第20話 幻影
欲望都市は表層の都市部と迷宮都市部に分かれている。
外壁に覆われた表層の都市部の奥に、邪神殿と呼ばれる壮麗な建物が立っている。
壮麗なだけで、どこか空虚な石造りのその建物は、ギリシア辺りの神殿を模して作っているらしい。
当然、アビスワールドの設定だが。
石の柱が立ち並び、祀る者とてない神殿は、実在する邪神達が寄り合いをするときに使うらしい。
神殿の周囲に俺達が足を踏み入れた。
そこは迷宮都市の各階層を守る邪神兵が、周辺の警備に当たり空気が重々しい。
ひんやりとした風が壁のない神殿内から吹き掛けて来る。
が、そんな空気を気にせずに、師匠は臆することなく神殿前に進んで行く。
そして、声を上げた。
「来いと言うから来たが、いかなる用向きか!」
「
「いかにも」
「入るが良い」
師匠が声に従い神殿内部に足を踏み入れた。
途端に、見知らぬ世界の映像が俺の眼前に映し出された。
まるで、DVDの再生でも始まったかのように。
着流しと言うのか、シックな浴衣みたいな姿の師匠が縁側で寛いでいる。
脇には……美人画と言うのか、美し女性の描かれた掛け軸みたいなのが広げてあった。
絵はよく見たら、狐耳が生えているから、まあ、人外だ。
この映像が事実なら本当にブレないな、この人。
「伯父さん!」
女の子の声がする。
庭先に不意に10歳位の少女と師匠より少し若いの男の人が入って来た。
男の人の服装は、スーツだった。
「すみません、義兄さん。桜子がどうしてもと言うので」
「いや、訪ねてくれるのは嬉しいものだ。さ、立ち話も何だ、上がりたまえよ。獅子屋の羊羹があった筈だ」
弟さんかと思ったけれど、実の兄弟と言うと少し感じが違うから妹さんの旦那さんと言う所かな?
師匠が掛け軸をするすると巻いてしまえば、彼等が屋内に入っていく。
そして、不意に映像が切り替わった。
軍服を着た師匠の目の前に血だらけの若い兵士が二人の女の子を預けようとしている。
「
「た、隊長殿……頼れる者が自分には貴方しか居なかった……どうか、この子らを」
「母御が連絡が付かんと言っていたが……潜入捜査か?」
語りながら一歩近づく師匠を怯えた様に見上げる少女達。
だが、師匠は其処から視線を外して、若い兵士の背後を見据えた。
「傷は?」
「致命傷では、ありません」
「そこで休んでおれ」
三人とすれ違いながら刃を抜いた師匠。
その視線の先には……黄色い軍服を纏い、同色のガスマスクを付けた異様な連中だった。
「おおよそ皇国軍の者とは思えんが……まあ良い、元とは言え私の部下を良くも痛めつけてくれたな」
「
ガスマスクの向こうからくぐもった声が響いたが、師匠は全く聞かずに、これっぽっちも聞かずに刃を振るった。
振り下ろされた刃から
途端に、場面がまた変わる。
師匠と今一人、同じくらいの年の人が二人で蕎麦を食べている。
互いに軍服姿だから同僚だろうか?
昔ながらの食堂みたいな所で、ラジオから流れる歌を聞きながら蕎麦を啜る二人。
外は雪が降り始めている様だった。
「
「儀仗用の兵の訓練と言う名目であそこまでやるとは……」
「徹底して潰さねば、皇国の存亡にかかわる。折角、一神教連合の連中と停戦合意が成され様と言う時期に……」
「停戦か。また英連帝のスタウトが飲めるようになると良いんですがね」
「黒麦酒か? どうも麦酒は舌に合わん」
師匠が敬語だから相手の方が階級が上なんだろうな。
しかし、一部不穏な話があったが、結構普通のサラリーマンみたいな会話もするんだな。
「親父! 蕎麦湯をくれ」
「私にも頼む」
「へいへい、今お持ちしますよ」
そんな会話のやり取りを聞いていると、不意にラジオから男の声が響いた。
「緊急速報です。帝を傍で支えるはずの近衛第一師団が謀反。繰り返します、近衛第一師団が謀反。皇都の皆さまには、家を出ず自宅にて待機をお願いすると軍務省より」
「――先輩、私達はいつ謀反を企てましたかね?」
「先手を打たれた、か」
驚いて目を丸くしている蕎麦屋の親父から蕎麦湯を受け取ると、互いの蕎麦猪口に湯を注いで、二人は杯を交わすように飲み干した。
「先輩は下戸ですから、こんな感じになってしまいますな」
「ほっとけ。親父、俺達は今日ここには来ていないと言う事にしておけ。後が面倒だ」
「蕎麦屋で自分達の謀反を知ると言うのは中々ない経験だが、間抜けすぎますからな」
師匠が茶化すように告げて代価を置くと、先輩と呼ばれた男も代価を置いて雪が積もりだした店の外へと出て行った。
そして、三度場面が転換される。
雪が降り積もった寺の境内らしき場所で、対峙する二人の男。
一人は師匠だ、軍服にマント姿。
今一人は……インバネスコートを羽織った丸メガネの男。
対峙する二人を見守るかのように数名の偉そうな人たちと、その何倍もいる護衛達がその場にいた。
「馬脚を現したな、芦屋!」
「……ふふ、
ふと、雪が止み月が照らす夜空を過る影があった。
真円の月に照らされたその影は異様。
頭は人の頭に似ていながら胴体は蛇と言う、正に怪鳥。
その怪しき鳥が嘲るように一つ鳴いた。いつまで、いつまでと。
それは、いつまで動かずに向かい合っているのかと言う揶揄のように聞こえた。
風が吹く。真冬の渇き寒々しい風が。
風に乗り怪鳥はまた揶揄するように鳴いた。
その嘲りを風が掻き消した時に遂に互いが動き出した。
裂ぱくの気合が周囲に木霊する。
丸メガネの動きは尋常で無く速い!
恐るべき速度で踏み込み間合いを詰めようとした丸メガネだったが、師匠もまた尋常ならざる踏み込みの果てに恐るべき速度で刀を振り下ろしていた。
丸メガネの刀が師匠の腹を突くが、師匠の刀は丸メガネの身体を断てなかった。
丸メガネは半身をずらしてその一撃を避けたのだ。
だが、丸メガネは全く勝ち誇ってはおらず、慌てた様に飛び退る。
師匠の刃は、先程黄色い兵士を切り殺したように、振り下ろしと同様の、いやそれ以上の速さで斜め水平に振るわれていた。
丸メガネの顔に驚愕が浮かび、その身体は左右に断ち切られていた。
腰から上下に別たれ血が迸る中、丸メガネの傷口からは丸々と肥えた蛆が鮮血と共に溢れ出ていた。
何とも悍ましい光景に、俺は気持ち悪さを覚えた。
「見事……」
「……恐るべきは判官流か。その身のこなしは、正に一流……」
上半身だけの丸メガネが師匠の剣を褒めたたえると同時に、師匠も丸メガネの身のこなしを誉めて倒れる。
……え? 相打ち?
俺がそう驚く間もなく、全ての映像は終わったのか、またただの神殿が広がるばかりだった。
……邪神達は、また勝手に師匠の過去を見たのか?
いや、俺達も見せられたのか?
そう思うと、ふつふつと怒りがわいてきた。
あまりに、あまりじゃないか!
「そう怒るもんじゃ無い。邪神などと呼ばれても、芦屋一人が余程怖いらしい」
神殿の奥から赤土色の瞳が、少しだけ優しげに俺を見つめてそう諭すように告げた。
だから、やっぱり、あれは師匠の過去だったんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます