第19話 異変

 ベル・ベルスとナグ・ナウロが選んだ強者による神前決闘はこうして終わる。

 師匠が傷を癒すために治療師の所に向かう為にコロセウムを去ってから、観客からレベルワンコールが響き始めた。

 最強のレベル1、オンリー1。

 そんな言葉すら響いていた。


「レベルを上げねば強くならない、誰もがそう思い込んでおった。確かに間違いでは無いんだろうが、強さとはそうではないと言う事かの」

「……なんで、レベル上げが必要だって思いこんでいたんだ?」

「アビスワールドというよりはゲームと言う物が、レベルで強さを表したからさね」


 俺の疑問に答えたのは、観客席からこちらに来た羊の角に似た巻き角を持つ蛇めいた眼のリマだった。


 強くなるには色々と努力がいる。

 剣をどう振るとか頭を使うし、筋力だってつけなきゃいけない。

 本来は、修練する事で徐々に強くなるものだが、ゲームではその事を表すために制作者はレベルと言う考えを編み出した。

 現実の代替えだったが、ゲームが進化しほぼ現実と同じような感覚にまで昇華された。

 挙句の現実化である、代替え案の筈のレベルこそが強さに変わったと言う事か。


「とは言え、レベルとかステータスは秩序の構築に一役買っている。誰が定めた訳でも無い世界の根幹として。もし、その枠から外れた者は異端者と呼ばれるだろうが……言い換えれば、神の定めた摂理への反逆者に変わる――」

「それこそ、黒刀こくとうの使い手の様に」


 かわるがわる語る邪神の娘の言葉に俺は思い出す。

 聖天教の教徒の亡霊が黒い刀の使い手を殺せと喚いていたのを。

 黒刀の使い手は、師匠と同じようにレベルに依存しない強さを持っていた?

 それを思えば、邪神ナグ・ナウロが全てをくれてやるからと取り込もうとした意味も見えてくる。

 聖天教に備える為だ。


 聖天教の神、確か黄衣の神か。

 そいつがレベルやステータスを設定した超越者なんだろうか?

 いや待てよ。

 アビスワールドには聖天教なんて設定は無かった。

 この世界で生まれたとナグ・ナウロも言っていたし、どうやらアビスワールドが転移した直後からあった訳じゃない。

 やはり、ゲームの設定とかがこの世界に影響し合った結果かもしれないな。

 

 俺が黙って考え込んでいると、声を掛けて来る者が居た。


「よう、しけた面してんな」

「え?」


 声の方を見ると、いつかの夜に見た赤い髪の女戦士が立っていた。

 その脇には……。


「相変わらず面白い顔ね」


 聖天教の亡霊について忠告してくれた白い髪の女も立っている。

 その二人は最近何度も見ている黒い鎧を揃って身に付けていた。


「なんだ、スクトにミールウス。戻っていたのか? 何故にわしより先に小僧に声を掛ける?」

「……他意はないさ。改めて戻りましたよ、ロズワグン。しかし、俺達の到着を待つまでもなく初戦が終わっちまうとはな」

「他意はありまくりじゃろ、なんか。……まあ、見立て通り征四郎が働いたのじゃ」


 ロズワグンは胸を張って答えると、すかさず隣のリマが口を挟む。


「ねぇ、ロズ。征四郎さんをうちにくれない?」

「やるか!」


 仲が良いんだな、こいつら。

 少し呆れながら、もう一方の二人組をちらりと盗み見ると、白い髪の女の鳶色の瞳と視線がぶつかってしまい、慌てて視線をあらぬ方へと向けた。


 そうこうしていると、師匠が戻って来る。

 赤く染まった衣服はそのままだが、破れた個所からは包帯が巻かれているのが見えた。


「傷、どうですか?」

「浅い裂傷ばかりだ。内臓までは届いていない」


 俺の問いかけに事も無げに返す師匠だが、それって結構深くない?


「筋繊維はくっつけて貰ったからな。数日で治ると言う話だが」


 アビスワールドと違って、ここでは回復魔法を使っても瞬時には回復しない。

 いや、高レベルの回復魔法ならば別かも知れないけれど。


 回復魔法やポーションを使えば、痛みだったり毒だったりと言った不具合は治せるが、怪我は治りを早くするのが関の山だ。

 それでも重宝がられるが、治療師の殆どは聖天教に所属しており、欲望都市に居るのはアビスワールドでは暗黒神官の職業だった者やその末裔くらいしかいない。

 暗黒神官は攻撃に特化した回復者なので、高レベルでも普通の神官と似たような回復魔法しか使えない。


 ポーションはと言うと、作れる錬金術師が迫害されている所為か、一般的に値段が高騰しており、早々に買えないと言う問題がある。

 ただ、欲望都市では逃げ伸びた錬金術師がポーションを作っているので、大分安価だ。

 ロズワグンが旅に携行できるたのも、そのおかげと言う訳だ。


 戻ってきた師匠は増えている二人組に一瞥を与えると。


「ああ、あの時の」


 と言ったものだから、知り合いかと問おうとしたら……。


「お弟子さんと違って気配に聡いわね」


 と、白い髪の女も答える。

 それって、俺達と何処かで会っていると言う事か?

 首を捻る俺を見て、赤い髪の女戦士が肩を竦めながら告げた。


「一緒に見てただろう? ロズワグンとこっちの旦那が戦う所を」

「え? ……まさか、あの時の二人組?」

「漸く気付いたの?」


 気付くも何もアンタ等ヘルムで顔隠してたじゃないか。

 と、言いたかったんだが、殆ど初見の師匠が気付いている時点で言うだけ、格好悪いから黙って置いた。


 師匠が戻って来たので、俺達は場所を変えようかと話し合っていると、コロセウムに声が響く。


「邪神ナグ・ナウロの娘ロズワグンとその一行、と言うよりは、赤い刀の使い手は急ぎ邪神殿に来るように。繰り返す、赤い刀の使い手は急ぎ邪神殿に――」


 綺麗で澄んだ女の声だったが、声だけで人に恐れを抱かせる様な感じも受けた。

 事態が飲み込めなかった俺だが、リマが天を仰ぎながら告げた。


「こりゃ、序列争いのお祭りも中止かねぇ」


 面白い催しだったのにと嘆きながら、ねめつける様なじっとりとした目つきで師匠を見やるとリマは笑う。


赤刀せきとう使いとまでは気付かなかったよ。きっと、かか様をはじめとした邪神達が取り込みに来ると思うけど」

「私としては色仕掛けで来られるならば、娘達の方がより歓迎なのだが」

「あら、お上手。でも、邪神達は皆美人だよ?」

「美しければ、或いは若ければ良いと言う物でもない。男心も存外に面倒なものだ」


 そう言葉を返して、欲望都市の邪神殿と呼ばれる場所へ向かって歩き出す。

 リマは一瞬ポカンとした顔をしたが、その後に豪快に笑った。

 そして、ロズワグンを見やって口元に笑みを浮かべて告げた。


「ほぅら、ついて行きなよ! ぼやぼやしてると置いて行かれるし、何ならアタシが取っちまうよ?」

「させるか、アホ! い、言われんでもついて行くわい!」

「坊やたちもついて行った方が良いよ。邪神達は皆、えげつないからねぇ」


 慌てて師匠の後を追ったロズワグンを見て、世話が焼けると呟いてから、リマは俺達を見てそう言った。

 欲望都市に何かが起きようとしている。

 その大元の一つが師匠なのは間違いがない。

 俺は足を引っ張る事無く、ついて行けるだろうか?

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