第16話 雪の中の刺客

 師匠が語りだした話は、遠い異国の出来事の様でもあり、歴史の授業を思い起こさせる物でもあった。


「何処から語った物か……」


 その言葉を皮切りに話し始めたのは、邪神が歌うように告げた言葉を思い起こさせた。


 雪が降る夜道を歩いたのは、師匠こと神土征四郎かんどせいしろう

 その両手で恭しく持っていたのは、上官である伊田いだ中将の首が入った首桶。

 かじかむ寒さを忘れさせる怒りを胸に、彼が目指すのは反乱討伐のために置かれた本陣。

 それがナグ・ナウロが垣間見たヴィジョンの一つなのは間違いない。

 幻想的とも言えるが、血腥ちなまぐさい事この上ない。

 

 師匠が本陣に向かったのは、反乱を起こしたとされる近衛第一師団の指揮官が責任を取り自刃した旨を伝え、寛大な処置を求める使者の役回り与えられたから、と言うのが表向きの話。

 実際は非人道的な実験を行い、若い兵士の命を数多奪い、近衛第一師団に反乱の罪をかぶせた君側の奸を討つ為の刺客。

 証拠固めの最中に反乱の濡れ衣を着せられ、内戦か、服従を迫られた近衛第一師団が取った苦肉の策が、剣の腕が確かな師匠を刺客としたこの作戦だった。

 師匠の剣の腕と、その精神の在り方に望みを賭けた上官は、その作戦の為に死ぬ事を選び、師匠が首を撥ねて介錯する際にも二度も仕損じる様に命じたと言う。

 首を一撃で切り落とせる様な腕前を持っていないと偽装するために。


「伊田閣下の苦悶に満ちた首を、奥方が清め薄く化粧した。首対面の作法だ。それを受け取り首桶に入れて、一人本陣に向かう私の姿を邪神は覗き見たのだろう」

「……」


 ロズワグンは押し黙って師匠を見ている。

 その師匠、神土征四郎かんどせいしろうは自分の右腕を持ち上げて、天井に翳した。


「剣の腕が確かなものは他にも居る。だが、事が事だけに失敗は許されない。正気にて大業はならずと言う。心に異形を飼う神土に、私は賭けようと思う。そう仰せになられた閣下の意志を受け、私は確かに芦屋あしやを斬った」


 話を聞きながら、まるで昔の邦画のようだと、俺は思った。

 そう思いながらも、その敵役が今度はこの世界で暗躍していると言う話にゾッとする。

 まるで、物語の悪い魔法使いの様じゃないか。


 何とも言えない重苦しい空気が場を支配していたが、ふと気になった事を俺は問いかけた。


「心に異形を飼うとは……?」

「目的の為には帝にも刃を向ける事を躊躇ためらわないさがを持っていた。軍人としては落第点だろう?」

「……ああ。そりゃ、駄目でしょうね」

「知っている人間は黙っていてくれたし、基本的には周囲と目的が一致していたから、目立つ事もなかった性だが……」


 ……師匠はアレだな、普段は普通の人と思われているが、娘がさらわれたとかなったら、96時間くらいで敵の組織壊滅させる感じの人だな。

 映画の主役張れそうだな。

 それにしても……情報の偽装の為に腹切った後の苦しみを長引かせる決断をした師匠の上官とかヤバすぎるな……。

 とてもじゃないけど、俺にはそんな事思いつきもしない。


 その後の話は簡単だった。

 実際には簡単じゃなかった事は良く分かったが、言葉にするとあっと言う間だ。

 本陣で平伏しながら機を伺い、芦屋を斬り殺す事に成功するも、自身も複数の刃に貫かれた。

 そして気付けば、この世界に居たと言う訳だ。


「深淵と呼ばれる場所で、赤刀せきとうを所持していた蛇人間に拾われ、そこで傷を癒しながら言葉と呪術を学んだ」

「蛇、人間?」

「蛇頭人身の老いた剣士……の亡霊だったが。如何やら過去にその様な種族が居り、滅んだらしい」


 亡霊は刀を師匠に託せば、世界を見よと告げて消えたと言う。

 それがかれこれ二年くらい前の話らしい。


 俺なんかと違って想像を絶する生き方をしてきた師匠は、話し終えれば小さく息を吐き出して告げた。

 

「まあ、こんな所だ。こちらでは極力殺生をしない様に生きてきたが……芦屋大納言あしやだいなごんを……奴を討たねば何も始まらない。ただ、何故に奴は邪神を滅ぼそうとしているんだ?」

「分からん。聖天教の創設に一枚噛んでいるとも、操者の何かに関係しているとも言われているが、確かな事は何も知らない」


 師匠が一瞬だけ暗い声で呟くように告げたが、しかし、直ぐにいつも通りの声に戻ってロズワグンに問いかけるも、ロズワグンは頭を左右に振って分からないと答える。

 ……俺は、こんな大事に巻き込まれて大丈夫なんだろうか?

 師匠から距離をあけた方が良いのかも知れないと一瞬だけとは言え、そう考えなかったら嘘になる。

 でも、それをしたら俺は一生この世界で逃げて過ごすだけだろう。

 死んだ親父も逃げるのは恥じゃないが、戦わなきゃいけない時まで逃げるなと言っていた。

 それに……。


「芦屋は私がこの世界に居ると知れば手を打ってくるだろう。このままでは君達に迷惑を掛ける事になるかも知れない」

「……俺、思ったんです。そのアシヤって奴、魔法職の迫害も推し進めたのってプレイヤー同士を仲違いさせて団結できないようにしながら、一方で自分以外の魔法を使う奴を警戒しての事じゃないかって」

「……ふむ?」

「つまり、魔法職への魔女狩りみたいなのを止めさせるには、そいつをどうにかしないといけない」


 本当に芦屋がまだ生きて居るのならば、多くのプレイヤーの命を奪った敵である事に違いはない。

 だったら、相手を詳しく知る師匠と一緒の方が勝てるかもしれない。

 それに、俺はまだまだ色々と教えてもらいたい。

 俺はその事を素直に口にした。

 すると、その後を継いでロズワグンが口を開く。


「儂はどちらかと言えば巻き込んだ方だ。小僧の方も覚悟はできておる様子、今更迷惑がかかるとか言ってくれるな」

「どちらかと言えば、ロウ君をおもんばかっての言葉だったのだが」

「……むむ」

「だが、そう言う話であれば、私も変に気を遣うのは止めよう。これからも宜しく頼む」


 師匠は俺とロズワグンに頭を下げた。


 そして、武闘大会の始まるその日まで、俺達は地下迷宮で鍛錬に明け暮れていた。

 敵がこの世界に居るとしても、何処に居るかまでは分からない以上、師匠は焦らず技に磨きを掛けていた。

 欲望都市を滅ぼす為に何れは兵を率いてくるのだから、確実に殺せるように技を磨くのが肝要だと笑った師匠は、少しだけおっかなかった。

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