第18話 七撃の宣言

 武闘大会の初戦の相手は、顎あたりから血を流して悶絶しているデカいハゲは闘技場から運ばれて治療を受けている。

 すでに次鋒戦も終わり、中堅戦になっていたが未だに師匠は刀を抜かず基本的に素手で戦っている。

 まあ、戦いと言って良いのか良く分からないけれど。


「レベルが全てを現さない事は知っている。だが、それも魔女狩りから逃れ続けた俺の魔法の前では意味がない!」


 中堅戦の相手である魔術師が叫んで、レベル80代で習得するデスライトニングを放った。

 確率で一撃死が発生する雷光だ、当たれば事だが……。

 真っ黒い雷光が師匠の心臓目掛けて飛んだけれど、迫る雷光を払いのける様に師匠が腕を振るうと赤土色の輝きが煌めいて、雷光は四散してしまう。

 信じられないと言う顔の魔術師の傍まで一気に距離を削った師匠。

 後は、まあ、次のスペルを放つ前に接近されてしまった魔術師の末路は推して知るべしで……。


「圧倒的じゃないか、我が軍は」

「主に師匠がだろ? それに、何でそんな古いスラングを」

「古いとか言うな!」


 ロズワグンは盛り上がっているが、客席は大分盛下がっている。

 そりゃ賭けにならなくなってきているからなぁ……。

 でも、師匠が怖くて誰も文句は言えない様子だった。


「ほぅら、えげつない!」

「エルドレッドが赤っぽい目の旦那はやばいって言ったけどさ、ここまでとはねぇ」


 迷宮の第4層で出会った邪神の娘リマの声と少年の声が聞こえて来た。

 彼等も観客席に居たのだろうが、師匠を見ても恐れる所か楽しげだった。

 やっぱり、一癖も二癖もある奴がこれから出てくるんだろうな……。

 そう思っていたら、副将戦も終わっていた。


「邪神ベル・ベルスのチームは大ピンチ! レベル1の先兵が蹂躙していく!!」


 こっちもやけに楽しそうな実況の声を聞きながら、俺は最初の戦いは無事に突破できそうだと安堵の息を吐き出した。


 5人目、大将戦とはいえこれまでの経緯を考えると師匠の勝ちは揺るがない様に思えた。

 けれど、それは俺の早合点だった。

 一癖も二癖もある奴が出てくる、数日前どころか今しがたそう認識したはずなのに、俺は師匠の強さに浮かれていたみたいだ。

 ベル・ベルス陣営の大将が控えからゆったりと歩いて闘技場に上がった。


 そいつは女だった。

 ミルクみたいな白い肌に薄く青みがかった銀髪。

 額には角が一本生えていてユニコーンみたいだ。

 服装はゆったりとしたローブを纏っているが、問題はその背丈と手に持つ武器だ。

 背は師匠より頭一つ分高い、つまり俺よりも高い。

 胸もデカそうだが、それは脇において……片手で軽く振り回しているのは……槍かと思ったがちょっと違う。

 ええと、何だっけ? 穂先が斬る事に特化した奴は……グレイブ?


「ベル・ベルスの娘、ネイフォロウ、か。あやつは出てこないと踏んでいたのだがなぁ」

「出てこない? 何で?」

「ものぐさだからな」

「なんだそりゃ? それにしても何で邪神の子供は娘が多いんだ……」

「多いも何も、みな娘だぞ?」


 俺とロズワグンの会話をよそに、師匠の前に立ち塞がった女は大きく伸びをしながら告げた。


「初っ端からボクを引きずり出すとは、やるねぇ」


 俺はその一人称を聞いて衝撃を受けた。

 僕っ娘! あのデカさで!?


「小僧、お前衝撃受けすぎじゃないか?」

「だって、僕っ娘のイメージが全く湧かなかったから……」


 師匠は衝撃を受けていないかと目を凝らすと……。


「……」


 初めて腰の刀を抜いて、子供が遊びで棒を振り上げているようなあの構え、トンボに構えた。

 今までの連中とは違う強敵と認めたのか?

 闘技場の観客席も赤錆めいた色見の刀を構える師匠にざわつく。


「何とレベル1の強者が始めて構えた! 赤い刀はまるで欲望都市に伝わる黒い刀を思い起こさせる一振り!」


 実況の解説が響く。

 しかし、黒刀こくとうは伝説になっているのか?

 

 そんなざわめきや実況をよそに闘技場では相対する二人の言葉が飛び交う。


「名前、聞いて良い?」

征四郎せいしろう

「そう。僕はネイフォロウ。君は7撃耐えれば良い。避けるのもオッケー。それ以上は攻撃しないから」

「何故?」

「帰って寝るの」


 ……。

 どういう事?

 やる気ないのか、あの娘は。


「あれがネイだ。ものぐさだと言っただろう」

「いや、でも、どうなのよ、これは?」


 俺がロズワグンに問いかけるのと同じくして、戦いが始まった。


 ネイフォロウがグレイブを両手で持つと同時に師匠が踏み込む。

 あっと言う間に刀を振り下ろすと、金属音が三度鳴り響いた。


「おおっと、電光石火の打ち込みだ! しかし、ネイフォロウはこれを柄や刃先で防いだ!」


 実況が響いて漸く何が起きたのか俺は理解できた。

 あの打ち込みを防ぐ!? 俺なんて一度でぶっ倒れて暫く腕が痛かったんだぞ?

 え? ええっ? マジかよあいつ!?

 

 俺が感じた何度目かの衝撃を誰も気にも留めず、事態は変わっていく。

 三度の素早い振り下ろしを防いだネイフォロウは、グレイブを半回転させて刃先をしならせるような勢いで突いた。

 勢いはあるがそれを避けられない師匠じゃない、事実師匠は脇に一歩ずれて避けた。

 師匠が避けたその刹那に、パッと赤い物が散る。

 それが師匠の血である事に俺は一瞬気付かなかった。


 師匠の服装は軽装だ。

 クラシカルな軍服や外套は武器を防ぐ手立てにはならない。

 そんな事は言われるまでもなく分かっている。

 分っているが、何で一撃を避けたのに脇腹当たりの衣服が破損して血が流れてるんだ?

 

「ネイフォロウの衝撃波を伴った一撃が、遂に恐るべきレベル1の身体に傷をつけた!」


 実況が聞こえて初めて状況を理解できた。

 衝撃波? 音速を越えていたようには見えなかったぞ!?

 しかし、道理で師匠が傷を負う筈だ……。 

 唸りを上げた恐るべき一撃と、それに伴う衝撃波を防ぐには服じゃあまりに脆い。

 

 師匠が血を流す所を見て動転していた俺だが、少しずつ冷静さが戻って来ると周囲を観察する。

 観客たちはにわかに盛り上がり始めたが、対照的なのはロズワグンだ。


「これが……あと6回?」


 呟くロズワグンは食い入るように試合を見ていた。

 彼女が驚くと言う事は、ネイフォロウは普段は力を見せていなかったのだろう。

 それに、邪神の娘と言っても、能力は色々違うようだ。

 ロズワグン相手には割と余裕だった師匠だが、ネイフォロウには苦戦している。

 そう言えば、結構ギリギリだったとロズワグンと初めて戦った時は言っていたから、或いは相性の問題か。

 しかし、これは……。

 もしかしたら師匠が負ける?


 必ず勝ち続けると言うのが幻想なのは分かっている。

 それに負けたとて生きているならば、俺は師匠について行くだろう。

 なんて言うか、師匠の様になりたいからだ。

 1回の負けが何だって言うんだ。

 とは言え、問題は邪神だ。

 ナグ・ナウロに力も無いのに大言を吐いたと思われかねないのは得策じゃない。

 色々と難癖付けられても嫌だから、如何にかしないといけない。

 試合後……負けたならば師匠は怪我をしているだろうから、何とか欲望都市を逃げ出す算段を考えないと。

 

「恐るべきレベル1は再び構える! まだ、終わっていない! ベル・ベルスの娘はどう対処するか!」


 実況に意識を試合に戻される。

 実況のアナウンサーと言うのか分からないけれど、こいつ師匠の複数回の打ち込みも見ていたし、ネイフォロウの衝撃波も見抜いていた。

 ……もしかして、実況さんはめちゃくちゃ強い奴?

 声は爺さんまでは行かないが、結構な年の様に聞こえるけど……。


 闘技場内では、師匠が再びトンボに構える。

 脇腹から血が流れていると言うのに構えると、全くこゆるぎもしない。

 一方のネイフォロウは腰を深く落としてグレイブの穂先を天に向けた。

 間合いを計りながらすり足で距離を縮めた瞬間に、グレイブを振り下ろす。

 唸りをあげたグレイブが師匠を分断するかと思えたが、師匠もまた間合いを詰めながら刃を振り下ろしていた。


 再びの金属音。

 あろう事か、ネイフォロウは振り下ろしていた一撃を無理やり止めて、柄を両手に持ち師匠の一撃を体ぎりぎりで受け止めていた。

 ネイフォロウのグレイブは柄まで金属なのか。

 それを自在に振り回すその力はとんでもない。

 

「……はやいね」

「……」


 師匠は柄ごと斬り捨てようとするかのように刃を押し当て、ネイフォロウはそれを押しのけようと両手に力を込める。

 ある種の鍔迫り合いみたいな状況が続く中、師匠が不意に下がった。

 前に踏み込むようにとんでもない速さで。

 思わずつんのめりそうになったネイフォロウを尻目に、再度前へと踏み込んで、斜め横に回転しながら飛び込んだ。

 その背後に回り込むつもりだ!

 だが、ネイフォロウは転びかけた体勢なのに、大きくグレイブを振り回した。

 唸りをあげたグレイブの穂先を、赤錆の様な色合いの刀身が迎え撃つ!

 大ぶりの一撃に合わせただけの刀身と穂先がぶつかり響く金属音は、しかし、皆の驚きの声で掻き消えた。


「飛んだ! レベル1が己の刃を手放して更に飛んだ! そして、そのままネイフォロウの背に飛び掛かった!」


 実況が叫ぶ。


 刃を闘技場の地面に突き立てグレイブの一撃を防ぎながら、師匠は更にネイフォロウの背後に回り込み、実況の言葉通りに飛び掛かる。

 一瞬、刀の鞘に手をかけたがすぐに離して、右腕をネイフォロウの首にかけながら、全体重を掛けて後ろに引き倒そうとする。

 右手はそのまま自身の左上腕を掴み、左手はネイフォロウの後頭部を押しているようだった。


「ぐっ!」

「……ぬっ」


 だが、ネイフォロウは倒れない!

 金属製の柄のグレイブを振り回す力は、伊達じゃないのか、師匠の背後からの強襲でも引き倒されない!

 呻きながらもグレイブの柄頭を地面に付けて、それを両手で持ち前へと屈みながら師匠を背負うような体勢で耐えている。


 その姿勢でどの程度の時間が経ったのか、不意に師匠が腕を離してネイフォロウから飛び降りる。

 そして、突き立てた刀の所まで戻れば腰の鞘に納めた。

 ……これは?


「落ちた。立ちながら落ちるとは見事なものだ」


 赤く染まった脇腹当たりを気にしながら、師匠はそう告げた。

 確かに、ネイフォロウは最早動こうとしない。

 彼女は倒れる事無く、落ちていた。


「勝ったのはナグ・ナウロの放った先兵、恐るべきレベル1ワン!!」


 実況が師匠の勝ちを告げ中、ネイフォロウの元にベル・ベルスの配下だと思われる奴が駆け寄っていった。

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