第21話 黒刀の使い手

 俺達は神殿の奥に向かう。

 苦虫を噛み潰したような顔のロズワグンは、師匠の後ろ姿に声を掛けようとして、躊躇した。

 それを見ていた白い髪の女が師匠に声を掛ける。


「怒らないの?」

「久々に、幾人かの顔を見れたからな。思い起こすのとは違って新鮮だった。……皆、元気でやっていると良いのだが」

「最後は相打ちになった様だが? それに、初撃を外した後の攻撃の速さはなんだ、あれは?」


 次に問うたのは赤い髪の女戦士だ。


「相打ちさ。とは言えども、私は瀕死のままこの世界に来たが、真っ二つにした相手が生きて居るとは思いもしなかった。精々が何らかの思想を継いだ者が居るのかと思っていたんだが……ね」


 何百年と生きていると言う芦屋あしやは、邪神が見せた過去の映像を思い出すと普通の男にしか見えなかった。

 ただ、蛆が。

 その体内で蛆を飼っていたかのように、切断された傷から何匹も転がり出ていたのは、異常だったけど。


「剣の速度についてだが……初太刀に全てを賭ける、気構えで説くには良いんだろうがね。……開く時は三千世界を包むつもりで、閉じるときは方寸ほうすんの内に。これを満と呼び、当流の意地と言うべきものだ」

 

 何人も相手にするときに全て初太刀の様に振るうのは難しいと言う事か。

 その後の言葉も難しい言い回しだけれども、これはただ思いっきり振った、と言う事なんだろうか?


「腹に剣が刺さったのに?」

「生まれてしまえば、あとは死ぬだけ、死ねば大界、我が心のままに。これが兵法第一の心得、そう師より伝授されている」

「……良く聞いておきなさい、あれはスクトにではなく貴方に言っているわ」


 白い髪の女が俺に囁く。

 師匠は質問に答えている様ではあったけれど、いつもと少し違った。

 普段は簡単な言葉で伝えているのに、今この時だけはきっと受け継いだままの言葉で語っている。

 俺は頷きながら、その言葉がどういう意味があるのかを考えた。



 神殿の奥に辿り着くと、俺が予想していた通りの光景は其処には無かった。

 邪神が居並んでいると思っていたんだが……。

 そこには真っ黒いローブ姿の女が一人立っているだけだった。


「ようこそ、邪神殿へ。神殿を管理するレギーナと申します」


 髪の色と同じ金色の錫杖を片手に、優雅に一礼する女には気品の様な物が感じ取れた。

 けれども、何処か作り物めいて見える。


「いかなる用向きか?」

「邪神方に貴方の過去を見せる事で、納得させるためです」

「――何を?」

「来るべき聖天教との戦いに助力願う様に、彼女等に膝を折って貰おうと」


 膝を折らせる? つまり、師匠を相手に邪神達に頭を下げさせるつもりだと言うのか、この神官は?

 驚きを露わにしたのは、俺だけじゃなかった。


「レギーナ? 一体何を言っているのだ?」

傀儡かいらいの人形如きがとお思いでしょうか、ロズワグン」

「そんな事は思わない。それは過去の設定でしかないのであろう? ただ、邪神達に頭を垂れさせようと言うのは……」

「都市の頂点たる方々が行ってこそ意味がありましょう。聖天教の勢力は以前とは、――三百年前とは較べようもなく広がっています。現状を見ずに戦は出来ず、また、こちらの御仁の協力なくば、あの男は止まらない」


 会話の中で出て来た人形と言う単語に、俺は納得した。

 確かに目の前の女は美しく気品があるが、それはやはり作り物だったのだ。

 或いは、自我を得て取得したものかもしれない。

 過去の設定とロズワグンが発言した事から、現状は違うんじゃないかと推測は出来た。


「あの男、芦屋あしやは三百年前はどの様にして攻めてきた?」

「幾人かの死なない戦士を引き連れて、一国の軍と共に攻め入りました。一国の軍だけならばどうとでもなりましたが、星の位置が良くなく、邪神方の力を束ねても彼一人に届かず、逆に抑え込まれておりました。後は死なない戦士を筆頭に国軍が暴れまわり、敗北続き」

「――星辰せいしん正しき時に、か」

「……それは?」

「奴の望みを叶える時節を表した言葉、らしい。三岳みたけ曹長、私の元部下がその文言を手紙か何かで見たそうだ。邪神の力を封じ込める程とはな……その星の位置が再び巡ってくるわけか」


 そうだ、ナグ・ナウロは言っていた、そろそろ時が来る。三百年前と同じように、と。

 師匠は真っ直ぐにレギーナを見やる。

 そして、微かに眉根を寄せて問いかけた。


黒刀こくとうの使い手とは?」

「クレヴィ・アロ、そちらの青年と同じく操者の一人。彼が無ければ今の欲望都市は無かったでしょう」

「既に故人か?」

「操者と言えども人間。人形である私とも、邪神とも、そしてあの男アシヤとも違います。時の流れには勝てません」

「その黒い刀はどうした? この地の猛者が狙わないとは思えんのだが」

「扱おうにも、刀がそれを許しません。赤刀せきとうもその様な存在であると聞きましたが?」


 やっぱり、黒刀使いのクレヴィって人は、師匠並の強さはあったんだろうか?

 同じプレイヤーだけど、状況が違えば鍛え方もきっと違っただろうし。

 それとも、何か特別な職業だったのかな?


「その、クレヴィさんはどんな職業の方で?」

「貴方と同じ戦士ですよ。レベルは50過ぎくらいでしたか。そう話すと大抵の者は鼻で笑いますが」


 俺はその話を聞いて、心底嬉しくなった。

 レベルはまあ目安にはなるけど、絶対じゃないのは師匠を見れば一目瞭然。

 だけど、違う世界から来た師匠と自分はどこか違うんじゃないかと言う恐怖みたいなのがあった。

 それが、解消されたからだ。

 同じプレイヤーで、そこまで強くなれるんなら、俺だってまだまだ強くなれる!


「レベル50過ぎで大活躍って……じゃ、じゃあ、やっぱり途中で気付いて自分で鍛え直した人なんですか?」

「ええ、転移してから欲望都市に来るまでの十年近く山籠もりしていたとか」

「ほう、そいつは凄い」


 師匠も素直に感嘆の言葉を発していた。

 俺自身は抑え込んでいたつもりだったけれど、赤い髪の女戦士が脇腹を小突いて行った。

 

「お前、余程嬉しいんだな」

「う、うっさい」


 その様子を見ていたレギーナは、初めて楽しげな様子を見せて告げた。


「黒刀を見てみますか?」


 と。


 それが、俺の運命を大きく動かす出会いとなるとは思いもしなかった。

 ただ、自分も強くなれる可能性があるとはっきりした事だけで嬉しかったのだから。

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