第12話 亡霊の野

 欲望都市への道中。


 旅路の大体半分くらいは進んだかと言う所で、師匠はもう何度目か分からないロズワグンの挑戦を受けて、退けていた。

 ロズワグンの師匠との勝負にかける情熱と言うか執念は、傍から見ていると感心する。

 いっその事、同道すれば良いのにと思うんだが、ロズワグンは試合に負けると覚えてろの捨て台詞と共にすぐに逃げてしまう。

 俺の中で彼女の評価は当初の空恐ろしさなど無くなり、ポンコツストーカー、或いは怖くないヤンデレと言った所に落ち着いた。

 

 迫られている師匠はと言うと、これが全く怖がる素振りも無く、むしろ楽しそうだった。

 肝が据わっていると言うのか、何と言うのか俺には良く分からないけれど。

 ただ、いい加減、なんの用事なんだろうねとは俺に肩を竦めて見せる事はあるけれど。


 そんな騒がしい道中だったから、人の気配が無い場所でも、何だかんだと寂しさも感じずに過ごしていた。

 だが、今は違う。

 激しい風が吹きすさぶ中、俺は無言で道を進んでいた。


 こんな事になったのは、何と言うか、先日の峠の屋敷で起きた出来事の始まりとよく似ていた。

 村や民家が無い場所では当然野宿をしているんだが、俺が焚き火の番で起きていると奇妙な声が響いた。

 映画かなんかの戦いのシーンであげる雄叫びの様だと俺は思った。

 師匠は大きな声なのにまるで反応せずに、静かに眠ている事から、奇妙だと思うべきだった。

 俺にしか聞こえていないのではと思い、調べるならば師匠を起こして行動を共にするべきだった。

 峠の屋敷での出来事を思い出せれば、きっとそうしていただろう。


 だが、俺は何故か一人で声を調べるべく、聞こえて来た方に向かってしまった。

 いや、そうしなければいけないと思いこんでいた。

 今にして思えば、それが大きな間違いだった。


 響き渡った雄叫びが聞こえた方へ、聞こえた方へと誘われるように進む。

 周囲の地形は今は大分なだらかだ。

 星明りしかない暗い状況でも、躓く心配もなく俺は進み続ける。

 と、再び雄叫びが響く。

 より近くで、より鮮明に。


黒刀こくとうを持つあいつを殺せ!」

「悪しき力の剣士を殺せ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」


 響き渡る怒声は地面を揺らすかと言う力強さがあった。

 しかし、黒刀こくとうってなんだ?

 師匠の持つ刀は確か赤刀せきとうの筈だから……それに類する物か?


「黄衣の神の敵を殺せ!」

「イア イア」

「不浄を殺し、聖なる神の降臨に備えよ!」

「クフアヤク ブルグトム」

「魔法を使う者は全て殺せ!」

「アイ アイ」

「邪神を殺せ! 魔法を使う操者も殺せ!」


 怒鳴っている連中が、何者か分かった俺の足がぴたりと止まった。

 声を張り上げているのは、聖天教の連中だ。

 だが、それ以上に俺の背すじを凍らせたのは、怒鳴り声に混じる意味の分からない言葉たちだった。

 理解していはいけない言葉の様に思えた俺は、いきなり正気付いたように急ぎ引き返す事を決意した。


 そして、師匠の待つ焚き火の元へと駆けだした訳だけれど……向かい風が酷く吹き荒れている。

 そこまで寒くはなかった筈なのに、風は冷たさを帯びて、かじかむ。

 耳の傍では轟々と風が唸る音だけ響くが、それが先ほど聞いた声を木霊させる。


「殺せ! 殺せ! 黒刀こくとうを持つあいつを殺せ!」

「ブグトラグルン ブルグトム」


 聞こえてくるのは殺意と意味不明な言葉による二重奏。

 胸を締め上げる恐怖は、いかに師匠に技を教えてもらっていても意味を成さない。

 

 ――意味を成さない? 本当に?


「ロウ君、鍛錬って奴はやり続けることに意味があるんだ。応用も大事だけど基礎も大事って言うのは、気構えについても説いているんだぜ」


 旅の中で知った師匠の鍛錬は尋常ではなかったが、同じことの繰り返しである事に、意味があるのかと俺が疑問をぶつけた事がある。

 その時に、師匠は笑いながらそう答えた。


 師匠の鍛錬は木の棒でトンボに構えて、8M前後の距離から目標物に駆け寄り、木の棒を振り下ろす。

 言うのは簡単だが、実際にその光景を見ると息を呑む。

 気合を込めた叫びと共に距離を一気に削り、二度左右に木の棒を叩き込む。

 師匠はこの鍛錬をを示現流からの逆輸入だと笑っていたが、そいつを寝る前の一時間から二時間くらいずっと飽きもせずにやっているのだ。


 それをやるのは技の為でもあるが、気構えの為だとも言っていた。

 それを聞いて俺は恥ずかしくなり、あの日から自分の技の練習を、まずは基礎から始める事にしたし、基礎に時間を割く事にした。

 俺は強くなると決めたのだから、師匠を超える練習をしないといけない。

 ただ、今は旅の最中だからそこまでは出来ないけれど。

 師匠が望むのは、俺が師匠より強くなることだ。

 出来るか分からないが、やるつもりで鍛錬に励まなくては意味がない。


 気構え。

 確かに、今の状況では物理的な強さ何て意味がないかも知れない。

 気が滅入るし、寂しいし、寒いし、怖いし。

 でも、それらを乗り越えて強くなると決めたのは俺だ。

 剣を振るのは辛い時もあった、険しい山道を登り、漸く野営になった時とか休みたかった。

 それでも、俺は師匠より強くなるために、剣を振った。

 盾を如何扱うか、剣をどう振るうか、どのタイミングでスキルを出すか、スキルを少し変形させて出しやすく出来るか等、そう言った方面には頭を使って鍛錬してきた。


「こんな風や、訳わかんない声に負けてられっかよ!」


 俺も色々やって来たんだと言う自分なりの自負が、声になって周囲に響く。


 途端、風が止んだ。

 耳元でうるさかった声も消え、さっきまでの静かな夜に戻った。


「……?」

「自ら呪縛を解いたの? 未熟でも見込み在り、ね」

「っ!」


 慌てて振り返ると見知らぬ女が立っていた。

 肩辺りまでの髪は白く、整った顔立ちは何処か楽しげに見えた。


「この周辺には聖天教の兵士の亡霊が多くある。気を付けなさい」

「あ、ああ。分かった……」

「素直ね」


 鳶色の瞳を細めて女は笑うと、俺に背を向けて歩き始める。

 そして、少し進んでから一度振り替えると。


「呪縛を破ったところは、格好よかったわ」

「ぇ……?」


 いきなり言われてポカンとした俺の顔を見て、面白いと言って女は去っていった。

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