる。……話が逸れましたね、墓の前に立て掛けてあるのが黒刀です」


 その言葉に皆が一様に立て掛けてある刀を見た。


 鞘は黒塗りで柄は黒い何かの革が巻かれている。

 日本刀と言うよりは、それを模した西洋剣と言うべきかもしれない。

 師匠の赤刀も柄は動物の皮をなめした者が巻かれているので、この世界で刀と言うとそう言う物なんだろう。

 そいつをみていると、何だか手に取ってみたくなった。


「あの、手に持っても良いですか?」

「構いませんが、刀が認めないと鞘から抜けませんよ?」

「ああ、いや、俺が抜けるとは思えないですけど……」


 流石にそこまで自惚れてはいない。

 苦笑いを浮かべながら、黒刀を手に取る。

 おや、存外に軽いな……。

 何の気なしに、鞘から抜いてみようとすると、するりと黒塗りの刀身が露になった。


「え?」

「なんだとっ!」

「マジかっ!」

「遂に……」


 女性陣の言葉が響いたが、俺は全く別の言葉を聞いた。


 それは落ち着いた感じの男の声だった。

 無論、師匠とは違う、もう少し年上っぽい人の声。


「強さを求めながら、それは復讐の為でも、我欲の為でもねぇ。誘惑に弱いようで強く、臆病でありながら芯の強さを持っているっと。少々前のと毛色は違うが、まあ、良いかぁ」


 何とも上から目線で語り掛けてきたのは、もしかして……。


「刀が?」

「そうだ。と言っても、コイツをコサえたの鍛冶師の思念だがな」

「お、俺が選ばれた?」

「もうちょいしっかりして欲しいが、最近の連中の中ではおめぇさんが一番よ。赤いのを持ってる剣士の方が存分に使ってくれそうだが、赤いの持ってるしなぁ」


 そこは惜しいなぁと刀が告げている。

 師匠と較べられると、そりゃ見劣りするだろうけどさ。

 俺が内心そう思うと、刀がどやしつけるように言った。


「そこは悔しがれ! おめぇさんは強くなりてぇってんだろ? だったら、悔しがれ! っとは言え、お師さんじゃ仕方ねぇかもしんねぇが」

「仕方ないんじゃん!」

「そこは、ほれ! 心構えだって!」


 なんか、軽いなぁ、この刀の性格。


「どうした小僧、ぶつぶつと? それに征四郎は何を笑っている?」


 ロズワグンに問われて、自分以外には刀の声が聞こえて居ない事に気付いた。


「え? ああ……って、師匠?」

「いや、すまん、寄席を思い出して、つい」


 だけど、もしかして……。


「皆には聞こえていなくて、師匠には聞こえているんですか?」

「私の赤刀せきとうは殆ど喋らないし、重々しい口調なんだが、黒刀は職人っぽいんだな」

「何の話だ?」

「クレヴィが言うには、黒刀は意志があり会話を交わせるとか。抜けたのみならず言葉も交わせると言う事は、ロウ様が黒刀を継承したと言う事ですね」


 レギーナは、安堵したような、寂しそうな複雑な表情で小さく息を吐き出した。

 俺はそれを見て、反省した。

 さっき、彼女を作り物と判断した事を。

 

「――来るぜ!」


 そんな俺の気分を全く解さずに黒刀が叫ぶ。

 

「何が?」

「……まさか、奇襲か!」


 俺が思わず問いかけると同時に、師匠は神殿の外を目掛けて駆けだしていた。

 

「敵だよ! この感じ……聖天教の聖騎士様だ! 黒かあの赤いのじゃなきゃ殺せねぇ化け物どもよ!」

「い、いきなり! 何処から!?」

「ええい、何じゃ! 何があった!」


 ロズワグンが焦れたように叫ぶと、神殿の外より声が響いた。


 空から敵が降ってくると。

 ……いや、まさか、死なない戦士とやらが空挺降下をしてくるとは、俺は思わなかったよ……。

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